上 下
13 / 17
二章 勇者猫と魔王

6.大きくなりましたが、小さいです!

しおりを挟む

 美夜ミヤは呆然と己の身体を見下ろしていた。
 この異世界に召喚されてから、ずっと小さな子猫の姿だったのに、今は見慣れた手足がある。
 肌を覆っていた毛皮がなくなると、こんなに心許こころもとないのかと不安になった。
 すべすべとした白い肌に長い手足。肉付きはあまり良くないようだ。
 細くて華奢な四肢なのは仕方ない。
 だって、今の彼女の肉体は本来のそれではなく、十歳ほどの少女のものだったので。

「どういうコトにゃの……?」

 噛んだ。
 いや、噛んだ、のだろうか?

 慌てて口を両手で覆う。
 めちゃくちゃ恥ずかしい。語尾がにゃ、ってマジですか。
 恥ずかしいと言えば、全裸な状態も物凄く恥ずかしかった。

(仕方ない。だって、猫だったもん! 服なんて着てなかったんだから、仕方ないよね⁉︎)

 赤みを帯びた満月を眺めていると、唐突に苦しくなり、意識を失って──
 目が覚めると、なぜか今度は人の姿に戻っていたのだ。
 服も毛皮もないので、羞恥と……あと、純粋に寒い。

 ここは、魔王の寝室。
 十歳ほどの年齢になった女の子の服があるとは到底思えなかった。
 なので、仕方なく魔王の豪奢なベッドからシーツを引き剥がして、ぐるぐると身体に巻き付けてみる。

(うん、多少動きにくいけど。まぁ、歩けないこともないかな)

 幸い、先程までの胸の痛みはなく、肉体的にはとても元気だったので、美夜は好奇心のままベッドから降り立った。
 毛足の長い、豪奢な絨毯のおかげで、裸足でも問題なく床を歩ける。

 久しぶりの二足歩行だ。
 何となくバランスが取りにくくて、美夜はそろりそろりと足を踏み出す。
 左右交互に、そうっと動かしていると、段々と「足で歩く」ことを思い出したようで。
 いつもより時間は掛かったが、どうにか目的地に到着した。

 目的地は、魔王の寝室の続き部屋。クローゼットルームだ。
 クローゼットと名は付いていたが、とんでもない広さがある。
 何なら、美夜が住んでいたアパートの一室がすっぽり収まるほど。
 さすが魔族の王サマのクローゼットと言うべきか。
 シャツだけでも五十着以上ある。どれも肌触りの良さそうな高級品なことは何となく分かる。
 シャツの隣にはウェストコートがこれまた数十着。ジャケットの種類はさらに多い。
 テーラードジャケット、乗馬服っぽいジャケットに古めかしいデザインのノーフォークジャケットまである。

(あ、これはアレだ! タキシードっぽい! 魔王似合いそう! これにゴージャスな毛皮のコートをはおって玉座にふんぞり返ったら、めっちゃ映えそう……!)

 タキシードに似たデザインの服の他にも、燕尾服らしき物もあった。
 今夜のパーティではきっとこんな服で着飾っているのだろう。
 黒く艶を帯びた上質の三揃いスーツを着た魔王アーダルベルト。
 輝く黄金の髪と紫水晶アメジストの瞳に漆黒はとても良く似合うはず。

(いいなぁ。私も見たかったな。着飾った魔王サマの勇姿)

 バイトに勉学にと忙しかった美夜は恋愛ごととは無縁だったが、イケメンは別に嫌いではない。
 まぁ、自分とは無縁だと思い込んでいたし、単純に遠くから眺めてカッコいいねーと感心して、それだけで満足だったので。
 なので現在の魔王城生活は、とても心が潤っていた。
 なにせ、城の主である魔王を筆頭にお世話をしてくれているエルフのメイドさんたちは皆、とんでもない美形揃いなのだ。
 目の保養すぎる。しかも皆、子猫の美夜にとても甘い。でろっでろに甘い。砂糖に蜂蜜やメープルシロップをまぶしたくらい激甘なのだ。
 ついつい悪戯で物を落としてしまったり、高そうなレースのカーテンを破ってしまっても、ころりと転がって、うるうる瞳を潤ませて「にゃあ」と可愛らしく鳴けば、大抵は笑顔で許された。
 ちなみに魔王アーダルベルトの前でそれをやった時には、ぐふっと妙にくぐもった咳払いをした後、ふかふかのお腹の毛に顔を埋められて深呼吸をされてしまったので、彼の前ではしなくなった。
 女子のお腹を吸うとかありえない。今は猫だけど!

(はっ、いけないいけない。目的を見失っちゃう。まずは私でも着れそうな服を借りなきゃ)

 メイド長に助けを求めるにしても、裸にシーツを巻きつけた姿で部屋の外に出るのは無理だ。私の心が死にます。
 サイズは合わなくとも、魔王のシャツをはおれば、シャツワンピースっぽく誤魔化せるのでは?
 そう思ってクローゼットルームに向かったのだ。
 あいにくハンガーに吊るされたシャツはこの小さな体では手が届かないので、他を探すことにする。
 だが、手が届く位置にあるのは革靴やブーツ、鎧や武具などが乱雑に置かれているくらいで美夜は途方に暮れた。
 
「服がにゃい……」

 ぽつりと呟く。また噛んだ。
 久しぶりに人の言葉を口にしたため、舌の機能が弱っているのだろうか。
 不安に思いつつ、奥に進んで。
 美夜は壁際に鏡が据え置かれていることに気付いた。
 黄金の装飾が施された、全身鏡だ。

(そう言えば、子供の姿っぽいのは分かるけど、まだちゃんと顔を見ていなかったかも)

 それは、ほんの好奇心だった。
 だから美夜は気負いなく、ほてほてと鏡の前まで歩いて行き──その姿を目にして絶句した。

 黒髪黒い瞳という純日本人的な色彩だった自分が、真っ白でふわふわの毛並みとブルーの瞳の子猫姿に変化したことにようやく慣れてきてはいたが。
 この身の、あまりにも変貌した様子に言葉を失ってしまった。

「ふみゃ……」

 予想通り、年齢は十歳ほどに見える。予想外だったのは、その色彩だ。
 子猫の時と同様に、黒髪は白銀色に。黒い瞳も澄んだ青色に変化していた。
 そして何よりも彼女を驚嘆させたのは──

「頭に三角の耳……? にゃんで、ふわふわの尻尾まである、ニャッ⁉︎」

 鏡の中の愛らしい少女は猫耳と尻尾付きの獣人姿に変化していた。



◆◆◆

拍手ありがとうございます!

◆◆◆
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

スキルが農業と豊穣だったので追放されました~辺境伯令嬢はおひとり様を満喫しています~

白雪の雫
ファンタジー
「アールマティ、当主の名において穀潰しのお前を追放する!」 マッスル王国のストロング辺境伯家は【軍神】【武神】【戦神】【剣聖】【剣豪】といった戦闘に関するスキルを神より授かるからなのか、代々優れた軍人・武人を輩出してきた家柄だ。 そんな家に産まれたからなのか、ストロング家の者は【力こそ正義】と言わんばかりに見事なまでに脳筋思考の持ち主だった。 だが、この世には例外というものがある。 ストロング家の次女であるアールマティだ。 実はアールマティ、日本人として生きていた前世の記憶を持っているのだが、その事を話せば病院に送られてしまうという恐怖があるからなのか誰にも打ち明けていない。 そんなアールマティが授かったスキルは【農業】と【豊穣】 戦いに役に立たないスキルという事で、アールマティは父からストロング家追放を宣告されたのだ。 「仰せのままに」 父の言葉に頭を下げた後、屋敷を出て行こうとしているアールマティを母と兄弟姉妹、そして家令と使用人達までもが嘲笑いながら罵っている。 「食糧と食料って人間の生命活動に置いて一番大事なことなのに・・・」 脳筋に何を言っても無駄だと子供の頃から悟っていたアールマティは他国へと亡命する。 アールマティが森の奥でおひとり様を満喫している頃 ストロング領は大飢饉となっていた。 農業系のゲームをやっていた時に思い付いた話です。 主人公のスキルはゲームがベースになっているので、作物が実るのに時間を要しないし、追放された後は現代的な暮らしをしているという実にご都合主義です。 短い話という理由で色々深く考えた話ではないからツッコミどころ満載です。

クラス転移から逃げ出したイジメられっ子、女神に頼まれ渋々異世界転移するが職業[逃亡者]が無能だと処刑される

こたろう文庫
ファンタジー
日頃からいじめにあっていた影宮 灰人は授業中に突如現れた転移陣によってクラスごと転移されそうになるが、咄嗟の機転により転移を一人だけ回避することに成功する。しかし女神の説得?により結局異世界転移するが、転移先の国王から職業[逃亡者]が無能という理由にて処刑されることになる 初執筆作品になりますので日本語などおかしい部分があるかと思いますが、温かい目で読んで頂き、少しでも面白いと思って頂ければ幸いです。 なろう・カクヨム・アルファポリスにて公開しています こちらの作品も宜しければお願いします [イラついた俺は強奪スキルで神からスキルを奪うことにしました。神の力で学園最強に・・・]

まさか転生? 

花菱
ファンタジー
気付いたら異世界?  しかも身体が? 一体どうなってるの… あれ?でも…… 滑舌かなり悪く、ご都合主義のお話。 初めてなので作者にも今後どうなっていくのか分からない……

悪役令嬢に転生したおばさんは憧れの辺境伯と結ばれたい

ゆうゆう
恋愛
王子の婚約者だった侯爵令嬢はある時前世の記憶がよみがえる。 よみがえった記憶の中に今の自分が出てくる物語があったことを思い出す。 その中の自分はまさかの悪役令嬢?!

リリゼットの学園生活 〜 聖魔法?我が家では誰でも使えますよ?

あくの
ファンタジー
 15になって領地の修道院から王立ディアーヌ学園、通称『学園』に通うことになったリリゼット。 加護細工の家系のドルバック伯爵家の娘として他家の令嬢達と交流開始するも世間知らずのリリゼットは令嬢との会話についていけない。 また姉と婚約者の破天荒な行動からリリゼットも同じなのかと学園の男子生徒が近寄ってくる。 長女気質のダンテス公爵家の長女リーゼはそんなリリゼットの危うさを危惧しており…。 リリゼットは楽しい学園生活を全うできるのか?!

【完結】ガラクタゴミしか召喚出来ないへっぽこ聖女、ゴミを糧にする大精霊達とのんびりスローライフを送る〜追放した王族なんて知らんぷりです!〜

櫛田こころ
ファンタジー
お前なんか、ガラクタ当然だ。 はじめの頃は……依頼者の望み通りのものを召喚出来た、召喚魔法を得意とする聖女・ミラジェーンは……ついに王族から追放を命じられた。 役立たずの聖女の代わりなど、いくらでもいると。 ミラジェーンの召喚魔法では、いつからか依頼の品どころか本当にガラクタもだが『ゴミ』しか召喚出来なくなってしまった。 なので、大人しく城から立ち去る時に……一匹の精霊と出会った。餌を与えようにも、相変わらずゴミしか召喚出来ずに泣いてしまうと……その精霊は、なんとゴミを『食べて』しまった。 美味しい美味しいと絶賛してくれた精霊は……ただの精霊ではなく、精霊王に次ぐ強力な大精霊だとわかり。ミラジェーンを精霊の里に来て欲しいと頼んできたのだ。 追放された聖女の召喚魔法は、実は精霊達には美味しい美味しいご飯だとわかり、のんびり楽しく過ごしていくスローライフストーリーを目指します!!

追放された武闘派令嬢の異世界生活

新川キナ
ファンタジー
異世界の記憶を有し、転生者であるがゆえに幼少の頃より文武に秀でた令嬢が居た。 名をエレスティーナという。そんな彼女には婚約者が居た。 気乗りのしない十五歳のデビュタントで初めて婚約者に会ったエレスティーナだったが、そこで素行の悪い婚約者をぶん殴る。 追放された彼女だったが、逆に清々したと言わんばかりに自由を謳歌。冒険者家業に邁進する。 ダンジョンに潜ったり護衛をしたり恋をしたり。仲間と酒を飲み歌って踊る毎日。気が向くままに生きていたが冒険者は若い間だけの仕事だ。そこで将来を考えて錬金術師の道へ進むことに。 一流の錬金術師になるべく頑張るのだった

地味で目立たない次女ですが何故かキラキラしい人に懐かれて困ってます。

紫楼
ファンタジー
 家族の中で一人だけなんとなく居場所の無いシャロン。  幼いシャロンは本を読んで過ごし大人しくしていた。ある日祖父が手を差し伸べてくれて、それからは自由に気ままに過ごすことができるようになった。  自分が渡り人だと判明しても何だかよくわからない。バレたら自由が無くなるって言われて。  貴族と言っても次女だしめんどくさそうだから平民になろう。そう思ってたら何かキラキラした人が寄ってきた。 濃いめの人は家族で十分なのでお呼びじゃ無いです!  なんとなく見切り発車です。  まだ定まり切ってない感じなので流し見でお願いします。 小説家になろうさまにも投稿してます。

処理中です...