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二章 勇者猫と魔王
2.寝起きの子猫
しおりを挟む「ニャッ!(もう止めてってば!)」
怒りの咆哮を上げて魔王の手をぱしりと引っ叩いたところで、相好を崩されるだけなので、美夜は絶望する。
羽根ペンじゃらしが佳境に入ったところで、ようやく救いの手が割って入ってくれた。
「いい加減になさいませ、アーダルベルトさま」
優しい手付きで抱き上げられて、そっと喉元を撫でられる。
暖かくて柔らかい、良い匂いに包まれて、美夜は目を細めてゴロゴロと喉を鳴らした。
(この匂いはメイド長!)
とても綺麗なエルフのメイドさんで、この魔王の乳母であったらしい。
そのため、強面な最強魔王サマでも唯一頭が上がらない存在だった。
「ここしばらく、ミヤさまに構ってばかりで溜まっていた書類仕事を片付けるのでしょう?」
「……む。仕事はしている。今のはその、ちょっとだけ休憩していたのだ。勇者も退屈そうであったしな」
「嬉々として遊んでおりましたよね? それと、私も色々と異世界の文献を調べましたが、この月齢の子猫は一日の殆どを寝て過ごすそうですよ? ミヤさまの睡眠の邪魔をしてはなりません」
「なに……? 一日の殆どを寝て過ごすだと」
「はい。基本は食事をして、寝て、食事をして、排泄、少し遊んでは寝て、食事をして眠る。そういった一日を過ごすようですわね」
「そんな生き方をしていたら、いつまで経っても私に挑めないではないか、勇者よ!」
間近で叫ばれて、めちゃくちゃうるさい。
せっかく気持ち良く微睡んでいたのに、魔王、邪魔!
もぞもぞとメイド長の胸元に潜り込んで眠ることを選んだ子猫の姿に魔王アーダルベルトはショックを受けていた。
うふふ、と誇らしげに微笑んだメイド長は「アーダルベルトさまのお仕事の邪魔になるようですから、あちらでお昼寝しましょうね、ミヤさま」と囁き、颯爽と魔王の執務室を後にした。
仕事が終わらないと、可愛い子猫ちゃんとは遊ばせませんよ?
メイド長の無言の圧力に、魔王は屈したのだった。
◆◇◆
そんなこんなで、ふかふかのクッションが敷き詰められた魔王ベッドでお昼寝を堪能した美夜は、小腹が空いて目が覚めた。
小さく伸びをして、キョロキョロと周囲を見渡す。誰もいない。
広くて豪奢な魔王の寝室だ。
とりあえずベッドから降りようとするが、それなりの高さがあり、飛び降りるのは諦めた。
猫ではあるが、いまだ生後1か月ほどの子猫なのだ。仕方ない。ふつうに怖い。
美夜はちいちゃな爪をベッドカバーに引っ掛けて、そろそろ降りる方法で難所を乗り切った。
高価なファブリックに穴が空いたことは気にしない。だって猫だし。
都合の悪いことは全て「猫だし」で誤魔化すことにした美夜である。
わりと皆、笑顔で誤魔化されてくれるので問題はなかろう。
ふかふかの絨毯の上を転がりながら探検するが、美夜が食べられそうな物は何もない。
きゅう、と切なく鳴く腹はぺたんこだ。なんて燃費の悪い身体なのだろう。
悲しくなって、ついつい鳴いてしまう。
「ごあああん(ごはーん)」
だけど、魔王の寝室の重厚なドアは閉ざされたまま。
小さな子猫の鳴き声は誰にも届かない。
みうみう泣きながら、ドアに爪を立ててカリカリさせるが、誰の足音も聞こえなかった。
「みゅ、……みゃおーう!(魔王ー!)」
我慢ならずに、そう切なく鳴いた瞬間、すぐ背後に人の気配。
振り返るより先に逞しい腕に抱え上げられた。
「どうした、勇者! 何があった? また、あの人族の王に何かされたのか! おのれ、すぐにでも国ごと滅ぼしてやろうか」
「みゃおう……(魔王……)」
ちょっとだけ呆れた視線を向けてしまう。
未だ人族の王とやらに悪態を吐く唇を、ふわふわの肉球を押し当てることで黙らせた。
魔王はチョロいのだ。
きっと、今のこの姿の美夜が壁ドンしたらイチコロだ。
「どうした、勇者」
「みう」
ぷにぷにした肉球にそっと手を添え、唇を押し当ててくる美貌の魔王。
さらりと長い金髪が揺れる。
キスするついでに肉球の匂いを胸いっぱいに嗅ぐのはどうかと思うが、自分の呼び掛けに唯一気付き、文字通り跳んできてくれたのは、彼だけなのだ。
「みゃおう」
魔王、と呼び掛けると、嬉しそうに破顔する。
なので、美夜は力一杯おねだりした。
「ごあああん!」
ご飯ください、はよ。
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