猫の姿で勇者召喚⁉︎ なぜか魔王に溺愛されています。

猫野美羽

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一章 勇者召喚?

3.勇者じゃないです、人(ねこ)違いです

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「目が覚めたか、勇者よ」

 低く艶やかな声が頭上から聞こえた。
 何の気配もしなかったのに、いつの間にか小さな子猫の背後に長身の男が立っている。

「フゥッ!」

 怯えた悲鳴が喉をつき、美夜ミヤは尻尾をぱんぱんに膨らませて飛び上がった。
 逃げようにも、逃げ場がない。
 前面には子猫の細い前脚ではどうにもならなそうな大きな窓、背後には黒服の大男。
 背中の毛も逆立てて、怯えてフーシャーするだけの美夜に、黒服の男は困惑したようだった。

「どうした、勇者。何を言っている?」
「シャーッ!(近寄らないでッ)」
「む……」

 やんのかポーズでトトト、と斜めに移動すると、目の前の男は少し怯んだようだった。

(む、この威嚇ポーズが効いたの?)

 調子に乗った美夜は、やんのかポーズで左右にピョンピョンと素早く飛び跳ねた。

「なんだ、その奇妙な踊りは。不思議なことに、見ているとこう……胸が妙に締め付けられる……」

 長身の男は困惑した様子で、何故か子猫姿の美夜をじっと見詰めてくる。
 それ以上近付いてこないことに安心したのと、意外と体力を消費した「やんのかアタック」で疲れた美夜はぺたんとその場に座り込んだ。

(うん、小さい体は疲れやすいね。ちょっと休憩しよう……)

 お座りして、落ち着くために顔を洗うことにした。
 ふわふわの、マシュマロみたいな前脚を丁寧に舐めて濡らし、顔をくしくしとこする。
 何故だか、こうすると妙に心が穏やかになる気がしたのだ。
 ついでに背中や腹をぺろぺろ舐めていると、離れた場所からぐふっ、という低い呻き声が聞こえてきた。

「ミャ?(なに?)」

 視線を向けた先には、例の長身の男がいた。
 なぜだか、口元を片手で覆い、肩を震わせている。
 良く分からないが、こちらに何かをしてくる様子はないようなので、気にしないことにした。

(子猫の姿になってから、何だか楽天的になった気がするけれど、きっと気のせい)

 毛繕いをしながら、美夜はこっそりと男を観察する。
 見事な金髪を背中半ばまで伸ばした美丈夫だ。
 切れ長の瞳はアメジストのように神秘的な色を宿している。
 恐ろしいほどに整った容貌の男には、二つのツノが生えていた。

(メリノ種の羊の雄のツノに似ているかも)

 くるん、と巻き貝のように立派なホーンだ。ちょっと触ってみたい。
 大きなツノの下にある耳はほんの少し尖って見える。

(……どう見ても人間じゃないよね? 高レベルのコスプレイヤーとかでもないかぎり)

 それにこの男の声には聞き覚えがある。
 夢うつつの中で聞いた、あの老人が「魔王」と呼んだ相手の声だ。
 そして、この「魔王」とやらが自分を「勇者」と呼んでいると云うことは。

(……これは絶望的な状況では?)

 勇者とか言われても、今の自分は子猫だ。
 剣や魔法が使えるどころか、よちよち歩きだ。
 生きていくのも精一杯な、か弱い生き物でしかない。

(詰んだ…………)

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