3 / 17
一章 勇者召喚?
3.勇者じゃないです、人(ねこ)違いです
しおりを挟む「目が覚めたか、勇者よ」
低く艶やかな声が頭上から聞こえた。
何の気配もしなかったのに、いつの間にか小さな子猫の背後に長身の男が立っている。
「フゥッ!」
怯えた悲鳴が喉をつき、美夜は尻尾をぱんぱんに膨らませて飛び上がった。
逃げようにも、逃げ場がない。
前面には子猫の細い前脚ではどうにもならなそうな大きな窓、背後には黒服の大男。
背中の毛も逆立てて、怯えてフーシャーするだけの美夜に、黒服の男は困惑したようだった。
「どうした、勇者。何を言っている?」
「シャーッ!(近寄らないでッ)」
「む……」
やんのかポーズでトトト、と斜めに移動すると、目の前の男は少し怯んだようだった。
(む、この威嚇ポーズが効いたの?)
調子に乗った美夜は、やんのかポーズで左右にピョンピョンと素早く飛び跳ねた。
「なんだ、その奇妙な踊りは。不思議なことに、見ているとこう……胸が妙に締め付けられる……」
長身の男は困惑した様子で、何故か子猫姿の美夜をじっと見詰めてくる。
それ以上近付いてこないことに安心したのと、意外と体力を消費した「やんのかアタック」で疲れた美夜はぺたんとその場に座り込んだ。
(うん、小さい体は疲れやすいね。ちょっと休憩しよう……)
お座りして、落ち着くために顔を洗うことにした。
ふわふわの、マシュマロみたいな前脚を丁寧に舐めて濡らし、顔をくしくしとこする。
何故だか、こうすると妙に心が穏やかになる気がしたのだ。
ついでに背中や腹をぺろぺろ舐めていると、離れた場所からぐふっ、という低い呻き声が聞こえてきた。
「ミャ?(なに?)」
視線を向けた先には、例の長身の男がいた。
なぜだか、口元を片手で覆い、肩を震わせている。
良く分からないが、こちらに何かをしてくる様子はないようなので、気にしないことにした。
(子猫の姿になってから、何だか楽天的になった気がするけれど、きっと気のせい)
毛繕いをしながら、美夜はこっそりと男を観察する。
見事な金髪を背中半ばまで伸ばした美丈夫だ。
切れ長の瞳はアメジストのように神秘的な色を宿している。
恐ろしいほどに整った容貌の男には、二つのツノが生えていた。
(メリノ種の羊の雄のツノに似ているかも)
くるん、と巻き貝のように立派なホーンだ。ちょっと触ってみたい。
大きなツノの下にある耳はほんの少し尖って見える。
(……どう見ても人間じゃないよね? 高レベルのコスプレイヤーとかでもないかぎり)
それにこの男の声には聞き覚えがある。
夢うつつの中で聞いた、あの老人が「魔王」と呼んだ相手の声だ。
そして、この「魔王」とやらが自分を「勇者」と呼んでいると云うことは。
(……これは絶望的な状況では?)
勇者とか言われても、今の自分は子猫だ。
剣や魔法が使えるどころか、よちよち歩きだ。
生きていくのも精一杯な、か弱い生き物でしかない。
(詰んだ…………)
65
お気に入りに追加
583
あなたにおすすめの小説
婚約破棄されて辺境へ追放されました。でもステータスがほぼMAXだったので平気です!スローライフを楽しむぞっ♪
naturalsoft
恋愛
シオン・スカーレット公爵令嬢は転生者であった。夢だった剣と魔法の世界に転生し、剣の鍛錬と魔法の鍛錬と勉強をずっとしており、攻略者の好感度を上げなかったため、婚約破棄されました。
「あれ?ここって乙女ゲーの世界だったの?」
まっ、いいかっ!
持ち前の能天気さとポジティブ思考で、辺境へ追放されても元気に頑張って生きてます!

過程をすっ飛ばすことにしました
こうやさい
ファンタジー
ある日、前世の乙女ゲームの中に悪役令嬢として転生したことに気づいたけど、ここどう考えても生活しづらい。
どうせざまぁされて追放されるわけだし、過程すっ飛ばしてもよくね?
そのいろいろが重要なんだろうと思いつつそれもすっ飛ばしました(爆)。
深く考えないでください。

前世を思い出しました。恥ずかしすぎて、死んでしまいそうです。
棚から現ナマ
恋愛
前世を思い出したフィオナは、今までの自分の所業に、恥ずかしすぎて身もだえてしまう。自分は痛い女だったのだ。いままでの黒歴史から目を背けたい。黒歴史を思い出したくない。黒歴史関係の人々と接触したくない。
これからは、まっとうに地味に生きていきたいの。
それなのに、王子様や公爵令嬢、王子の側近と今まで迷惑をかけてきた人たちが向こうからやって来る。何でぇ?ほっといて下さい。お願いします。恥ずかしすぎて、死んでしまいそうです。
聖女召喚されて『お前なんか聖女じゃない』って断罪されているけど、そんなことよりこの国が私を召喚したせいで滅びそうなのがこわい
金田のん
恋愛
自室で普通にお茶をしていたら、聖女召喚されました。
私と一緒に聖女召喚されたのは、若くてかわいい女の子。
勝手に召喚しといて「平凡顔の年増」とかいう王族の暴言はこの際、置いておこう。
なぜなら、この国・・・・私を召喚したせいで・・・・いまにも滅びそうだから・・・・・。
※小説家になろうさんにも投稿しています。

婚約破棄の後始末 ~息子よ、貴様何をしてくれってんだ!
タヌキ汁
ファンタジー
国一番の権勢を誇る公爵家の令嬢と政略結婚が決められていた王子。だが政略結婚を嫌がり、自分の好き相手と結婚する為に取り巻き達と共に、公爵令嬢に冤罪をかけ婚約破棄をしてしまう、それが国を揺るがすことになるとも思わずに。
これは馬鹿なことをやらかした息子を持つ父親達の嘆きの物語である。
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。

魅了が解けた貴男から私へ
砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。
彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。
そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。
しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。
男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。
元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。
しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。
三話完結です。

婚約破棄され、平民落ちしましたが、学校追放はまた別問題らしいです
かぜかおる
ファンタジー
とある乙女ゲームのノベライズ版悪役令嬢に転生いたしました。
強制力込みの人生を歩み、冤罪ですが断罪・婚約破棄・勘当・平民落ちのクアドラプルコンボを食らったのが昨日のこと。
これからどうしようかと途方に暮れていた私に話しかけてきたのは、学校で歴史を教えてるおじいちゃん先生!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる