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第二章『ライブ行こうぜ!!』
騒然
しおりを挟むステージ上。突如、詩織たちの頭上に巨大な針が降り注ぐ。
しかし、それを受け止めた存在がいた。
サングラスをかけ、白衣を羽織った科学者風の男。いつの間にかステージに上がっていた彼は片手を白衣のポケットに突っ込んだまま、もう片方の手で針を掴んでいる。
「やはり現れたねぇ」
天を仰いで呟いた番場は、そのまま針を握り潰し粉砕した。
番場の視線の先。そこに、針の正体があった。
空中に巨大なハリネズミが鎮座していたのだ。
得体の知れない怪物の出現に観客たちは悲鳴を上げて逃げ惑う。
「な、何なの!? 何がどうなっちゃったのよ!?」
そう叫んだユリアンの声は恐怖で震えていた。
一方、非常事態であってもミリアムは冷静な口調で言う。
「分かりません。ですが、今、私たちがすべきことは一つ。とにかくここから避難しましょう!」
ミリアムの言葉にユリアンは頷いた。そしてミリアムはガウェインへと振り向いて言う。
「ガウェインさん。あなたは先に、早く家族の元へ行ってください!」
「すまない。お前たちも気をつけて逃げるんだぞ!」
ガウェインはそう言い残し全力疾走でその場を後にした。
そうして観客たちや出演者たちの大半が会場の外へと避難し、場内に残ったのは数人となった。
番場は声を張り上げて二人の少年少女に呼びかける。
「出番だよ。文哉、ことは」
「うん。せっかくの楽しいライブ、めちゃくちゃにされて黙ってられないもん」
「私も、みんなを守りたい!」
番場の呼びかけに応じて変身しようとしたそのとき、前に出てきた者がいた。
筧 崇嶺──花彩の兄である彼はすかさず巨大ハリネズミへ向けて拳銃を発砲する。
数発がハリネズミに命中した。だがしかし、当のハリネズミはまったくの無傷だ。
「無駄だよ」
告げられた言葉に、崇嶺は振り向く。
声の主は、先程から捜し続けていた男だった。
「まだ≪HEART≫の欠片の真価を発揮できない君では、手も足も出ないさ」
胡散臭い科学者風の姿をした、妹が「番場 均」と呼んでいた人物。
崇嶺はその男に向かって叫びを上げる。
「お前は一体、何者なんだ……!?」
すると番場がおどけた口調で言葉を返してきた。
「さあ? それは、君の“鍵”が教えてくれる……かもね」
番場が言っているのは崇嶺が手にした黄色い宝石のついた鍵のことだろうか。だとすれば、なぜ彼がそれを知っているのか。この鍵の件はマスコミにも公表していない情報のはずだ。
謎めいた男の唐突な発言に崇嶺は戸惑いを隠せない。
そんな中で文哉とことはの指輪がいきなり輝きを放った。
二人の少年と少女は、眩い光に全身を包まれていく。
そして光が消え去ったとき、二人は先程までとはまったく異なる格好に変身していたのだった。
文哉はポンチョのような形状のコートにベレー帽を被った、画家風の格好だ。その手には七色に光る絵筆が収まっている。
一方、ことはは随所にフリルやリボンをあしらったエプロンドレスを着たチロリアン風の格好をしている。
今、自分の眼前で何が起こっているのか。崇嶺には理解が追いつかない。
しかし、事態はさらに速度を上げて降りかかる。
巨大ハリネズミの背中から無数の針が射出されたのだ。
すかさず文哉は絵筆を宙に走らせ、ある物を描画した。
複数ある銃身を回転させることで連続的に弾を発射できる武器──ガトリングガンだ。
文哉はガトリングガンの連射で無数の針を撃ち落とす。
降り注いだ針の雨は、ガトリングガンから放たれた銃弾の雨によって相殺された。
崇嶺は瞬時に現在の状況を分析する。
文哉とことはの指輪には何やら不思議な力があるらしいということ。変身した文哉の持つ絵筆は空中に描いた物を実体化できるということ。崇嶺の拳銃では無傷だったのに対し、文哉の攻撃では怪物の攻撃を相殺できている。この事実から、あの怪物には変身した者の攻撃が効くらしいということ。
だが、怪物の背中から放たれる無数の針を、文哉のガトリングガンで迎撃するのが精一杯。それが現状だ。
このまま防戦一方の状態が続けば、いつか疲弊した文哉は押し切られてしまう。
すると、崇嶺の予測した通り、戦況は変化を見せ始める。
興奮した様子の巨大ハリネズミがさらに大量の針を放出したのだ。
「ぐっ……!!」
巨大ハリネズミが放出する針の数が増加した。
文哉はガトリングガンを素早く撃ち続け、針の雨を迎撃していく。しかし、先程よりも数が多すぎてすべての針を撃ち落とせない。
相殺しきれなかった数本の針が文哉をすり抜けた。
「しまった……!!」
数本の針は勢いを殺さずに花彩のいる方向へ飛んでいく。
「花彩! 危ない!!」
その時だった。ことはが地中から石でできた盾を呼び出して怪物の攻撃を防いだのだ。
ことはは言う。
「花彩、大丈夫!?」
「ぅ……うん!」
花彩は涙目になりながらもそう答えた。
ことはの盾によって窮地を乗り越えたのも束の間。怪物は黙ってはいなかった。
背中から無数の針を撒き散らしたまま怪物は大きく口を開け、そこから一本の巨大な針を発射したのだ。
放たれた巨大針は強固な石の盾を容易く砕いてしまった。そして、ことはは勢いよく吹き飛ばされてしまう。
盾を砕いた巨大な針が、花彩目掛けて襲いかかる。
「花彩!!」
叫ぶ崇嶺が咄嗟の動きで花彩を庇った。巨大な針は崇嶺の背に突き刺さり肉を抉った。直撃を受けた崇嶺はその口から大量の血を吐き出した。
目の前の惨状に、花彩は悲鳴を上げる。
「お兄ちゃん!! いやぁぁぁ!!!!!」
崇嶺は自身に突き刺さった針を引き抜きながら、花彩へ声をかけた。
「大丈夫だ……こんなもの…大したことはない……」
家族を庇った兄とそれを見て涙を流す妹。そんな兄妹の姿を見て、ことはは胸の奥が痛むのを感じた。
私には何もできないの……?
このまま、花彩と花彩のお兄さんが苦しむのを見てることしかできないの……?
そんなの……嫌だ。
私は花彩を、花彩のお兄さんを──助けたい。
崇嶺の元へ歩み寄ったことはは、彼の傷口に自らの掌を当てる。
この手が血まみれになることも恐れない。
助けたい。私が……助けるんだ。
想いを込めて、ことははゆっくりと瞳を閉じた。
すると、ある変化が起こった。
みるみるうちに、崇嶺の傷口が塞がっていくのだ。
「痛みが……消えていく……?」
崇嶺は自分に起こった現象に驚いている様子だ。
花彩は兄へ問う。
「お兄ちゃん……? 大丈夫、なの……?」
「だから、大丈夫だと言っているだろう。……とはいえ、傷が癒えたのは彼女のおかげだが」
崇嶺は、ことはの方を見つめながら言った。
先程まで涙を流していた花彩が、再び涙を流している。
今度は悲しみの涙ではなく、嬉しさの涙だ。
「すごい、すごいよ! ありがとう、ことは!!」
「俺からも礼を言わせてくれ」
崇嶺はことはへと頭を下げた。
ことはは慌てて言う。
「そ、そんな……私、自分が何をしたのかよく分かってなくて……。でも、花彩と花彩のお兄さんが苦しむのを見ていられなくて……助けたい、って強く想ったら、なんかできちゃって……」
己が成した事象について、ことはは戸惑いを隠せない。
しかし、花彩の兄が無事で良かったと心の底から安堵するのだった。
文哉は言う。
「ことはちゃん、すごいね! 傷を治せちゃうなんて!」
ことはの新たな能力の開花に、番場は仰々しい口調で声を荒げた。
「素晴らしい! どうやら緑の指輪には治癒の能力もあるようだねぇ!」
ことはが成したのは将来の戦局に大きな影響を与えるかもしれないものだ。
しかし、現状は止まることを許さない。
巨大ハリネズミが再び動き始めたのだ。
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