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第二章『ライブ行こうぜ!!』
ライブ行こうぜ!!①
しおりを挟むフェスの会場には大勢の人々が集まっていた。
野外という開放的な空間の広場に、様々な種類の出店が所狭しと並んでいる。
フランクフルトに、ハンバーガーやフライドポテト、唐揚げ、焼きそば、うどんなど、所謂おかず系と呼ばれるもの。チョコバナナ、わたあめ、ベビーカステラにソフトクリーム、クレープなどのデザート系。さらに、ドリンクの種類も豊富に取り揃えられている。
花彩は感嘆の声を上げながら感想する。
「うわ~、すごい。なんか、デっカい縁日って感じね」
そんな出店たちに興味津々な様子なのは、フェスに似合わない白衣の男で、
「これがクレープかい? この柔らかい生地にチョコやフルーツやクリームを包んでいるのか。面白い食べ物だねぇ。おや? あっちの店にあるのは何だい? あそこの店も気になるし、向こうの店にも興味があるねぇ!」
「ば、番場さん! そんないっぺんに回れませんから、順番に行きましょ……!!」
チョコクレープを食べつつ、明慶は今にも暴走しそうな番場を制した。
花彩は笑いながら言う。
「番場さん、子どもみたい~」
当の本人はというと、申し訳なさそうに、
「おっと、すまない。興味深いものがたくさんあって、気持ちが先走りすぎたようだ。……ところで、文哉は何をしているんだい?」
問われた文哉は顔を上げて答えた。
「へへっ、この会場にいる人たちを描いてるんだ! いろんな人の笑顔が見れてすっごく楽しいな~っ!!」
番場は文哉の手元を覗き込む。フェス会場を行き交う大勢を小さなスケッチブックの中に細かく描写していた。
老いも若いも、男も女も、客のみならずスタッフの笑顔まで。皆の幸せそうな表情が一枚の紙に凝縮されている。
文哉の楽しげな様子を見た番場は、独り言のように呟いた。
「おやおや……君は相変わらずだねぇ」
すると、スマホの画面を確認したことはは告げる。
「あ……ライブの時間、近づいてきたね……」
ことはの言葉を聞いた文哉は急に作業の手を止め、驚きながら言った。
「えぇー!? もうそんな時間なの!? 急がなきゃ!!」
「……と言っても、まだもう少し余裕あるけど……って、文哉くん!?」
突然走り出した文哉に、今度はことはが驚きの声を上げてしまった。
彼が向かう先は当然、ライブが行われる特設ステージだ。
明慶は全力疾走する彼へと叫びながら追いかける。
「ちょ、ちょっと待ってよ文哉くーん!」
「なんだか楽しそうなことが始まるみたいだね。私も混ぜてもらおうかな」
言いつつ白衣の男も駆け出して行った。
「行っちゃった…ね……」
取り残され呆然としながら呟いた花彩に、ことははただ苦笑することしかできないのだった。
一緒に出店を回る予定だったはずの文哉たちとすっかりはぐれてしまったことはと花彩。
気を取り直したのか、明るい口調で花彩は言う。
「文哉くんたちは先にステージ行っちゃったけど……余裕あるんだし、私たちはもう少し会場を回ってから行こっか。まだ行ってないとこもあるし」
「うん、そうだね」
歩きながらそんな会話をしていると、ことはは立ち止まった。
いきなり動きを止めた親友に、花彩は尋ねる。
「……ことは? どうかした?」
花彩がことはの視線を追っていくと、どうやら立ち止まったのは知り合いがいたからだったようで、
「ユリアンさん!」
ことはの呼びかけに、彼女の知り合いはこちらに振り返った。
その人物はことはの姿を認めた上で歩み寄ってきて、言う。
「あら、ことはちゃんたちも来てたのね! そちらはお友だちかしら?」
ユリアンに訊かれ、花彩は笑顔で答える。
「はい! 私、ことはの親友の筧 花彩っていいます!」
「花彩ちゃん、元気でいいわねぇ!」
ことはは親友へと紹介する。
「この人は、ユリアンさん。前に私が華道部に入ろうか悩んでいたとき、背中を押してくれたの」
「へぇ、そうなんだ!」
初めて語られた事実に、花彩は心底驚いている様子だった。
ユリアンは会釈をしながら告げる。
「はじめまして。ユリアン・アールグレイです。よろしくね」
「アールグレイ、って……紅茶の名前!? ……っていうか、外国の人!!?」
「あっ……それ、私も気になってたんですけど……」
ユリアンのフルネームを聞いた花彩の驚愕に釣られて、思わずことはは言ってしまった。
すると、当のユリアンはあっけらかんとした調子で告げた。
「いいえ。私は生粋の日本人よ。……これは私の芸名なの。紛らわしくてごめんなさいね」
ことはは、ユリアンと以前会ったときのことを思い出す。
「そういえば……ユリアンさんはスタイリストをされてるって言ってましたね」
「そうなの。今日は出演者の方たちのスタイリングをしに来たんだけど……少しの間休憩をいただいたから、会場を見に来たってわけ」
なるほど、と、ことはと花彩の二人は納得した。
そして、ことははユリアンに対して言う。
「あっ、あの……」
自分の想いを伝えるなら今だと、ことはは思う。
あの日、私はクラスメイトから部活をやってみないかと誘われた。
声をかけてもらえたのは嬉しかったし、華道というものに興味はあった。しかし、部活を始めてしまえば実家を手伝えなくなってしまう。
そんな懸念からクラスメイトに返事をすることができなかったその時、この人は現れた。
ただの客として花を買いに来たこの人は、悩める私の表情を読み取って、ある助言をくれた。
「自分の気持ちに、わがままになってみたらどう?」
その言葉が私に踏み出す勇気をくれた。
だから、ちゃんと伝えたい。
思い、息を整えた上でことはは恩人へ向けて言う。
「私、あの後、部活の見学に行ってみたんです。結局、部活はやらないことにしたんですけど……。でも、ユリアンさんの言葉があったから勇気を出して挑戦してみようって思えたんです。だから、本当に、ありがとうございました!」
心からの感謝の言葉。それが通じたのか、ユリアンは柔らかく微笑んで応える。
「どういたしまして。お役に立てたなら嬉しいわ。部活をやる、やらないは個人の自由だし、やらなくても全然いいと思うの。何よりも、ことはちゃんが挑戦しようと行動したことがすごいと思うわ! 緊張や不安を抱えながらも、やってみたいと思ったことにまっすぐ向き合うその姿勢、尊敬しちゃう!」
予想外の賛辞にことはは照れつつも、はにかんだ。
そんな親友の表情をとなりで見ていた花彩は小さく呟いた。
「良かったね、ことは」
そうだ、と言ってユリアンは二人の少女に提案する。
「私、休憩が終わるまでまだ時間があるんだけど……一緒に会場を回ってもいいかしら? 出店がいろいろありすぎて、どこへ行こうか迷っていたのよ。二人のおすすめの店を教えてほしいわ」
「それなら、さっき行ったお店のクレープがとっっっても美味しかったんですよ! 一緒に行きましょ!」
花彩がそう言いながら踵を返し、歩き出した。
すると、彼女の目の前にある男性二人組が現れたのだ。
驚いて花彩はその二人組の名を叫んだ。
「お兄ちゃん!? それに、かんちゃんも!!」
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