煌めく世界へ、かける虹

麻生 創太

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第二章『ライブ行こうぜ!!』

指令

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警視庁内。 かけい  崇嶺たかみねと 佐伯さえき  寛助かんすけの二人は直属の上司から呼び出しを受けていた。
上司のいる部屋に入る直前。となりの部下が緊張していることに気づいた崇嶺は小声で言う。

「何を言われるかまだ分からないんだ、言われる前から怯えても仕方ないだろう」

「そそ、そう…なんすけど……」

寛助は肩を小刻みに震わせながら言った。
困った後輩だ、と思いつつ、崇嶺は部屋の扉をノックした。すると、「入ってくれ」という短い言葉が返ってくる。崇嶺は「失礼します」と同じように短い言葉を返しながら部屋へ入った。部下の寛助も恐る恐る崇嶺の後に続いて入室し、扉を閉めた。
上司はソファに悠然と腰掛けて二人のことを待っていた。
崇嶺は上司へ言う。

「さっそくですが、今日はどのようなご要件でしょうか?」

「なんだ、まあ、座りたまえ」

言われるままに崇嶺と寛助はテーブルを挟んで上司の向かい側のソファへ座った。
上司は告げる。

「君たち二人は、『アウェイクニングサンダーフェス』を知っているか?」

「あぇ……?」

上司からの問いかけに寛助はしどろもどろになるが、すかさず崇嶺は言う。

「『アウェイクニングサンダーフェス』。多彩なジャンルの音楽アーティストが一堂に介する大規模なイベントですね。それが一体、どうしたのでしょう?」

「うむ。そのイベントを潰そうという旨の書き込みが、先日ネット上に投稿された」

上司はそう言いながらテーブル上に自らのスマートフォンを置いて見せた。その画面には、匿名で「俺たちが『アウェイクニングサンダーフェス』をメチャクチャにしてやる!!」という文言が表示されている。
上司は眉間に しわを寄せながら、二人へと告げた。

「イタズラの可能性もあるが、万が一、これが本当ならとんでもない被害が出る。そこで……筧 崇嶺警部、佐伯 寛助警部補両名には投稿者の身元調査及びフェス当日の警護を頼みたい。──引き受けてくれるな?」

「承知致しました」

崇嶺は即座に返答した。
そして二人は立ち上がり、上司へ一礼した後、退室した。
廊下を歩きながら寛助が愚痴を漏らした。

「運営も運営っすよねぇ。警察に調査を依頼するくらい心配なら、そもそもフェス自体を中止すればいいのに」

「まあ、そういうわけにもいかないのだろう。イベントを中止するということは、本来得られるはずだった収益がゼロになるということだからな」

崇嶺は運営側の事情を冷静に考察しつつも、件の投稿の内容について引っ掛かりを感じていた。
俺たちが『アウェイクニングサンダーフェス』をメチャクチャにしてやる。
上司に見せてもらった投稿にはそう書かれてあったのだ。
……俺たち、か。
つまり、これを投稿した人物は個人ではなく、集団である可能性が高いということだ。
人物像について考えを深めていきながら、崇嶺は寛助とともに警視庁を後にした。



崇嶺が帰宅すると、花彩が夕食を用意して待っていた。今日の献立は 回鍋肉ホイコーローだ。
脂っこいメニューだな、と思いつつも、スタミナをつけるには申し分ない。恐らくこれは彼女なりの優しさでもあるのだろう。
ありがたくいただくとしよう。そう思い、崇嶺は肉を頬張った。
すると、花彩は日中起こった出来事について話し始める。

「今日ね、友達と一緒にカフェ行って新作スイーツを食べたんだ! バームクーヘンの穴の中にホイップクリームが入ってたんだけど、それが上品な甘さっていうか、甘ったるくなくて、めっちゃめちゃ美味しかったの!」

「そうか。それは良かったな」

妹が嬉しそうに話す表情を見ていると、聞いているこちらまで明るい気分になる。
崇嶺が兄としてそう感じていると、何かを思い出した様子らしい花彩は脈絡もなく話題を変えた。

「あっ……そうだ。今度、友達みんなで『アウェイクニングサンダーフェス』っていうイベントに行くことになったから」

唐突に告げられた言葉に、驚いて思わず崇嶺は手を止めた。
そんな兄の様子を見た花彩は言う。

「? お兄ちゃん? どうかしたの?」

息を整えつつ、ゆっくりと崇嶺は答える。

「実は今日……上司からそのイベントの警護をするよう指令を受けたところなんだ」

「えぇ~っ!? じゃあ、お兄ちゃんも来るの!?」

崇嶺は静かに頷いた。瞬間、花彩は心底嬉しそうな口調で言う。

「そっかぁ。……ってことは、会場の中でお兄ちゃんに会えるかもしれないね!」

「それは分からん。仮に会えたとしても、話をする暇などないだろう」

「えー、お兄ちゃん冷たいなぁー」

「悪かったな、冷酷な兄で」

妹は拗ねて頬を膨らませている。その顔が、まるでハリセンボンのように見えた。
崇嶺は溜め息を吐きつつ、思う。
ネット上に書き込みをした人物が誰なのか、一刻も早く突き止めなければ。
ただのイタズラならばいいが、万が一、妹や妹の友人たちに危害が及んでしまう可能性があるなら、その可能性は早急に潰すべきだ。
思いながら、崇嶺は回鍋肉を一気にかき込んだ。
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