煌めく世界へ、かける虹

麻生 創太

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第一章『変身』

私に芽吹いた優しさの花

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少年は少女に駆け寄り、声をかけた。

「ことはちゃん、すごいね!」

しかし、彼女は首を横に振り、言う。

「ううん。すごいのは文哉くんの方だよ。あんなに大きな怪物を倒しちゃうんだもん」

すると、咄嗟に彼を下の名前で呼んでしまったことに気づいて、ことははそんな自分自身に戸惑い、

「あっ……! えっと……」

口ごもってしまった。だが、当の彼はというと、

「うん! 文哉でいいよ!」

屈託のない笑顔でことはのことを受け入れてくれたのだった。彼は言う。

「オレが猫に襲われたとき……ことはちゃんが盾を出して守ってくれなかったら、危なかった。それに、あの猫の《GROW》を倒せたのは、ことはちゃんが動きを封じてくれたからだよ。だから、全部ことはちゃんのおかげ。ことはちゃんがいたから勝てたんだよ。ありがとう!!」

そう告げた文哉の笑顔はまるで太陽のように、とても眩しく輝いているように見えた。彼の笑顔の眩しさに安堵してしまったのか、ことはは自らの心情を打ち明ける。

「私ね、正直言うと自信がなかったの。新しいことに挑戦して失敗しちゃうんじゃないかって、恐かった。こんな私が上手くできるのかなって…失敗して周りに迷惑かけて、嫌な思いをさせちゃうんじゃないかって……すごく、恐かった」

彼女の吐露した心を文哉は否定せず、しかし、確かな口調で告げる。

「ことはちゃんはお花が大好きだから、華道部をやってみたいって思ったんでしょ? たとえどんなに自分に自信がなくっても、みんなに迷惑かけちゃうかもって恐くなっちゃっても……お花が大好きっていうその気持ちは、何も間違ってなんかないよ」

彼の言葉に、ことははなぜかとても気持ちが晴れたような感覚を得た。

「ありがとう、文哉くん」

踏み出し始めた自分では、まだ彼の笑顔に並び立つことはできないかもしれない。
そうだとしても、今は、自分にできる精一杯の笑顔を咲かせよう。
そうすることで彼の想いに応えよう。
それこそが──私なりの恩返しだから。
ことはは文哉と顔を見合わせ思いっきり笑い合った。
そんな二人の元へ、親友たちが駆けつける。

「文哉くん!! ……って、あれ? 猫の《GROW》は?」

「やっつけたよ」

明慶の問いかけに対して、文哉は笑みを崩さず即答で返した。
文哉の言った言葉に花彩が反応した。

「やっつけた、って……え? あのおっきな猫を? 中野くんが?」

「オレ一人じゃないよ。ことはちゃんが助けてくれたんだ」

花彩は驚いた様子でことはの方に振り向いて、

「ことは、あの猫やっつけたの!? っていうか、そんなことより大丈夫? ケガしてない??」

「うん、大丈夫だよ」

良かったぁ~、と言いながら花彩は安心した様子だった。
戦闘直後の弛緩した空気が流れる。その中で四人へ歩み寄る人影がチラついた。
文哉はその人の姿を認めると、声をかける。

「あ、番場さん!!」

やあ、と軽い挨拶を返した白衣姿の男は、不敵な笑みを隠さずに称賛の言葉を贈った。

「先程の戦闘、離れた場所から見させてもらったよ。さすがだねぇ、文哉。それに……ことは、だったかな? 君もブラボーだよ。緑の指輪の力を解放するなんてね。

番場は続ける。

「さて……と。《GROW》の存在を多くの人間に目撃されてしまったねぇ……」

猫の《GROW》が発生した際は華道部の部員たちが。
《GROW》がグラウンドへと向かう道の途中でも数名の人間が。
グラウンドに《GROW》が現れた際は野球部員たちが。
校内の人間が、怪物の姿を見ていたのだ。
静かに目を瞑り、番場は深々と溜め息を吐く。
息を吐ききった瞬間。目を開き、呟くように彼は告げた。

「関係のない者たちに覚えられていては困るねぇ」

言い終えた直後だった。ほんの一瞬、番場の周囲が光を放ったが、すぐに元の状態に戻った。
あまりにも早すぎて何をしたのか理解できなかった様子の文哉は番場に尋ねる。

「番場さん……? 今、何かした?」

「大したことはしていないよ。ただ──忘れてもらったのさ」

その後、彼はグラウンドを見渡して言った。

「しかし、人々の記憶を抹消しても、この惨状では辻褄が合わないか」

番場がグラウンドへ向けて右手を翳した。
すると、《GROW》によって破壊された野球部部室や戦闘によって抉れたグラウンドが一瞬にして修復され、元通りになったのだ。
あまりの出来事に驚きを隠せずにいた四人のうち、花彩は言う。

「な、何が起こったの?! 何のマジック!?」

どういった仕掛けなのかは分からないが、怪物との戦闘などなかったかのように何もかもが綺麗に修復されている。
ふと、ことはは振り返る。だが、どこにも白衣姿が見当たらない。
いつの間にか、番場はどこかへ消えていたのだった。



後日。ことはは花彩と一緒にカフェで一息をついていた。
ことはは結局、華道部に入ることをやめた。
自分の本当にやりたいカタチを見つけてみたいと思ったからだ。
しかし、華道部を見学したことに関して後悔は全くしていない。
それどころか、大切なことに気づくことができた。否。“彼”に気づかせてもらったというべきだろう。
気になることがあるとすれば、あれだけの騒動があったにも関わらず校内の人間は誰もあの日のことを覚えていないということだ。
覚えているのは、自分と“彼”、そして友人たちの四人だけ。
あれは、夢だったのだろうか。
いや、違う。あの日の出来事はすべて現実に起こったことだ。
巨大な猫の怪物と戦ったこと。
見たことのない、新しい自分に変身したこと。
自分のいけた花を皆が褒めてくれたこと。
楽しむことの大切さを教えてくれた“彼”の笑顔。
“彼”の無垢な表情を思い出したことはは、自然と笑みが零れてしまった。
すかさず親友は尋ねてくる。

「ことは? なんか嬉しいことでもあったの?」

「まあ、いろいろね」

「何? 気になるじゃん、教えてよ~」

「うーん、どうしようかなぁ~」

「えー、教えてくれてもいーじゃんー」

ことはと花彩は互いの顔を見合わせ、笑い合う。
すると不意に、花彩は何か思いついたように言う。

「あ、そうだ! ねぇ、ことは。このイベントなんだけど……良かったら一緒に行ってみない?」

言いながら、花彩がスマホの画面を見せてきた。
そこには近日開催予定となっている音楽フェス・『アウェイクニングサンダーフェス』の公式サイトが表示されている。

親友からの誘いに、ことはは快く頷いた。

「うん、いいよ。……それにしても、花彩がこういうイベント行きたいって言うの、珍しいね?」

言われた花彩は、興奮気味に答えを示した。

「そりゃあ、行きたいに決まってるでしょ! このイベント、特別ゲストに結人くんが出るんだから!」

花彩のスマホ画面に表示された公式サイトをよく読むと、確かに彼女の言う通り、「スペシャルゲスト・新堂 結人」という記載があった。花彩は新堂 結人の大ファンなのだ。
イベント参加前からハイテンションな親友に苦笑しつつも、ことはは納得した。

「なるほど、そういうことね」

「よぉし! 今から景気づけに新作スイーツ食べちゃおうー!!」

「えぇっ?! さっきパンケーキ食べたばかりじゃない! ……ていうか、景気づけのスイーツって何なの……?」

「はいはい、細かいこと気にしない! ほら、注文するよ!」 

「もぉ、花彩ってば……」

強引な親友に呆れてしまうことはだったが、しかし、決して悪い気はしないのだった。
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