煌めく世界へ、かける虹

麻生 創太

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第一章『変身』

窮鼠猫を噛む

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一同は驚愕した。
華道部の部長である道玄坂 小百合の身体から巨大な猫が現れたのだ。文哉と明慶にはこの現象に見覚えがあった。
声を震わせながら明慶が言う。

「文哉くん! これって、もしかして……」

「うん。この間のコウモリと同じ……」

番場の言っていた《GROW》という生命体だ。
想象力と創造力の素である《GENESIS》が乱れることによって生まれる怪物。
それが今、部室の壁を突き破り、廊下へ逃げ出した。

「あ……!! グラウンドの方に逃げたよ!」

そう明慶が叫んだと同時に、文哉は全力で駆け出す。

「な、中野くん……!!」

ことはの声が後方から聞こえたが、文哉は振り向かず、逃げた巨大猫を追いかけていった。



「う、うわぁ! なんだなんだ、なんなんだよぉ!!」

グラウンドで練習をしていた野球部員たちが巨大猫の姿に戦慄していた。
当の巨大猫はまったく気にする素振りも見せず、野球部の部室を押し潰し、破壊した。

「こ、コノヤロー!! よくも俺たちの部室を……!!」

野球部のエースと思しき男子部員が巨大猫に向かって思い切りボールを投げつけた。直撃。
しかし、豪速球のデッドボールを受けたにも関わらず、猫は微動だにしない。

「ウソだろぉ!?」

素っ頓狂な声を上げた男子部員を目障りだと思ったのか、猫は男子部員を狙って腕を振り下ろした。
刹那。空中に巨大な二つの青い腕が現れ、猫の腕を受け止めた。さながら、白刃取りのような動きだ。
目の前で起きていることに、ただ呆然と見ているだけしかできない野球部男子は振り返る。
そこには、青いベレー帽を被った画家のような格好の少年が立っていた。
猫に追いつく直前に文哉が指輪の力で変身していたのだ。
文哉は、手にした七色の絵筆を押し出した。すると、彼の動作と連動して青い腕も猫を押し出し、弾き返す。そのときの衝撃で猫が少しよろめいた。
すかさず文哉は絵筆を振り払う。猫に向かって七色の軌跡が走り抜けるが、一瞬にして体勢を戻した猫はするりと文哉の攻撃をかわした。
文哉は絵筆を何度も走らせ七色の軌跡を描き続けるが、猫の柔軟な動きの前ではどれも当たらない。
そんな中で現れた人影がいた。

「は…はぁ、はぁ……。な、中野くん……」

ことはだ。グラウンドまで全力疾走してきた文哉を追いかけてきたのだろう、彼女は息を切らしていた。
文哉はなぜ自分が巨大猫と戦っているのか、彼女に説明したかったのだが、そんな余裕はない。
そして、次の一手を怪物に向けて描き出す。それは、蝙蝠の《GROW》を倒したときに用いたものと同じものだ。
文哉は何本も、何十本もの直線を宙に描き、矢として巨大な猫の《GROW》へ放った。
放たれた矢は、高速で巨大猫目掛けて降り注いだ。
しかし、猫の持ち前の柔軟さと素早い動きによって、文哉の攻撃はまたしてもかわされてしまったのだった。
それでも絵筆を走らせる手を止めず、文哉はひたすら矢を描き続ける。
無数の青い矢の雨が猫を襲う。だが、猫は飄々とした仕草で、何食わぬ顔をして、すべての矢をかわし切ってみせたのだ。
文哉は思う。
このまま闇雲に攻撃しても到底当たるとは思えない。
……だったら、どうすればいいんだろう。
そう考えた、ほんの一瞬だった。僅かな隙を突いて、猫が尻尾で文哉の全身を薙ぎ払ったのだ。 

「……ぅ、あぁっ!!」

あまりの衝撃に、文哉は勢いよく吹っ飛ばされた。

「文哉くん!!」

彼が負傷するのを目の当たりにしたことはが悲鳴を上げた。
巨大猫はといえば、吹っ飛ばされた文哉へとじわりじわりと忍び寄り、距離を詰めていく。
猫は追い討ちとして鋭い爪を文哉へと向けた。
そのときだった。突如、ことはから眩い緑色の閃光が放たれたのだ。
凄まじい光に目が眩んだ巨大猫は動きを止めた。
文哉はこの光景を知っている。これは、自身に起こったものと同じ現象だ。
すると彼女は制服のポケットから光の正体を取り出した。
ことはも文哉と同じ指輪を持っていたのだ。
そして、ことはは全身を光に包まれた。
煌きは徐々に小さくなっていき、一点に収束していく。
光が完全に収まると、そこに立つ少女の姿が先程までとはまったく異なる姿になっていた。
ことはの服装はまるでアルプスの少女を思わせるような、可愛らしい衣装に変化していたのだ。頭には花冠を被っている。
変身した自分の姿に、彼女自身も戸惑っている様子で、

「え……? わ、私……どうなっちゃったの……?」

少々上擦った声でそう言った。
光が消えたことで視界を取り戻した巨大猫は、文哉に再び鋭い爪を向ける。
瞬間、少女は叫んだ。

「文哉くん、危ない……!!」

文哉に猫の爪が刺さる寸前。彼の足元から巨大な盾がせり上がり、猫の攻撃を防いだのだ。盾はとても硬い石でできているらしく、猫の爪を容易く折ってしまった。
文哉は思う。
自分の描画は間に合わなかった。恐らくこの盾は、ことはが召喚したものだろう。
すると、ことはが巨大猫に手を かざした。
彼女の動きに合わせるようにして、猫の周囲に無数の花が咲き乱れた。
ことはが生み出した色とりどりの花々から、一斉に花粉がばら撒かれる。
大量の花粉によって巨大猫は顔を しかめ、完全に動きを止めた。
そして少女は少年に向けて言う。

「今だよ、文哉くん!!」

無言で頷いた文哉は七色の絵筆を宙に走らせる。猫のいる上空に、長大な剣が現れた。
文哉が絵筆を思い切り振り下ろすと、連動するように長大な剣が猫の背中を貫いた。
直撃を受けた巨大な猫の《GROW》は、断末魔を上げながら消滅していった。
文哉とことは。二人の連携によって怪物は倒されたのだ。
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