煌めく世界へ、かける虹

麻生 創太

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第一章『変身』

咲くことの厳しさ

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その日の夜。ことはは両親をリビングに呼んだ。
ことはの父親は言う。

「どうした? 突然、「話したいことがある」なんて……学校で何かあったのか?」

いざ言うとなると緊張してしまうが、両親に余計な誤解をさせたくはない。
そう考えたことはは思い切って言ってみることにした。

「えっとね……実は今日、クラスの華道部の子から、部活一緒にやってみない? って誘いを受けたの。でも私、その場で返事できなくて……答えを保留にしちゃったんだ」

娘の話を聞いた母親は、頷いた上で問いかける。

「そうだったのね。それで、ことははどうしたいの?」

それは、ユリアンに問われた内容と全く同じものだった。
先程は質問に上手く答えることができなかった。でも、今は──。
自分の気持ちに、わがままに。
ユリアンから貰った言葉を胸に、ことはは答える。

「私、どうしようかなって、迷ってたんだけど……でもやっぱり、華道がどんなものなのか気になるんだ。見てみたいなって、体験してみたいなって、そう思うの」

そして、言う。

「だから……部活、やってもいいかな?」

ことはの願いに、両親は互いの顔を見合わせた。
すると、ことはの父が言った。

「もちろんだよ。ことはのやりたいことをやればいい」

「お父さん……。けど、部活を始めたらお店の手伝いが……」

「店のことなら父さんと母さんがなんとかするさ。だから、ことはは自分の感じるものに素直な気持ちで向き合えばいい」

父の発言を受けて、さらに母も言った。

「そうよ。ことはが気になっているのなら、一度やってみたらいいのよ。それで面白いって思えるなら続ければいいし、途中で合わないと感じたらやめてもいいの。だから、ことはは自分の想いを大事にしなさい」

ことはにとって、それはとても温かい言葉たちだった。
彼女は微笑み、両親へ言う。

「お父さん、お母さん。本当にありがとう」

ことはは思う。
まさか、こんなにもすんなりと聞き入れてくれるなんて思っていなかった。ずっと迷っていた自分が情けなくなる。
そう感じつつも、背中を押してくれた人たちへの感謝を胸に、ことはは頑張ろうと意気込むのだった。



翌日の放課後。ことはは華道部を訪れた。親友の花彩も付き添ってくれて、とても心強く感じた。そして、なぜか文哉も一緒に来ていて、彼の付き添いに彼の親友の明慶まで同伴していたのだった。
華道部の部室の前に立つことは。
彼女は昨日店の中で見つけた、緑色の宝石がついた指輪をポケットに忍ばせていた。この指輪は誰のものかも分からないし、自分が持っていていいのかとも思うのだが、なんとなく御守り代わりとして持って来たのだった。
いざ華道部の部室へ入ってみると、なんともいえない緊張感があった。
そこへ、ことはを勧誘したクラスメイトが明るい口調で言う。

「三稜さん! 来てくれたんだね! ありがとー!!」

満面の笑みを見せるクラスメイトの少女に、ことはは頷きを返した。
すると、上級生と思しき女子生徒がことはたちの方へ歩み寄って来る。そして彼女は言う。

「あら、お客さん?」

「あ、部長! この子たちは昨日言ってた、華道部を見学したいって子たちです! ……で、この子が三稜 ことはさん! 三稜さんの実家はお花屋さんなんですよ~!!」

「へぇ、そうなの」

クラスメイトの少女がことはたちを紹介すると、華道部部長は興味深そうに相槌を打った。部長は言う。

「はじめまして、 道玄坂どうげんざか 小百合さゆりです。よろしく」

「よろしくお願いします!」

部長の挨拶を受けて、一同は頭を下げた。
淑やかな微笑みを浮かべながら部長は告げる。

「それでは、皆さん。さっそく始めていきましょうか」



「今回使用する花は、水仙です。水仙は春の訪れを告げる花として、古くから親しまれています。その中でも、今日はこの口紅水仙という花を使います」

「わぁ! 白い花弁の真ん中辺りが赤く縁取られてて、ホントに口紅を差してるみたい!」

題材の花を見た花彩が興奮気味にそう言った。
華道部部長が言う。

「ここに、他の花を組み合わせて美しさを表現していきます」

部長が一つ一つの動作を説明しながら、手本を見せていく。
茎や余分な枝を はさみで切っていく部長の手際に、一同は息を呑んだ。
いくつかの行程を経て、今回の主役となる口紅水仙を手にする部長。
器へと花をいける直前。部長は手にした口紅水仙の花弁を眺めながら言った。

「華道はただ淡々と花をいけるだけではなく、いける花の美しさを愉しむことも大事です」

部長は優雅な口調で続ける。

「花とは、人の心そのものです。花が咲くには、長い年月が必要。その道程はとても険しい。暑さにも寒さにも、雨風にも耐えて、成長し続けなければならない。──故に、 つらく厳しい環境を最後まで生き抜いたものだけが、優しくも美しい花を咲かせることができるのです。人もまた然り。厳しい境遇の中に生き、苦難を乗り越えたものだけが、良い結果を残し、世間に認められるような素晴らしい人間となれるのです」

花が咲くことの厳しさと人の大成とを重ねる華道部部長の表現に、一同は認識した。華道は格式の高い芸能なのだということを。
そして、ことはは思う。
部長が言った言葉の意味は理解できる。意味を理解した上で受け入れることもできなくはない。
しかし、それでも思ってしまうのだ。
……私には、向いてないのかもしれないな。
そんな中で手を動かしている人物がいた。
文哉だ。
彼は、自分の思うままに花をいけている。先程の部長の言葉を聞いていなかったのだろうか。否。聞いた上で、自分のやり方を貫いているようだ。
ことはの心情を読み取ったのか、文哉が声をかけてきた。

「ことはちゃんは、もうやらないの?」

言われて、ことはは思わず俯いてしまう。

「私は……私、には……」

できない、と言いかけて、文哉がそれを遮るように告げた。

「こんなに綺麗なお花がいっぱいあるんだから、楽しくやれば良いと思うよ」

「えっ?」

文哉の発言に、ことはは俯いていた顔を上げた。彼は言う。

「さっき部長さんが言ってたことは、たぶん正しいんだと思う。オレには、優しさとか、厳しさとか、よく分かんないけど……でも、楽しんだ方が良いってことは分かるよ!」

だって、

「心の底から楽しまないと、綺麗なお花が台無しになっちゃうから。ね?」

そう言い放った文哉は満面の笑みを浮かべていた。その笑顔が、ことはにはなんだか眩しく見えた。
すると、彼が声を上げた。

「よし、これで完成!!」

渾身の出来だと言わんばかりに、自信満々な口調で文哉は言った。
文哉の作品は主役となる口紅水仙やバラ、チューリップといった花々の周囲に、カスミソウをいけていた。そのカスミソウの白は雲海のようで、作品全体を俯瞰すると、まるで花が雲の中で自由に遊んでいるかのように見えるのだった。

「どうかな?」

と、瞳をキラキラと輝かせながら、文哉は皆に感想を求めてきた。
文哉の作品に対して一同が呆気に取られていると、真っ先にことはが呟いた。

「綺麗……」

本来、華道においてはいくつも花材を使用することは邪道とされる。ごちゃごちゃしてまとまりが無くなってしまう為だ。しかし、文哉の作品には複数種類の花材が使用されており、まとまりがない。……はずなのだが、なぜだかことはにはとても魅力的に見え、目を離せない。
ことはの感想に、文哉は喜びの声を上げた。

「ホント!? ありがとう! お花屋さんのことはちゃんに言ってもらえるなんて、嬉しいなぁ!!」

ことはを勧誘したクラスメイトは文哉の作品の出来栄えに戸惑っている様子だが、

「こんなに綺麗に花をいけるなんて、やっぱり文哉くんはすごいや!!」

文哉の親友である明慶は文哉の作品を褒めちぎっていた。
花彩はというと、

「うん。すごく良いと思う。……なんか、こう、派手派手の豪華絢爛ー!! って感じ?」

好印象を抱いているようだった。
皆に褒められ、照れたようにはにかむ文哉を見つめながら、ことはは彼が言った言葉を思い返す。

「心の底から楽しまないと、綺麗なお花が台無しになっちゃうから」

楽しく……楽しんで……。
彼の言葉に気づきを得たことはは、手を動かし始める。
そうだ。そうだよね。
いける人が心から楽しまなくちゃ、綺麗なお花は輝かないんだ。
それは、とても単純な答えだった。どうして今まで気づくことができなかったのだろう。
情けない自分だと、そう思う。でも、それでも、今はただ──。
想いのまま、大きなキャンバスに絵を描くように、自由な気持ちでことはは作品に向き合う。
そして、ついに。

「で、できました……!!」

作品が完成した。
ことはは器に口紅水仙とアヤメをいけていて、双方とも凛とした佇まいをしている。
文哉の賑やかな作品とは対照的に、ことはの作品は落ち着いた表情を見せていた。
彼女の作品を見た皆が驚きの表情を浮かべる中、真っ先に口を開いた人物がいる。

「うわぁ~! すっごいシュッとしてて、綺麗だし、なんかカッコいい!! ことはちゃん、すごいね!!」

文哉が白い歯を剥き出しにした、とびきりの笑顔でそう言ってくれたのだ。

「確かにカッコいいかも! 姿勢がいいっていうか……背筋が伸びるっていうか……とにかく素敵!! やるじゃん、花彩!!」

親友の花彩も、ことはの作品を褒めてくれた。

「三稜さんの作品、とっても綺麗だから、ずーっと見てたくなっちゃうなぁ~!! さすが、お花屋さんの娘だね!」

明慶もとても喜んでいる様子だ。さらに、
 
「すごい、すごーい!! やっぱ三稜さんセンスあるよ! うん、間違いない!!」

ことはを勧誘したクラスメイトでさえも、ことはの作品を認めてくれたのだ。
皆の感想を聞いたことはは、今まで心の奥に抱えていた不安も苛立ちも、すべてが報われた気がして、思わず笑みを零してしまった。

「みんな、本当に、ありがとう」



私は、認めない。
今、自分の周りの人間は皆、互いを認め合って、笑い合っている。
あんな作品、素人のお遊びでしかないというのに。
楽しむ、ですって?
違う。
私は、認めない。
華道はもっと厳格であるべきで、そんな甘い考えなど認めはしない。
私は、この道を極めたい。極める。極めてみせる。
もっと厳しく、もっと強く、もっと凛として、もっと美しく……。
華道部部長・道玄坂 小百合の欲望は暴走し、今ここに結実する。
突如、彼女の身体から巨大な猫が湧き出してきたのだ。
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