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第一章『変身』
変身
しおりを挟むいきなり現れた怪物に、動揺する文哉と明慶。
二人には今、何が起こっているのか全く見当もつかなかった。
蝙蝠の姿をした巨大な怪物がその大きな口を開くと、耳をつんざくような高周波の音が発生した。
文哉は言う。
「何なの、これ……!!?」
あまりにも不快な音の嵐に、二人とも耳を塞いだ。
すると、甲高い音を発し続ける蝙蝠の怪物は、大きな翼を広げた。
何かまずい気がする。文哉がそう思ったときには、遅かった。
蝙蝠は広げた翼を羽撃かせ、突風を発生させたのだ。
途端、ベンチに置いていたドーナッツの箱は吹き飛ばされ、ぐちゃぐちゃに潰れてしまった。
「あぁ……!! 僕たちのドーナッツがぁ……!!」
目の前で起こった惨劇にショックを受ける明慶。
そんな彼のことを蝙蝠は逃さない。
大きな口を開け、鋭い牙を剥き出しにした蝙蝠は、明慶に向かって突進した。
文哉は叫びを上げる。
「あっくん、危ない……!!」
親友が怪物に喰われそうになったその時。文哉の見つけた指輪の宝石部分が光を放った。
それは、とても青く、眩い光だった。あまりの眩しさに、怪物は動きを止め、目を背けた。
光はやがて、文哉の全身を包み込んだ。明慶は呆然とその様子をただ見ていることしかできない。
そして、光は徐々に消えていき、文哉の姿が現れた。
先程まで制服姿だった文哉の服装は、画家のような格好に変化していた。頭には青いベレー帽を乗せている。そして、スケッチに使用していた鉛筆は、七色に輝く絵筆に変わっていたのだった。
「え……? えっ、えっ、え……?」
訳が分からず、混乱して上手く言葉が出ない文哉。
光が収まったことにより、蝙蝠は再び襲いかかる。戸惑う少年のことなどお構いなしに、高速で突っ込んできたのだ。
どうしたらいいのかも分からない文哉は、反射的に絵筆を横に振り払った。すると、七色の軌跡が空中を走り、蝙蝠を勢いよく殴り飛ばした。
「す、すごい……」
目の前で起こった現象に、自身でさえも驚きを隠せず、文哉は思わず声を漏らしてしまった。
打撃を受けた怪物は少しふらついたものの、すぐさま復帰する。
なんとかして怪物の動きを止めなければ、また襲ってきてしまう。
思い、今度は絵筆を真下に思い切り振り下ろす文哉。
結果、先程と同様に七色の軌跡が発生し、怪物は地面に叩きつけられた。
それでも蝙蝠の怪物は起き上がり、空中に浮遊する。しかし、ダメージの蓄積により、怪物はふらふらとよろめいていた。
生まれた隙。その瞬間、あることを閃いた文哉は思うままに実行する。
蝙蝠の怪物を中心として、その周囲に何本もの直線を虚空に描いたのだ。漫画において、読者に注目してほしい箇所へ視線を誘導する為に用いる、集中線のような感覚だ。
そして、文哉が絵筆を横に思いっ切り振り払う。
すると、ただの直線だったものが青い矢となって高速で放たれた。
全方位に囲まれた怪物は当然、逃げ場を失い、矢のすべてが命中。串刺しになった。
蝙蝠の怪物は断末魔を上げながら消滅していった。
文哉は呆然としてしまい、思わず、
「やった……の……?」
と、疑問符を漏らしてしまった。
しかし、親友の歓喜の叫びを聞いてやっと実感を持てたのだった。
「やったよ! やったんだよ! 文哉くんはやっぱりすごいや!!」
親友の喜ぶ姿を見ているうちに、いつしか文哉は元の制服姿に戻っていった。
蝙蝠の怪物が消滅した地点には、文哉たちに歩み寄ってきたスケッチブックを持った男性が倒れていた。
男性の安否を確認しようとしたその時、遠くの方から拍手の音が聞こえてきたのだった。
文哉たちが音のする方へ振り向くと、そこには一人の男が立っていた。
男はボサボサで整えられていない髪型に、大きめのサングラスをかけていた。服装はというと、黒のタンクトップの上に白衣を羽織っており、足元は裸足にサンダルという出で立ち。いかにも怪しげな科学者というイメージを与える人物だ。
男は心底嬉しそうな声色で叫ぶ。
「ブラボー! いやぁ、実に素晴らしいよ!! まさかいきなり指輪を扱える者と出会えるとは思わなかったよ」
そのままブツブツと独り言を呟く謎の男。
「なるほど、青の指輪の能力は“変化”といったところかな……。なかなか興味深い力だねぇ……」
明慶が呆然とした様子で男に問いかけた。
「あなたは、誰……?」
すると、即座に表情を消し去り真顔になった男は明慶へ告げる。
「君に興味はない。私が興味を持つのはその指輪をつけた君の方だ」
そう言った男の視線は文哉に向いていた。
文哉は自分を指さして、戸惑いの声を上げる。
「オレ……?」
怪しげな男は頷いた上で、言う。
「そうだ。なぜなら、君はその指輪を通じて≪HEART≫に選ばれた特別な存在だからさ」
「オレが、特別……? おじさんはこの指輪のこと、知ってるの?」
と、文哉が尋ねたその瞬間だった。
突如、彼らの目の前に眩い光が発生したのだ。
明慶は不安そうな表情になって叫ぶ。
「今度は何……!?」
目が眩むほどの強烈な光。その中から現れたもの──それは、とても大きな鏡だった。
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