煌めく世界へ、かける虹

麻生 創太

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第一章『変身』

ようこそ! オレたちの住む街へ

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文哉と明慶の住む、昇陽町しょうようちょうは都内の片隅にある街だ。
番場の懇願を快く聞き入れた二人は、街にある様々なスポットを案内することになった。

「まずは、どこからがいいかなー?」

「そうだなぁ、やっぱり僕たちの学校がいいんじゃない?」

番場を連れて街中を歩きながら、文哉と明慶は案内ルートをし合っていた。
二人が話し合って決めた最初のスポットは、彼らが通う学校・石動高等学校だった。

「学校か……。君たちが普段、どんな場所で日々を過ごしているのか……とても興味深いねぇ」

不敵な笑みを浮かべる番場は、心底楽しそうな口調でそう呟いた。
そうしてしばらく歩き続けていると、校門の前に辿り着いた。文哉はにっこり自慢げな笑みで言う。

「到着~」

番場はキョロキョロと校内を見渡して感嘆の声を漏らしている。

「ほう……。ここが君たちの通う学舎……石動高校かい」

「うん! 番場さん、ひょっとして、学校見るの初めて?」

文哉からの問いかけには表情一つ変えず、科学者風の格好をした男はさらりと応じる。

「ああ。私は学校というものに通ったことがないのでね」

番場の意外すぎる発言に、二人は思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。

「えぇ!? ウソでしょ!? 番場さん学校行ったことないの?!」

二人の驚きぶりが面白かったのか、番場は大袈裟な笑い声を発しながら返答する。

「嘘ではないさ。私は……そうだな、出来損ないの不良なんだよ」

「番場さん、頭良さそうなのに……」

なぜか明慶は残念そうな声で、そう漏らしていた。
番場は言う。

「そんなことないよ。昔はよく愚か者だと言われてた。……それより、次の場所へ案内してもらえるかな?」

番場の素性について詳しく話を聞いてみたかった二人だが、移動を促された為、やめておいた。
文哉が告げる。

「じゃあ、次の場所に行こっか」

続いて文哉たち一行が向かったのは、とある小さな店だった。
何を取り扱っている店なのかというと、

「ここは、オレのお気に入りの文房具屋さんだよ! 勉強に使う物もなんだけど、絵を描く為に必要な画材は全部ここで買ってるんだ!」

そう力説した文哉の顔は、とても誇らしげだった。
番場は少し驚いたように目を開く。

「文哉……君は絵を描いているのかい?」

「そうだよ! ……あ、そうだ! 番場さんにもオレの絵、見せてあげるね!」

文哉は言いながら、持っていたカバンの中をごそごそと漁り始める。そして、スケッチブックを取り出した。
ページを開き、文哉は渾身の力作たちを番場に見せびらかした。
そこには様々な景色を切り取った作品があった。風景画だけではない。大親友と呼ぶ明慶の笑顔、母親と思しき女性の微笑、背筋を伸ばすしなやかな猫、儚げに散っていく桜、そして昨日描いたという夕焼けの街並み。
それらの作品を興味深そうに眺めた番場は感嘆の声を上げる。

「おぉ……これは、どれも素晴らしい出来だね」

「でしょー?」

照れながらも、文哉は決して謙遜しなかった。好きなものを好きなように描いているのだから、当然のことなのだ。
そんなやり取りを交わしながら、文哉たち一行は文房具屋を出て、次の場所へ向かった。

「次は、このお花屋さんだよ! ここは、オレたちのクラスメイトの三稜 ことはちゃんって子の実家でもあるんだ。ここに置いてある花はどれも綺麗なものばかりなんだよ!」

またしても文哉は力説してみせた。
一行が店に入ると、ふわりと華やかな香りが広がった。その香りの中心に、緑のエプロンを身につけた少女の姿があった。

「いらっしゃいませ……って、あれ? 中野くんに渡橋くん?」

少女は驚いた顔をして、そう言った。

「今日はことはちゃん家のお花を見に来たんだ! あ、番場さん。この子がことはちゃんだよ!」

番場のことをどう紹介しようかと戸惑いながらも、明慶は言う。

「えーっと……。こちら、いろいろあって知り合った番場 均さん」

「はじめまして。お嬢さん」

今までに漂っていた怪しげな気配を消し去って、番場は優しげな笑みを見せた。
そんな彼に戸惑いながらも、少女は挨拶を返す。

「あ、どうも……三稜 ことはです」

すると、文哉は言う。

「番場さんはいつも展望台にいるんだけど、街に来たことがないらしくって……それで、オレたちがいろんな場所を案内してるんだ!」

「へぇ、そうなんだ。番場さん、どうぞゆっくり見ていってくださいね」

「そうさせてもらうよ」

言いながら店の中を見渡す番場。チューリップにパンジー、ガーベラ、カーネーションにライラック……文哉の事前の説明通り、多様な色と形をした花々がずらりと並んでいた。
何か気になったのか、ピンク色のチューリップの花の中を覗き込んだ瞬間、番場は呟く。

「ふぅん……なるほどねぇ」

明慶は番場の様子が気になって問いかけを作る。

「どうかしたんですか?」

「いやぁ、とても可愛らしい花だと思ってね。つい見蕩れてしまっていたよ」

「チューリップ、綺麗ですよね」

ことはがそう言うと、番場は満面の笑みで応える。

「ああ。ここの花はどれも綺麗で素敵だよ。文哉の言った通りだねぇ」

「そーでしょ、そーでしょ」

当の文哉はなぜか照れた様子だった。
しばらくの間、店内の花々を眺めた後、番場は名残惜しそうな顔をしながら文哉と明慶に言った。

「このまま美しく可憐な花たちを永遠に眺めていたいところだが……そろそろ次の場所へ案内してもらえるかな」

二人は頷くと、不意に文哉の方が振り返り、

「じゃあ、またね。ことはちゃん」

「うん。また、学校でね」

華やかな花のように微笑む少女・ことはの言葉に見送られ、文哉たちは店を後にした。



「次は、このCDショップだね!」

現地に到着したと同時に明慶が言った。
番場は店内をぐるりと見回した。ロックに、クラシック、レゲエやヒップホップ、クラブミュージック、アニメソングにアイドルソングまで、様々なジャンルの音楽CDが所狭しと並んでいる。CDだけではない。イヤホンなどの小物類、音楽雑誌、カセットテープやレコード盤まで豊富な品揃えだ。
さすがの番場も驚愕している様子で、

「おぉう、これは……すごい数だねぇ」

「ここなら、自分の気に入る音楽と必ず出逢えるよ!」

自信たっぷりに文哉はそう言い張った。
すると、何か気になるものを発見したらしい明慶が言う。

「……あ! 来週、このショップでイベントがあるらしいよ!!」

彼が指さした先。壁面に宣伝用のポスターが貼られていた。
そこには、現役男子高校生DJユニットの最新CD発売記念イベントを行う旨が記されていた。そのユニットの名は、

「“ライジングイカロス”……? なんかカッコいい名前だなぁ!」

文哉は興奮気味に言っていた。
一方、明慶は首を傾げながら言う。

「どういう意味なんだろ」

「さあねぇ……。私では由来が分からないなぁ。何しろ人間の……いや、若者の文化には疎いものでね」

困り顔になった番場に対して、文哉は何気ない問いを投げかける。

「そういえば……番場さんって何歳なの?」

質問を受け、急に真剣な表情を作った番場は答える。

「百三十八億歳」

「「えぇっ!!?」」

その後、番場は数秒ほど沈黙していたが、 こらえられなくなったのか大声で笑い出した。

「冗談だよ、冗談」

番場なりのジョークだったのだと理解すると、文哉と明慶はすっかり肩の力が抜けてしまった。

「なんだぁ~!!」

「びっくりしましたよ……!」

「ごめんごめん。ちょっと意地悪だったかな」

二人に対して謝罪をしつつ、番場はポスターに記されたもう一つの情報に目を向ける。

「おや……? このユニット、近々開催される音楽フェスにも出演予定と書かれてあるねぇ」

番場の呟きに文哉は興味津々な様子で目を光らせる。

「へぇ、面白そう! 行ってみたいな!!」

「フェスだから、たぶん出店もあるよね。美味しいものいっぱいあるかな?」

「あっくんは甘いものばっかり食べるんでしょ」

「えへへ、バレちゃった?」

言われた明慶は照れた様子で頭を掻いた。
そんな二人の、どうしようもなく他愛もないやり取りを近くで見ていた番場は、思わず微笑みを零したのだった。



次に文哉たち一行が訪れたのは、ホビーショップだった。
店内には子ども用の玩具やテレビゲームに流行りのカードゲームまで、様々な娯楽が幅広く取り揃えらている。
文哉は嬉しそうに言う。

「この店に来ると、いつもワクワクするんだよね~!」

「うんうん、すっごく分かる」

親友の言葉に、明慶は深く頷いた。
番場はといえば、相変わらず興味深そうに周囲を見回している。

「ここはまるで、おもちゃの楽園だね」

すると、棚に並べられていた小さな箱を手に取った彼は、二人に問う。

「これはなんだい?」

「それはトランプだよ! ……って、番場さん知らないの?」

「世間知らずで、すまないねぇ……。若者の流行りについてもっと勉強しなくては」

「若い人じゃなくても知ってると思いますけど……」

明慶はそう呟いたのだが、番場の耳には届かなかったらしく、話題が変わった。

「箱の中身は……何やらカードが大量に入っているようだね。このとらんぷ? とやらは、どうやって遊ぶんだい?」

「いろいろあるよーっ! ババ抜きとか、大富豪とか、神経衰弱とか、えーっと…それからねぇ……」

「なるほど。とにかく楽しみ方が無数にあるということだね。理解したよ」

言い終えると、番場はトランプの箱をじっと眺めた。箱表面にはハートの「Kキング」、すなわち、“王”のイラストが描かれている。
文哉は言う。

「トランプが気になるの?」

「まあね。君たちの娯楽の多彩さに感心していたんだよ」

答える番場の笑みの中に、当初の怪しげな雰囲気が戻ってきていた。
彼は表情を崩さないまま告げる。

「二人とも疲れただろう。ここらで休憩にしないかい?」
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