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第一章『変身』
古の杯
しおりを挟む『おはようございます。今朝の最初の話題は、俳優の新堂 結人さんの特集です』
『新堂さんは二十歳という若さでありながら、子役時代からドラマなどで活躍している超実力派俳優なんですよね』
『そうなんです! 子役時代から培われた圧倒的な演技力、とても二十歳とは思えませんよ!』
『現在は、ドラマ「電影の捜査官」で主演を務めていますね』
『そんな新堂さんですが、ドラマ以外でも活躍の場を広げています』
『音楽フェスへのゲスト出演も決まっていまして、当日はどんなトークを繰り広げるのか、楽しみですね!』
翌朝。情報番組の中で若い女性アナウンサーと男性アナウンサーが売れっ子の俳優・新堂 結人について力説していた。
現在は映像が切り替わり、結人のインタビューが流れている。
その映像を食い入るように見つめる少女が一人。
筧 花彩。彼女は画面越しの結人の一挙手一投足に、「はわぁ~」とか、「あわわわ」とか、「ひぃ~」とか、よく分からない声を出している。
そんな妹のことなどお構いなしに、崇嶺は考えを巡らせていた。
昨日の事件から、これまでに起こったことを頭の中で整理する。
強盗事件、盗まれた古代の杯、砕けた杯から生まれた謎の鍵と指輪──。
ブラックコーヒーを一口啜る。広がる苦味に、頭が冴えていく。
「結人くんを朝から見られてシアワセ♡ はぁ~……やっぱりかっこいいなぁ……。お兄ちゃんとは大違い」
わざとらしい口調で言われ、思考の中にノイズが入る。お返しだと言わんばかりに妹を睨みつけ、崇嶺は大袈裟に溜め息を吐いた。
むっとした表情を浮かべる花彩は、崇嶺に言う。
「っていうか、お兄ちゃん! 昨日はなんで電話出なかったの!?」
「捜査中にかけてくるなと言ったはずなんだがな」
崇嶺がふと時計を見ると七時前だった。
コーヒーを飲み干し、ゆっくり腰を上げながら、崇嶺は言う。
「そろそろ出る」
「え、早くない!?」
「これでも遅いほうだ」
兄の憮然とした様子に、妹は声を荒げながら言う。
「もうっ、今日こそは早く帰ってきてよね!」
「いや、今日も遅くなりそうだ。いろいろ調べなければならないことがある」
拗ねた花彩が何事かを喚いていたが、崇嶺は無視して家を出た。
今日の最初の仕事。それは、昨日の強盗犯の取り調べを行うことだ。
崇嶺と寛助が取調室へ入る。すると崇嶺を見るなり、犯人の男は身体を小刻みに震わせ、怯えた様子を見せた。
そんな男の状態に気づきつつも、気にしても仕方ないだろう、と思い、崇嶺はすぐさま質問を始める。
「さっそくだが、始めさせてもらうぞ。まず、今回の犯行に及んだ動機は何だ?」
寛助はすかさず警察手帳とペンを取り出し、いつでも記録を取れる体勢だ。
当の犯人の男はといえば、虚ろな瞳を崇嶺に向けてはいるものの、視線が合っていなかった。
男はぽつりと、呟くように語り出す。
「へ……俺があの杯を盗んだのはなぁ……あれを売り飛ばせば、金になると思ったからさ……」
そう言い終えた後、男が黙り込んでしまったので、崇嶺は問いかける。
「……それだけか?」
「ああ、そうさ。それだけだ」
「たったそれだけの理由で、盗みを働いたというのか」
崇嶺の放った言葉が癇に障ったのか、男は声を荒げて訴える。自分は間違っていない、自分の行いは正当なものだと。
「お前に何が分かるんだ! 勤めてた会社を追い出され、愛する妻には見捨てられ、住んでいた家も追い出されて、借金まで抱えて、どん底の中を生きてる俺の気持ちがよぉ!!」
犯人の主張した内容に、崇嶺は腹の底が煮えたぎるような感覚を得る。衝動的に男のシャツの襟元を掴み上げ、激しく言い放つ。
「だから罪を犯しても仕方ないというのか!? 理由があるから許されるというのか!? どんな理由があろうと、お前のしたことは許されることではない!!」
崇嶺のあまりの気迫に負け、男は恐怖した様子で口をパクパクと震わせていた。
そんな男の心に向かって、崇嶺は絶対に抜けない釘を刺すべく言う。
「分かったら、二度とそんな口を利くな。また同じようなことを口にするなら──」
一旦そこで区切って、強盗犯の男の耳元へ顔を寄せ、崇嶺は続ける。
囁くような声量で、しかし、ドスの利いた声音で、はっきりと告げたのだ。
「──殺すぞ」
「そ、そっ……そん、そんな、そんなぁ!! いっ、いのち……!! 命だけは……命だけは、取らないでくれよ……!! やだよ、死にたくねぇよぉ!! 頼む……っ! 頼むよぉ!!」
半泣きになりながら必死に訴えかける犯人の男。
そんな彼の様子に、崇嶺は呆れ混じりに吐き捨てる。
「また命乞いか。やはり下衆でしかないようだな」
無様な姿を曝す犯人のことを崇嶺は突き放した。
乱れた息を整える為に深呼吸をした上で、崇嶺は力尽きてうなだれている男に言う。
「……一つ、確認したいことがある」
それは、
「お前たちの盗んだ物は、あの杯だけか?」
「あ、ああ……おっ、俺たちは……あの高そうな杯しか盗んでねぇよ……」
「壊れた杯の破片が妙な鍵と指輪の形に変化し、飛び散った。何か心当たりはあるか?」
「し、知らねぇ……俺たちは、そんなもん知らねぇんだよ、信じてくれよぉ、お願いだよぉ……!!」
どうやら本当に何も知らないようだ。
まあ、この男に期待していたわけではないのだが。
内心、そう思いながら崇嶺は言う。
「そうか。……分かった」
彼から得られる情報はもう無さそうだな。
崇嶺は取り調べに見切りをつけ、犯人の男へ告げる。
「──以上だ。あとは、時間をかけて……犯した罪を償え」
続いて崇嶺は、寛助を帯同して杯を展示する予定だった博物館へ謝罪に訪れた。
杯が粉々に砕け散ったのは犯人の男が手を滑らせたことによって起こった。しかし、事故を未然に防げなかった責任が警察にはあるのだ。
その後、崇嶺は盗まれた古代の杯に何か秘密があったのではと考え、杯を発掘した海洋研究所を訪れた。
研究所内部では、研究員の男性が出迎えてくれた。
「そもそも、あの杯は我が海洋生物研究チームが海底調査中に偶然発掘したものなのですよ」
誇らしげに語る研究員は、さらに話を続ける。
「あれは恐らく人類が誕生してまだ間もない頃に作られたものだろう……というのが、我々の見解です」
なるほど、と崇嶺が頷くと、研究員は残念そうに言う。
「しかし……非常に貴重な財産だったのですが……損失したことが悔やまれますなぁ」
「あなた方の研究を無駄にしてしまったこと、誠に申し訳ありませんでした」
言いながらゆっくりと頭を下げる崇嶺。
彼の誠実な対応に、研究員は首を横に振った。
「いやいや。悪いのは盗んだ犯人たちですから。追跡中の事故で壊れてしまったのなら、仕方ないかと」
頭を上げると、崇嶺は言う。
「一つ、お伺いしたいことがあるのですが」
「何でしょうか?」
「壊れた杯の破片は、妙な鍵と指輪に変形して飛び散って行きました。現在捜索中ですが、私の手元に残った物以外は行方が分かっていません」
崇嶺は懐から黄色い宝石のついた鍵を見せる。
「何か知っていることがあれば教えていただきたいのです」
研究員の男性は不思議そうな顔をしてしばらく鍵を観察していたが、やがて口を開いた。
「あの杯はX線による精密検査を実施しましたが、内部に異常は見られませんでしたよ。それに、破片の一部がこの鍵に変形したなんてとても信じられない。あり得ませんよ」
普通ならそういう見解になるだろう。しかし、自分が見た光景は幻ではなかったと崇嶺は思う。
砕け散った杯の中から現れた鍵と指輪は、それぞれ七つずつ、合計十四個あった。
科捜研の鑑定では、傷や埃も無く、まるで砕けた瞬間に作られたかのような真新しい物だということが明らかになっている。
ここで得られる情報も無さそうだと判断した崇嶺は、研究員の男性に礼を言い、退出することにした。
結局、指輪と鍵についても、古代の杯についても特に収穫はなく、何も解らないままなのだった。
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