煌めく世界へ、かける虹

麻生 創太

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第一章『変身』

不思議がいっぱい

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文哉たちの前に突如現れた巨大な鏡。鏡の縁には何やら荘厳な装飾が施されている。
どうやら眩い光の正体は、この鏡が夕陽を反射して生じたものだったようだ。
出現した鏡を見るなり、軽く舌打ちする科学者風の怪しげな男。
さらに、どういった仕掛けか不明だが、いきなりその鏡の中から一人の人物が出てきた。男性にも女性にも見える、中性的な顔をした小柄な人物だった。よく見れば、その人物の指には、文哉が見つけた物と同じ形をした指輪が嵌まっていた。ただし、宝石の色だけが違っており、その人物の指輪には真っ黒な石が鈍く煌めいていた。
もはや、現在どういった状況なのかも分からない文哉と明慶はただ呆然と立ち尽くすことしかできない。
あからさまに鏡を警戒する態度とは裏腹に、男は軽い口調で言う。

「やあ、久しぶりだねぇ。やっぱり指輪を狙ってたのかい?」

すると鏡の向こう側から、落ち着いた口調の低い女性の声が響き渡った。

「狙っていたのは、貴様の方だろう?」

そう言われた男は声のトーンをまったく変えずに、鏡から出てきた人物を見て問う。

「そこにいるのは、君の手下……ってことでいいのかな?」

問われた鏡は一切揺らぐことなく、淡々とした調子で答える。

「……そう捉えてもらって構わない」

怪しげな男は一瞬だけ文哉へ振り向いて、再度、鏡と向き合う。

「この少年の持つ指輪……力ずくで奪うかい?」

男が重ねた問いかけに、鏡はゆっくりと、だが、威圧感を与えるような口調で告げる。

「ここで貴様らと直接やり合うのは得策とは言えんな……見逃しておいてやろう。……行くぞ」

鏡は従えていた中性的な人物に声をかけると、その人物は再び鏡の中へ入っていった。
すると一瞬にして、巨大な鏡はその場から消滅した。
呆れたような、困ったような顔をした怪しげな男は、鏡が去り際に放った台詞を反芻する。

「今のところは、ねぇ……」

目の前で起こった光景に驚いて、呆然と立ち尽くしていた明慶は、ぼんやりと呟く。

「何、だったんだろ……」

「分かんない……けど……」

同じく、その場で呆然と立ち尽くしていた文哉は、怪しげな男に尋ねる。

「おじさん、何者なの?」

怪しげな男は、しまった、というふうな顔をした上で、仰々しく名乗りを上げる。

「おっと、すまない。自己紹介が遅れてしまったね。私の名は、リ……いや、うん? んー……? ばん……ば? あっ、そう! ばんば! 番場ばんば ひとしだ!」

まるで、今思いついたといわんばかりの、取ってつけたような言い回しだった。
あからさまに怪しい男だが、一応、文哉と明慶も自己紹介をしておくことにした。

「オレは、中野 文哉。この子は、オレの大親友の渡橋 明慶くん! オレは、あっくんって呼んでるんだ!!」

「あ……えと、渡橋 明慶です……」

自らを番場と名乗った男は、明慶には振り向かず、文哉にだけ言った。

「うん。よろしくね」

すると文哉が慌てて言う。

「……そうだ、あの人は大丈夫なの!?」

明慶は文哉とともに、怪物を生み出した男性の安否を不安そうに見つめた。
そんな彼らの心配に番場が応じる。

「あの画家の彼なら無事だよ。気絶しているだけさ、しばらくすれば意識が戻るだろう」

番場の言葉を聞いた二人は大きな安堵の溜め息を吐いた。
男性の無事が分かったところで、文哉は番場に対して素直な疑問をぶつける。

「ねぇ、番場? さん。この指輪は何なの?」

少年二人の姿をじっと見つめてから、少し考えるような素振りをした後、白衣の男は言う。

「その格好から察するに、君たちは学生とやらなんだろう? もう日は暮れているが、帰宅しなくていいのかい?」

言われて、二人は気づく。夕陽は落ち、辺りはすっかり夜の景色になっていたのだ。

「うわっ! ホントだ!! もう夜になってる!! 時間が流れるのって早いね!」

「……って、それより文哉くん! 早く帰らないと!!」

時間を忘れていたことに焦る文哉と明慶。
番場は二人の慌てる様子を見て、微笑みつつ言う。

「明日、またここに来てくれ。そこで君たちの疑問に答えよう」

「うん! 分かった。じゃあ、また明日来るね!」

文哉は番場へ別れの挨拶をして、親友とともに帰路についた。



「ただいまー」

「おかえり。遅かったじゃないの」

文哉が帰宅すると、すぐにリビングの方から母が駆け寄って来た。

「うん。今日はね、あっくんと一緒に展望台まで行って、夕焼けの街をスケッチしてきたの! ほら、見て見て!!」

描き上げた力作を母親に見せびらかす文哉。
文哉の母は自慢げな息子の様子に、思わず笑みを零した。

「あら、よく描けてるじゃないの」

「でしょ? でしょ? オレの自信作だよ!!」

「それはいいけど、早く着替えてきなさい。ご飯できてるわよ」

「はーい」

軽く返事をすると、文哉は自室へと向かって行った。
その後、夕食を摂り、風呂から上がった文哉は、自室のベッドに横たわり、今日の出来事を振り返る。
大好きな親友の優しげな笑顔。
夕焼けの街並み。それを模写した自信作のスケッチ。
展望台で見つけた、青い宝石のついた指輪。
目の前に突如出現した蝙蝠の怪物。指輪の煌めきで自分の姿が変化した。文哉は画家のような姿になっていた。
手にした不思議な絵筆で怪物をやっつけたこと。
番場と名乗る怪しげな科学者風の男。
さらに現れた、巨大な鏡。鏡の中から聞こえた低めの女性の声。その鏡が手下と呼んでいた、性別を判別できない謎の人物。彼か、あるいは、彼女か──の指には、自分が見つけたものによく似た指輪が嵌められていた。宝石の色は黒だった。
どれもこれも、不思議なことばかりだ。
今日起こった出来事を思い返すと、なんだかワクワクしてくる。明日は番場が文哉たちの疑問に答えてくれるらしい。
でも、身体は正直なことに欠伸が出てしまった。疲れている証拠なのだろうか。
瞼が少しづつ重くなってきた文哉はそのまま瞳を閉じた。



筧 崇嶺と佐伯 寛助の二人は、科捜研を訪れていた。古代の杯の中から現れた鍵について、鑑定結果が出たと報告があったのだ。
崇嶺と寛助が科捜研の責任者の男性を一瞥すると、軽く会釈した。責任者は言う。

「お待たせしてしまい、申し訳ありません。鑑定に少々時間がかかってしまいまして……」

「いえ、問題ありません。それで、鑑定の結果は?」

責任者は鑑定を行ったくだんの鍵を取り出して見せ、告げる。

「結論から申しますと……この鍵は今回の事件とは無関係であろう、ということです」

まあ、そうだろうな、と内心、崇嶺は思う。
すると、責任者は追加する。

「ただ、その理由が不思議といいますか……不可解なものでして……」

「それはどういう意味でしょうか?」

責任者の男性は崇嶺の問いかけに頷きながら言う。

「この鍵からは筧警部の指紋しか検出されなかったのです。犯人やその仲間の指紋は一切なく、それどころか、傷や埃一つありませんでした」

告げられた情報に、崇嶺は眉をひそめた。
責任者は軽く息継ぎをした上で続ける。

「鍵の状態からして、今この瞬間に造られたかのような、とても真新しい物だということが分かったのです」

「なるほど。だから、不可解である、と」

その通りです、と責任者の男性は頷いた。
この鍵が何であるのか、調べる必要がありそうだ。
そう思った崇嶺は責任者に言う。

「犯人たちの所有物でなく、所有者も不明であるなら、一旦は私が預かりましょう」

そうして崇嶺は責任者から鍵を受け取った。
飛び散っていった鍵は、この黄色い宝石がついたもの以外に六本あった。

「あ……あのー……」

何本かはすでに誰かの手元に渡っている可能性がある。

「えっと……もしもーし……?」

それに、鍵と一緒に現れた指輪のことも気になる。

「警部……筧警部……?」

名を呼ばれ、部下の声にようやく気づいた崇嶺は謝罪した。

「すまん。考え事をしていた。どうかしたのか?」

「あ……その……携帯、鳴ってますけど……?」

寛助の言う通り、崇嶺の携帯電話が振動していた。バイブレーション設定にしている為、音は鳴らない。
すぐに画面を確認してみると、見慣れた名前が表示され、崇嶺は小さく溜め息を吐いた。
妹の花彩からだった。
着信の理由を察し、呆れた崇嶺は通話を拒否した。
寛助は心配そうに言う。

「電話、出なくてよかったんですか?」

「ああ、問題はない。いつものことだ」

崇嶺は淡々とした様子で携帯電話を仕舞った。
それから、責任者に礼を言い崇嶺と寛助は科捜研を後にしたのだった。
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