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第一章『変身』
放課後スケッチ
しおりを挟む同日。石動高等学校一年一組教室内。
「起立ー! 気をつけ! 礼ー!」
学級委員長の号令の元、帰りのホームルームが終了した。
「みんな、気をつけて帰るんだぞー」
という担任教師の言葉に対して、軽く返事をする者もいれば、律儀に挨拶をしてから帰路に着く者、教師の言葉など聞こえていないかのように無視してそそくさと帰ってしまう者もいて、生徒たちの反応はそれぞれ違っていた。
そんな教室内に残った男子生徒が二人。
二人のうちの一人が、もう一人の男子生徒に言う。
「僕たちも帰ろっか」
「あ、ちょっと待って……えと、スケッチブックは持ったし……色鉛筆も持ったし……。うん、準備ばっちし!」
「文哉くん、相変わらず荷物が多いね。今日は何を描く予定なの?」
文哉と呼ばれた少年は、白い歯を見せながら純真無垢な笑顔で答える。
「今日はね~、展望台まで行って街の景色を描こうと思ってるんだぁ!」
「夕暮れの街かぁ……いいね!」
「でしょー?」
そうだ、と何かを閃いたのか、もう一人の少年が言う。
「せっかく展望台まで行くんだし、何かおやつ買わない?」
「さすが、あっくん。お菓子大好きだもんね!」
文哉の言葉を褒められたと捉えたのか、“あっくん”こと明慶は照れつつ言う。
「いやぁ~、それほどでも……ちょっとあるかも……」
「それで、何買おっか?」
「えーっとね、今食べたいのはねぇ……ドーナッツかなぁ~!!」
「それはあっくんが食べたいものでしょー!」
親友である文哉と明慶はお互いに顔を見合わせると、思いっきり笑った。
そんな何気ない、他愛もないやり取りを交わしていると、教室内に残っていた二人の女子生徒の会話が聞こえてきた。
二人のうちの一人は何やらとても苛立っている様子だった。
明慶は二人の女子生徒のことを心配そうに見つめる。
「三稜さんと筧さん、どうしたのかな?」
すると、二人の女子生徒のうち、明慶が“筧さん”と呼んでいた少女は声を荒げる。
「あーダメ、何回かけても繋がんない!!」
苛立ちを募らせる少女に対して、となりにいた少女が宥めるように声をかける。
「花彩のお兄さんって警察官なんでしょ? 何かの事件の捜査中で忙しいんじゃない?」
「こんなんじゃ、今日の晩ご飯どうするか聞けないじゃん! もぉ~、お兄ちゃんってば、晩ご飯食べれなかったらどうしてくれるのよ!」
「……お兄さんが帰ってくるの、ずっと待つつもりなの?」
「当ったり前じゃない!」
「帰るのが夜中になったりしたら?」
「それでも待つわよ! 晩ご飯は家族で一緒に食べるもんでしょ?!」
自信たっぷりに言い放った少女・筧 花彩に、となりの少女・三稜 ことはが苦笑しながら言う。
「そこは譲らないのね……」
さらに二言、三言、言葉を交わしながら女子生徒二人は教室から出て行った。
「なんか……大変そうだったね……」
彼女たちのやり取りを見送りつつ、明慶は思わず呟いてしまっていた。
嵐が過ぎ去っていったかのような余韻の後、はっとして我に返った文哉は言う。
「……って、オレたちもそろそろ行かなくちゃ! 早くしないと陽が沈んじゃうよ!!」
文哉と明慶の二人は慌てて教室を飛び出していったのだった。
予定通り、文哉と明慶は街外れにある展望台へとやって来た。
さっそく文哉は高所から景色を俯瞰する。彼の瞳に飛び込んでくるのは、炎のように燃え盛る夕陽と真っ赤に染まる街並みだった。
その光景があまりにも鮮明すぎて、思わず感動の声を漏らしてしまう文哉と明慶。
「うぅ~、オレ、もう我慢できないよ!!」
いてもたってもいられなくなった文哉は色鉛筆とスケッチブックを取り出し、絵を描き始めた。この景色を、この感動を、この気持ちを、形にしたくて仕方がないのだ。
文哉の描く手は、とても速い。それでいて、とても丁寧だ。
「よっしゃーっ!! できたーっ!!」
いきなり叫びを上げた文哉に、親友である明慶は驚きを隠せなかった。
「え、えぇっ!? もう完成したの??」
あまりの早さに驚きっぱなしの明慶は文哉のスケッチブックを覗き込む。
文哉の描き上げた作品には、展望台から見えている夕焼けの景色が、鮮明に、詳細に、模写されている。
燃え盛る夕陽、茜色に染まる空、紅色の雲、街並みは建物の陰影さえも真っ赤に塗られている。
ふと、明慶は気づく。この作品には、赤と橙の色鉛筆のみが使われているということに。だからなのか、全体的にあたたかい質感を感じられる。
明慶は親友を褒めちぎった。
「すごい! すごいよ、文哉くん!! この綺麗な景色を色鉛筆だけで再現しちゃうなんて! しかも、こんな短時間で!!」
「へへ。それほどでも……あるんだなぁ、これが」
二人は互いに顔を見合わせ、笑い合う。
そこで、明慶は提案する。
「スケッチもできたことだし、そろそろ休憩にしない?」
「賛成ー!!」
「さっき買ってきたドーナッツ食べよう!」
「うん! レッツおやつタイム、だね♪」
展望台へ訪れる前に買っておいたドーナッツの箱を開ける明慶。
その箱の中からオールドファッションのドーナッツを一つ取り出し、見せびらかす明慶。
「じゃじゃーん♪ これが僕のお気に入りだよー!!」
「買ったときに聞いたから知ってるよ」
他愛もないやり取りを交わしながら、二人は笑い合った。
すると、文哉は地面に何かが落ちていることに気づく。とても小さな欠片のような物だ。目を凝らしてよく見れば、それは青い光を放っていた。
文哉はそれが落ちている場所まで駆け寄っていき、しゃがみ込んだ。
明慶は不安げな顔をして、言う。
「あ……ちょっと、文哉くん……落ちてる物を素手で触ったら…手が汚れちゃうよ……」
親友の制止も聞かずに文哉はその物体を手に取った。
間髪を入れずに明慶は残念そうな声色で言う。
「あぁ~……。ドーナッツ、食べる前なのにぃ……」
そんな明慶のことなどお構いなしに、文哉は明るく言った。
「ほら、あっくん見て見て!! これ、すんごい綺麗だよ!!」
文哉が見つけた小さな物体。それは、青い宝石のついた指輪だった。
明慶は恐る恐るドーナッツの穴の中から文哉の持つ指輪を覗き込む。
「確かに綺麗だけど……なんでこんなところに指輪が落ちてるんだろう?」
「誰のものなんだろうね?」
「もしかして……結婚指輪だったりして」
「えー!!」
「いや……分かんないけど……」
文哉と明慶が様々な疑問を膨らませる中、そこへ一人の男性が現れた。男性は、三十代くらいに見える人物だった。特徴があるとすれば、彼は文哉と同じく脇にスケッチブックを抱えていたことだ。
ふらふらとおぼつかない足取りで、男性は文哉たちに歩み寄って来る。
もしかしたら指輪の持ち主が戻ってきたのかもしれない。そう思い、文哉は男性に声をかけた。
「もしかして、これ、おじさんの?」
文哉の問いかけには答えず、俯いて何事かをブツブツ呟いている男性。
聞こえていなかったのだろうか、と思った文哉はもう一度、今度は先程よりも大きな声ではっきりと言う。
「これ、もしかして、おじさんのですか?」
男性は黙ったまま、応答しない。
どうしたのだろう、と文哉と明慶が互いに顔を見合わせた、その瞬間。男性は突然、叫び声を上げた。
「芸術は……爆発だーっ!!」
すると、男性の身体から奇妙な物体が湧いてきた。それは、ありえないほどに巨大な、蝙蝠の化け物だったのだ。
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