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第3話
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今日も上手く秋斗を撒けた、と意気揚々と裏門をくぐって家へと向かう。しかし、目の前には、なぜか教室で友達と話していたはずの秋斗の姿があった。
「え? 秋斗?」
その問いかけには答えずに、俺の腕を掴んだ秋斗は、足早に家の方へと向かっていく。何度か問いかけてみても、秋斗は答えるどころか、こちらを振り向こうともしない。
ようやく秋斗が足を止めたのは、俺の家の玄関に入り、ドアを閉めた時だった。バタンと乱暴に閉められた扉の音に肩が震えた瞬間、ドアに両手を縫い止められる。
「ねえ、李久。僕に恋人がいるってあの子に言ったのは、李久なの?」
「あの子…?」
「今朝、僕たちに声をかけて来た子。覚えてるでしょ」
嘘がばれたのだと事態を飲み込めた瞬間、にわかに手足の先が冷えていく。自分よりも背の高い秋斗が覆い被さってくると、ドアと秋斗の間に、完全に閉じ込められる形になる。肩口に頭を乗せてきた秋斗の顔は、俺からは見えない。
「あの後、その子に聞いたんだよ。恋人がいるって誰から聞いたの、って。そしたら、昨日、李久が言ってたって」
「そ、れは…」
緊張のあまり、口の中が乾いていくのを感じる。いつもと変わらない、穏やかな声のはずなのに、なぜだか秋斗のことが猛烈に怖かった。ひとまず両手を自由にしようともがいても、さすが運動部というべきか、秋斗の腕は微塵も動かない。体格が自分よりもいいことには気がついていたけれど、こんなに筋力に差があるとは、正直思っていなかった。
「李久。小さい時から言われてたでしょ、嘘はダメだよ、って。なんでそんな嘘ついたの」
言えない。告白してくる人が多い秋斗に嫉妬したって。それだけじゃない。賢くて、かっこよくて、スポーツ万能な秋斗と自分を、何につけても見比べて、勝手に惨めな思いを募らせて、どす黒い感情を腹の奥底で渦巻かせていた、なんて。
「あの子のことが好きだからって、ダメだよ」
「…え?」
「それに、あの子には、僕の恋人は李久だって、伝えちゃったし」
「あえっ…?」
なんてデマを流してくれたんだ。こんな完璧な彼氏がいるというデマが広まってしまったら、俺には恋人ができなくなってしまうじゃないか。花の高校生活が、一陣の風によってどこか遠くへと飛んでいってしまう。
「おいっ、なんでそんな嘘、ついたんだよ…やっていいことと、悪いことがあるだろっ」
「…そんなに好きだったんだ、あの子のこと。ついでに脅しておいて、正解だった」
「お前、何言って…」
腕を締め上げる力が緩み、秋斗の手が触れて、熱がこもっていたところが急激に冷えていく。そのことに安堵したのも束の間、今度は背中を抱きすくめられ、後頭部を掴まれた。
「っむう、っんっ」
秋斗の顔が近づいて来たかと思ったら、次の瞬間には唇が重ねられていた。自由になった両手で力一杯秋斗の胸板を叩いても、一向に効き目がない。その間にも、秋斗は、丹念に唇を舐め、食んでくる。思わず開けてしまった口に舌がねじ込まれた。
「っん、んーんっ」
秋斗から体を離そうとすればするほど、かえって抱きしめられる力が強くなり、舌はどんどん深くに入ってくる。ただの一度も恋人がいたことがない俺は、もちろんキスなんてしたこともなく、それ故に、これに耐性があるはずもない。呼吸が苦しくなり、次第に目が回っていくような気分に襲われる。
そんな俺の様子に気づいたのか、秋斗は一旦唇を離した。ゆっくりと伸びていく銀糸が、ぷつりと切れる。
「李久と恋人って話、嘘じゃないよ。だって、これから僕が李久の恋人になるんだもん」
「はあ、はあっ…お、まえっ、なに、いって…」
「だって、僕とのキスだけで、こんな顔しちゃってさあ…」
そう意地悪そうに笑いながら、秋斗は、熱を持った俺の頬をゆっくりと、焦らすように撫であげる。
「あんなどこの馬の骨とも知れない子より、李久のこと大事にするよ。だからさ、僕と恋人になろうよ」
先ほどとは一転して、まっすぐに伝えられる言葉が、切なそうにこちらを見下ろしてくる瞳が、拗ねたように尖る唇が、秋斗は本当に俺のことが好きなのだと、全力で伝えて来ていた。
「っ、しゅう、と…」
次の言葉を言いかけた時、がちゃりと背後で音がした。咄嗟に目の前の秋斗のシャツを引き寄せ、胸元に顔を埋めると、後ろのドアが開く。
「あら? 李久? 秋斗くんも、いらっしゃい」
帰って来たのは、なんと俺の母親だった。今日という日に限ってというか、折悪しくというか、いつもより帰宅がずっと早い。
「今日ねえ、仕事早めに終わったから、スーパーでいっぱい買い物して来ちゃった。秋斗くんもご飯食べていってよ」
「はい、お言葉に甘えて。御相伴に預かります」
「李久、あんた何やってんのよ。…本当に昔から秋斗くんのことが大好きなんだから」
母親が何やら話しかけてくる声と、スーパーの袋がこすれる音が聞こえる。しかし俺は、ファーストキスを強奪されたということと、秋斗にキスをされたということと、秋斗に告白されたということと、秋斗に咄嗟に抱きついてしまったということと、この状況を母親に見られたということと、秋斗の胸板が厚いということと、秋斗はいい匂いがするということとで、頭がぐらぐらして、実に混乱を極めていた。
「李久はばかよねえ。高校の子に、『秋斗くんには、付き合ってる人がいるんですか』って聞かれたって、昨日も、一昨日も、一晩中不貞腐れてたのよ」
やっと混乱が少し落ち着いてきて、言語情報として耳に飛び込んできた母親のとんでも大暴露情報に、無意識に肩が跳ね上がる。
「…そうだったんですか」
なぜだか嬉しそうな声でそれに答えた秋斗の手が、俺の背中に回ってくる。
「じゃあ、ゆっくりしていってね」
そう言い残すと、この状況の息子とその幼馴染を残して、母親の声が遠くなっていく。我が母ながら、とんでもない肝の座り方をしていると思う。
「りーく、部屋行こう?」
耳元で囁いて、ついでにキスをおまけしてきた秋斗が、俺を抱き上げる。思わずその首に手を回してしまったのは、自分が浮き上がる感覚が怖かったから、ということで。
「え? 秋斗?」
その問いかけには答えずに、俺の腕を掴んだ秋斗は、足早に家の方へと向かっていく。何度か問いかけてみても、秋斗は答えるどころか、こちらを振り向こうともしない。
ようやく秋斗が足を止めたのは、俺の家の玄関に入り、ドアを閉めた時だった。バタンと乱暴に閉められた扉の音に肩が震えた瞬間、ドアに両手を縫い止められる。
「ねえ、李久。僕に恋人がいるってあの子に言ったのは、李久なの?」
「あの子…?」
「今朝、僕たちに声をかけて来た子。覚えてるでしょ」
嘘がばれたのだと事態を飲み込めた瞬間、にわかに手足の先が冷えていく。自分よりも背の高い秋斗が覆い被さってくると、ドアと秋斗の間に、完全に閉じ込められる形になる。肩口に頭を乗せてきた秋斗の顔は、俺からは見えない。
「あの後、その子に聞いたんだよ。恋人がいるって誰から聞いたの、って。そしたら、昨日、李久が言ってたって」
「そ、れは…」
緊張のあまり、口の中が乾いていくのを感じる。いつもと変わらない、穏やかな声のはずなのに、なぜだか秋斗のことが猛烈に怖かった。ひとまず両手を自由にしようともがいても、さすが運動部というべきか、秋斗の腕は微塵も動かない。体格が自分よりもいいことには気がついていたけれど、こんなに筋力に差があるとは、正直思っていなかった。
「李久。小さい時から言われてたでしょ、嘘はダメだよ、って。なんでそんな嘘ついたの」
言えない。告白してくる人が多い秋斗に嫉妬したって。それだけじゃない。賢くて、かっこよくて、スポーツ万能な秋斗と自分を、何につけても見比べて、勝手に惨めな思いを募らせて、どす黒い感情を腹の奥底で渦巻かせていた、なんて。
「あの子のことが好きだからって、ダメだよ」
「…え?」
「それに、あの子には、僕の恋人は李久だって、伝えちゃったし」
「あえっ…?」
なんてデマを流してくれたんだ。こんな完璧な彼氏がいるというデマが広まってしまったら、俺には恋人ができなくなってしまうじゃないか。花の高校生活が、一陣の風によってどこか遠くへと飛んでいってしまう。
「おいっ、なんでそんな嘘、ついたんだよ…やっていいことと、悪いことがあるだろっ」
「…そんなに好きだったんだ、あの子のこと。ついでに脅しておいて、正解だった」
「お前、何言って…」
腕を締め上げる力が緩み、秋斗の手が触れて、熱がこもっていたところが急激に冷えていく。そのことに安堵したのも束の間、今度は背中を抱きすくめられ、後頭部を掴まれた。
「っむう、っんっ」
秋斗の顔が近づいて来たかと思ったら、次の瞬間には唇が重ねられていた。自由になった両手で力一杯秋斗の胸板を叩いても、一向に効き目がない。その間にも、秋斗は、丹念に唇を舐め、食んでくる。思わず開けてしまった口に舌がねじ込まれた。
「っん、んーんっ」
秋斗から体を離そうとすればするほど、かえって抱きしめられる力が強くなり、舌はどんどん深くに入ってくる。ただの一度も恋人がいたことがない俺は、もちろんキスなんてしたこともなく、それ故に、これに耐性があるはずもない。呼吸が苦しくなり、次第に目が回っていくような気分に襲われる。
そんな俺の様子に気づいたのか、秋斗は一旦唇を離した。ゆっくりと伸びていく銀糸が、ぷつりと切れる。
「李久と恋人って話、嘘じゃないよ。だって、これから僕が李久の恋人になるんだもん」
「はあ、はあっ…お、まえっ、なに、いって…」
「だって、僕とのキスだけで、こんな顔しちゃってさあ…」
そう意地悪そうに笑いながら、秋斗は、熱を持った俺の頬をゆっくりと、焦らすように撫であげる。
「あんなどこの馬の骨とも知れない子より、李久のこと大事にするよ。だからさ、僕と恋人になろうよ」
先ほどとは一転して、まっすぐに伝えられる言葉が、切なそうにこちらを見下ろしてくる瞳が、拗ねたように尖る唇が、秋斗は本当に俺のことが好きなのだと、全力で伝えて来ていた。
「っ、しゅう、と…」
次の言葉を言いかけた時、がちゃりと背後で音がした。咄嗟に目の前の秋斗のシャツを引き寄せ、胸元に顔を埋めると、後ろのドアが開く。
「あら? 李久? 秋斗くんも、いらっしゃい」
帰って来たのは、なんと俺の母親だった。今日という日に限ってというか、折悪しくというか、いつもより帰宅がずっと早い。
「今日ねえ、仕事早めに終わったから、スーパーでいっぱい買い物して来ちゃった。秋斗くんもご飯食べていってよ」
「はい、お言葉に甘えて。御相伴に預かります」
「李久、あんた何やってんのよ。…本当に昔から秋斗くんのことが大好きなんだから」
母親が何やら話しかけてくる声と、スーパーの袋がこすれる音が聞こえる。しかし俺は、ファーストキスを強奪されたということと、秋斗にキスをされたということと、秋斗に告白されたということと、秋斗に咄嗟に抱きついてしまったということと、この状況を母親に見られたということと、秋斗の胸板が厚いということと、秋斗はいい匂いがするということとで、頭がぐらぐらして、実に混乱を極めていた。
「李久はばかよねえ。高校の子に、『秋斗くんには、付き合ってる人がいるんですか』って聞かれたって、昨日も、一昨日も、一晩中不貞腐れてたのよ」
やっと混乱が少し落ち着いてきて、言語情報として耳に飛び込んできた母親のとんでも大暴露情報に、無意識に肩が跳ね上がる。
「…そうだったんですか」
なぜだか嬉しそうな声でそれに答えた秋斗の手が、俺の背中に回ってくる。
「じゃあ、ゆっくりしていってね」
そう言い残すと、この状況の息子とその幼馴染を残して、母親の声が遠くなっていく。我が母ながら、とんでもない肝の座り方をしていると思う。
「りーく、部屋行こう?」
耳元で囁いて、ついでにキスをおまけしてきた秋斗が、俺を抱き上げる。思わずその首に手を回してしまったのは、自分が浮き上がる感覚が怖かったから、ということで。
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