3 / 3
第3話
しおりを挟む
今日も上手く秋斗を撒けた、と意気揚々と裏門をくぐって家へと向かう。しかし、目の前には、なぜか教室で友達と話していたはずの秋斗の姿があった。
「え? 秋斗?」
その問いかけには答えずに、俺の腕を掴んだ秋斗は、足早に家の方へと向かっていく。何度か問いかけてみても、秋斗は答えるどころか、こちらを振り向こうともしない。
ようやく秋斗が足を止めたのは、俺の家の玄関に入り、ドアを閉めた時だった。バタンと乱暴に閉められた扉の音に肩が震えた瞬間、ドアに両手を縫い止められる。
「ねえ、李久。僕に恋人がいるってあの子に言ったのは、李久なの?」
「あの子…?」
「今朝、僕たちに声をかけて来た子。覚えてるでしょ」
嘘がばれたのだと事態を飲み込めた瞬間、にわかに手足の先が冷えていく。自分よりも背の高い秋斗が覆い被さってくると、ドアと秋斗の間に、完全に閉じ込められる形になる。肩口に頭を乗せてきた秋斗の顔は、俺からは見えない。
「あの後、その子に聞いたんだよ。恋人がいるって誰から聞いたの、って。そしたら、昨日、李久が言ってたって」
「そ、れは…」
緊張のあまり、口の中が乾いていくのを感じる。いつもと変わらない、穏やかな声のはずなのに、なぜだか秋斗のことが猛烈に怖かった。ひとまず両手を自由にしようともがいても、さすが運動部というべきか、秋斗の腕は微塵も動かない。体格が自分よりもいいことには気がついていたけれど、こんなに筋力に差があるとは、正直思っていなかった。
「李久。小さい時から言われてたでしょ、嘘はダメだよ、って。なんでそんな嘘ついたの」
言えない。告白してくる人が多い秋斗に嫉妬したって。それだけじゃない。賢くて、かっこよくて、スポーツ万能な秋斗と自分を、何につけても見比べて、勝手に惨めな思いを募らせて、どす黒い感情を腹の奥底で渦巻かせていた、なんて。
「あの子のことが好きだからって、ダメだよ」
「…え?」
「それに、あの子には、僕の恋人は李久だって、伝えちゃったし」
「あえっ…?」
なんてデマを流してくれたんだ。こんな完璧な彼氏がいるというデマが広まってしまったら、俺には恋人ができなくなってしまうじゃないか。花の高校生活が、一陣の風によってどこか遠くへと飛んでいってしまう。
「おいっ、なんでそんな嘘、ついたんだよ…やっていいことと、悪いことがあるだろっ」
「…そんなに好きだったんだ、あの子のこと。ついでに脅しておいて、正解だった」
「お前、何言って…」
腕を締め上げる力が緩み、秋斗の手が触れて、熱がこもっていたところが急激に冷えていく。そのことに安堵したのも束の間、今度は背中を抱きすくめられ、後頭部を掴まれた。
「っむう、っんっ」
秋斗の顔が近づいて来たかと思ったら、次の瞬間には唇が重ねられていた。自由になった両手で力一杯秋斗の胸板を叩いても、一向に効き目がない。その間にも、秋斗は、丹念に唇を舐め、食んでくる。思わず開けてしまった口に舌がねじ込まれた。
「っん、んーんっ」
秋斗から体を離そうとすればするほど、かえって抱きしめられる力が強くなり、舌はどんどん深くに入ってくる。ただの一度も恋人がいたことがない俺は、もちろんキスなんてしたこともなく、それ故に、これに耐性があるはずもない。呼吸が苦しくなり、次第に目が回っていくような気分に襲われる。
そんな俺の様子に気づいたのか、秋斗は一旦唇を離した。ゆっくりと伸びていく銀糸が、ぷつりと切れる。
「李久と恋人って話、嘘じゃないよ。だって、これから僕が李久の恋人になるんだもん」
「はあ、はあっ…お、まえっ、なに、いって…」
「だって、僕とのキスだけで、こんな顔しちゃってさあ…」
そう意地悪そうに笑いながら、秋斗は、熱を持った俺の頬をゆっくりと、焦らすように撫であげる。
「あんなどこの馬の骨とも知れない子より、李久のこと大事にするよ。だからさ、僕と恋人になろうよ」
先ほどとは一転して、まっすぐに伝えられる言葉が、切なそうにこちらを見下ろしてくる瞳が、拗ねたように尖る唇が、秋斗は本当に俺のことが好きなのだと、全力で伝えて来ていた。
「っ、しゅう、と…」
次の言葉を言いかけた時、がちゃりと背後で音がした。咄嗟に目の前の秋斗のシャツを引き寄せ、胸元に顔を埋めると、後ろのドアが開く。
「あら? 李久? 秋斗くんも、いらっしゃい」
帰って来たのは、なんと俺の母親だった。今日という日に限ってというか、折悪しくというか、いつもより帰宅がずっと早い。
「今日ねえ、仕事早めに終わったから、スーパーでいっぱい買い物して来ちゃった。秋斗くんもご飯食べていってよ」
「はい、お言葉に甘えて。御相伴に預かります」
「李久、あんた何やってんのよ。…本当に昔から秋斗くんのことが大好きなんだから」
母親が何やら話しかけてくる声と、スーパーの袋がこすれる音が聞こえる。しかし俺は、ファーストキスを強奪されたということと、秋斗にキスをされたということと、秋斗に告白されたということと、秋斗に咄嗟に抱きついてしまったということと、この状況を母親に見られたということと、秋斗の胸板が厚いということと、秋斗はいい匂いがするということとで、頭がぐらぐらして、実に混乱を極めていた。
「李久はばかよねえ。高校の子に、『秋斗くんには、付き合ってる人がいるんですか』って聞かれたって、昨日も、一昨日も、一晩中不貞腐れてたのよ」
やっと混乱が少し落ち着いてきて、言語情報として耳に飛び込んできた母親のとんでも大暴露情報に、無意識に肩が跳ね上がる。
「…そうだったんですか」
なぜだか嬉しそうな声でそれに答えた秋斗の手が、俺の背中に回ってくる。
「じゃあ、ゆっくりしていってね」
そう言い残すと、この状況の息子とその幼馴染を残して、母親の声が遠くなっていく。我が母ながら、とんでもない肝の座り方をしていると思う。
「りーく、部屋行こう?」
耳元で囁いて、ついでにキスをおまけしてきた秋斗が、俺を抱き上げる。思わずその首に手を回してしまったのは、自分が浮き上がる感覚が怖かったから、ということで。
「え? 秋斗?」
その問いかけには答えずに、俺の腕を掴んだ秋斗は、足早に家の方へと向かっていく。何度か問いかけてみても、秋斗は答えるどころか、こちらを振り向こうともしない。
ようやく秋斗が足を止めたのは、俺の家の玄関に入り、ドアを閉めた時だった。バタンと乱暴に閉められた扉の音に肩が震えた瞬間、ドアに両手を縫い止められる。
「ねえ、李久。僕に恋人がいるってあの子に言ったのは、李久なの?」
「あの子…?」
「今朝、僕たちに声をかけて来た子。覚えてるでしょ」
嘘がばれたのだと事態を飲み込めた瞬間、にわかに手足の先が冷えていく。自分よりも背の高い秋斗が覆い被さってくると、ドアと秋斗の間に、完全に閉じ込められる形になる。肩口に頭を乗せてきた秋斗の顔は、俺からは見えない。
「あの後、その子に聞いたんだよ。恋人がいるって誰から聞いたの、って。そしたら、昨日、李久が言ってたって」
「そ、れは…」
緊張のあまり、口の中が乾いていくのを感じる。いつもと変わらない、穏やかな声のはずなのに、なぜだか秋斗のことが猛烈に怖かった。ひとまず両手を自由にしようともがいても、さすが運動部というべきか、秋斗の腕は微塵も動かない。体格が自分よりもいいことには気がついていたけれど、こんなに筋力に差があるとは、正直思っていなかった。
「李久。小さい時から言われてたでしょ、嘘はダメだよ、って。なんでそんな嘘ついたの」
言えない。告白してくる人が多い秋斗に嫉妬したって。それだけじゃない。賢くて、かっこよくて、スポーツ万能な秋斗と自分を、何につけても見比べて、勝手に惨めな思いを募らせて、どす黒い感情を腹の奥底で渦巻かせていた、なんて。
「あの子のことが好きだからって、ダメだよ」
「…え?」
「それに、あの子には、僕の恋人は李久だって、伝えちゃったし」
「あえっ…?」
なんてデマを流してくれたんだ。こんな完璧な彼氏がいるというデマが広まってしまったら、俺には恋人ができなくなってしまうじゃないか。花の高校生活が、一陣の風によってどこか遠くへと飛んでいってしまう。
「おいっ、なんでそんな嘘、ついたんだよ…やっていいことと、悪いことがあるだろっ」
「…そんなに好きだったんだ、あの子のこと。ついでに脅しておいて、正解だった」
「お前、何言って…」
腕を締め上げる力が緩み、秋斗の手が触れて、熱がこもっていたところが急激に冷えていく。そのことに安堵したのも束の間、今度は背中を抱きすくめられ、後頭部を掴まれた。
「っむう、っんっ」
秋斗の顔が近づいて来たかと思ったら、次の瞬間には唇が重ねられていた。自由になった両手で力一杯秋斗の胸板を叩いても、一向に効き目がない。その間にも、秋斗は、丹念に唇を舐め、食んでくる。思わず開けてしまった口に舌がねじ込まれた。
「っん、んーんっ」
秋斗から体を離そうとすればするほど、かえって抱きしめられる力が強くなり、舌はどんどん深くに入ってくる。ただの一度も恋人がいたことがない俺は、もちろんキスなんてしたこともなく、それ故に、これに耐性があるはずもない。呼吸が苦しくなり、次第に目が回っていくような気分に襲われる。
そんな俺の様子に気づいたのか、秋斗は一旦唇を離した。ゆっくりと伸びていく銀糸が、ぷつりと切れる。
「李久と恋人って話、嘘じゃないよ。だって、これから僕が李久の恋人になるんだもん」
「はあ、はあっ…お、まえっ、なに、いって…」
「だって、僕とのキスだけで、こんな顔しちゃってさあ…」
そう意地悪そうに笑いながら、秋斗は、熱を持った俺の頬をゆっくりと、焦らすように撫であげる。
「あんなどこの馬の骨とも知れない子より、李久のこと大事にするよ。だからさ、僕と恋人になろうよ」
先ほどとは一転して、まっすぐに伝えられる言葉が、切なそうにこちらを見下ろしてくる瞳が、拗ねたように尖る唇が、秋斗は本当に俺のことが好きなのだと、全力で伝えて来ていた。
「っ、しゅう、と…」
次の言葉を言いかけた時、がちゃりと背後で音がした。咄嗟に目の前の秋斗のシャツを引き寄せ、胸元に顔を埋めると、後ろのドアが開く。
「あら? 李久? 秋斗くんも、いらっしゃい」
帰って来たのは、なんと俺の母親だった。今日という日に限ってというか、折悪しくというか、いつもより帰宅がずっと早い。
「今日ねえ、仕事早めに終わったから、スーパーでいっぱい買い物して来ちゃった。秋斗くんもご飯食べていってよ」
「はい、お言葉に甘えて。御相伴に預かります」
「李久、あんた何やってんのよ。…本当に昔から秋斗くんのことが大好きなんだから」
母親が何やら話しかけてくる声と、スーパーの袋がこすれる音が聞こえる。しかし俺は、ファーストキスを強奪されたということと、秋斗にキスをされたということと、秋斗に告白されたということと、秋斗に咄嗟に抱きついてしまったということと、この状況を母親に見られたということと、秋斗の胸板が厚いということと、秋斗はいい匂いがするということとで、頭がぐらぐらして、実に混乱を極めていた。
「李久はばかよねえ。高校の子に、『秋斗くんには、付き合ってる人がいるんですか』って聞かれたって、昨日も、一昨日も、一晩中不貞腐れてたのよ」
やっと混乱が少し落ち着いてきて、言語情報として耳に飛び込んできた母親のとんでも大暴露情報に、無意識に肩が跳ね上がる。
「…そうだったんですか」
なぜだか嬉しそうな声でそれに答えた秋斗の手が、俺の背中に回ってくる。
「じゃあ、ゆっくりしていってね」
そう言い残すと、この状況の息子とその幼馴染を残して、母親の声が遠くなっていく。我が母ながら、とんでもない肝の座り方をしていると思う。
「りーく、部屋行こう?」
耳元で囁いて、ついでにキスをおまけしてきた秋斗が、俺を抱き上げる。思わずその首に手を回してしまったのは、自分が浮き上がる感覚が怖かったから、ということで。
224
お気に入りに追加
151
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
え?俺って思ってたよりも愛されてた感じ?
パワフル6世
BL
「え?俺って思ってたより愛されてた感じ?」
「そうだねぇ。ちょっと逃げるのが遅かったね、ひなちゃん。」
カワイイ系隠れヤンデレ攻め(遥斗)VS平凡な俺(雛汰)の放課後攻防戦
初めてお話書きます。拙いですが、ご容赦ください。愛はたっぷり込めました!
その後のお話もあるので良ければ
こっそりバウムクーヘンエンド小説を投稿したら相手に見つかって押し倒されてた件
神崎 ルナ
BL
バウムクーヘンエンド――片想いの相手の結婚式に招待されて引き出物のバウムクーヘンを手に失恋に浸るという、所謂アンハッピーエンド。
僕の幼なじみは天然が入ったぽんやりしたタイプでずっと目が離せなかった。
だけどその笑顔を見ていると自然と僕も口角が上がり。
子供の頃に勢いに任せて『光くん、好きっ!!』と言ってしまったのは黒歴史だが、そのすぐ後に白詰草の指輪を持って来て『うん、およめさんになってね』と来たのは反則だろう。
ぽやぽやした光のことだから、きっとよく意味が分かってなかったに違いない。
指輪も、僕の左手の中指に収めていたし。
あれから10年近く。
ずっと仲が良い幼なじみの範疇に留まる僕たちの関係は決して崩してはならない。
だけど想いを隠すのは苦しくて――。
こっそりとある小説サイトに想いを吐露してそれで何とか未練を断ち切ろうと思った。
なのにどうして――。
『ねぇ、この小説って海斗が書いたんだよね?』
えっ!?どうしてバレたっ!?というより何故この僕が押し倒されてるんだっ!?(※注 サブ垢にて公開済みの『バウムクーヘンエンド』をご覧になるとより一層楽しめるかもしれません)
番って10年目
アキアカネ
BL
αのヒデとΩのナギは同級生。
高校で番になってから10年、順調に愛を育んできた……はずなのに、結婚には踏み切れていなかった。
男のΩと結婚したくないのか
自分と番になったことを後悔しているのか
ナギの不安はどんどん大きくなっていく--
番外編(R18を含む)
次作「俺と番の10年の記録」
過去や本編の隙間の話などをまとめてます
初恋の公爵様は僕を愛していない
上総啓
BL
伯爵令息であるセドリックはある日、帝国の英雄と呼ばれるヘルツ公爵が自身の初恋の相手であることに気が付いた。
しかし公爵は皇女との恋仲が噂されており、セドリックは初恋相手が発覚して早々失恋したと思い込んでしまう。
幼い頃に辺境の地で公爵と共に過ごした思い出を胸に、叶わぬ恋をひっそりと終わらせようとするが…そんなセドリックの元にヘルツ公爵から求婚状が届く。
もしや辺境でのことを覚えているのかと高揚するセドリックだったが、公爵は酷く冷たい態度でセドリックを覚えている様子は微塵も無い。
単なる政略結婚であることを自覚したセドリックは、恋心を伝えることなく封じることを決意した。
一方ヘルツ公爵は、初恋のセドリックをようやく手に入れたことに並々ならぬ喜びを抱いていて――?
愛の重い口下手攻め×病弱美人受け
※二人がただただすれ違っているだけの話
前中後編+攻め視点の四話完結です
浮気されてもそばにいたいと頑張ったけど限界でした
雨宮里玖
BL
大学の飲み会から帰宅したら、ルームシェアしている恋人の遠堂の部屋から聞こえる艶かしい声。これは浮気だと思ったが、遠堂に捨てられるまでは一緒にいたいと紀平はその行為に目をつぶる——。
遠堂(21)大学生。紀平と同級生。幼馴染。
紀平(20)大学生。
宮内(21)紀平の大学の同級生。
環 (22)遠堂のバイト先の友人。
この愛のすべて
高嗣水清太
BL
「妊娠しています」
そう言われた瞬間、冗談だろう?と思った。
俺はどこからどう見ても男だ。そりゃ恋人も男で、俺が受け身で、ヤることやってたけど。いきなり両性具有でした、なんて言われても困る。どうすればいいんだ――。
※この話は2014年にpixivで連載、2015年に再録発行した二次小説をオリジナルとして少し改稿してリメイクしたものになります。
両性具有や生理、妊娠、中絶等、描写はないもののそういった表現がある地雷が多い話になってます。少し生々しいと感じるかもしれません。加えて私は医学を学んだわけではありませんので、独学で調べはしましたが、両性具有者についての正しい知識は無いに等しいと思います。完全フィクションと捉えて下さいますよう、お願いします。
家を追い出されたのでツバメをやろうとしたら強面の乳兄弟に反対されて困っている
香歌奈
BL
ある日、突然、セレンは生まれ育った伯爵家を追い出された。
異母兄の婚約者に乱暴を働こうとした罪らしいが、全く身に覚えがない。なのに伯爵家当主となっている異母兄は家から締め出したばかりか、ヴァーレン伯爵家の籍まで抹消したと言う。
途方に暮れたセレンは、年の離れた乳兄弟ギーズを頼ることにした。ギーズは顔に大きな傷跡が残る強面の騎士。悪人からは恐れられ、女子供からは怯えられているという。でもセレンにとっては子守をしてくれた優しいお兄さん。ギーズの家に置いてもらう日々は昔のようで居心地がいい。とはいえ、いつまでも養ってもらうわけにはいかない。しかしお坊ちゃん育ちで手に職があるわけでもなく……。
「僕は女性ウケがいい。この顔を生かしてツバメをしようかな」「おい、待て。ツバメの意味がわかっているのか!」美貌の天然青年に振り回される強面騎士は、ついに実力行使に出る?!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる