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歓喜と絶望

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悪夢を見ているのだろうか。
目の前を幸せそうに、小さな子供を抱え歩いているのは、最愛の夫、ブラッドだ。
そのたくましい反対側の腕には、金に近い茶色の長い髪の儚げな女性の腕が絡められている。
パパ―と呼ばれるブラッド。その楽しそうな声が木霊する。
今から目の前にあるケーキ屋でケーキを買って、誕生日を祝うらしい。
全身から力が抜けていきそうなのを耐えるが、涙が頬を伝っていくのを止めることはできない。

妊娠2か月だと医師に伝えられ、うれしくて温かな涙が頬を伝った。
この喜びを早く彼に伝えたかった。
結婚3年目。学生の頃に出会ってからの付き合いで、この愛はお互いだけのもので、
年を取っても、たくさんの孫に囲まれてその愛情にあふれた温かな最期を送っていくのだと信じていた。

ブラッドは、金色の緩くウェーブがかった髪を短く切り揃え、逞しくあたたかな笑顔をいつも私に向けてくれていた。
女の子に大変人気ではあったが、その笑顔はいつも私にだけ見せてくれていた。
夜も疲れているとき以外や、月のものがあるとき以外は、甘く激しく愛を確かめ合ってきた。

これは悪い夢なのか、もしそうなら早く夢から醒めて、あの逞しい腕に早く抱きしめてほしい。
気が付いたら、ブラッドたちが入っていったケーキ屋の箱を抱きしめたまま、キッチンに立っていた。
いつの間にか、家にたどり着いたらしい。
ケーキの箱を強く抱きしめていたみたいで、腕も服もケーキでべちょべちょになっていた。
特別な日にだけ購入する、少し値が張るがお気に入りのケーキだ。
明日ブラッドが帰ってきたら、これでささやかなお祝いをしようと、明日を待てずに買いに行った。

静かなキッチン。
ブラッドと二人で、このキッチンのテーブルや、カーテンなどを選んだ時の楽しい思い出がよみがえる。
たった何年か前のことなのに、はるか昔、いや、だれか他人の話を思い出しているようだ。
走馬灯のように今までの思い出が頭の中を駆け巡る。

涙と一緒にこの悪夢も流れて消えてくれればいいのに。
仕事の都合で、今晩は騎士団に泊まり込みだと言っていたブラッド。
懐妊の喜びは、あっという間に絶望という名の濁流に押し流されそうになりながら、
静かな夜はひっそりと過ぎていった。
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