見捨てられたのは私

梅雨の人

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「やぁ、小雪さん。」 

瞬く間に一宮様が窓の外からひらりと部屋に入って参りました。 

「一宮様っ」 

「さあ、時間もないようだから君をさっそくさらっていくとするか。こういう時はひらりと窓から助けに入って颯爽と姫君を攫って行けるといいんだが。生憎ここは二階だし梯子を使わなければいけないんだ。かっこ悪いな俺。とにかくしっかり俺につかまっていてくれよ?」 

そうおっしゃった一宮様は私を片手で肩に担ぎあげていつの間にか用意されておりました梯子でどんどん下に降りて行きます。 

ガチャガチャッ 

「何故あかないんだ…?」 

ガチャガチャ 

「小雪、あけてくれ。小雪…小雪?…まさか…」 

 

ドンッドンッ!!!「小雪っ小雪っここを開けるんだっ!!!小雪っ!!」 

びくっと肩が跳ね上がった私を抱える一宮様の腕が心なしか力強くギュッと私を抱きしめてくれます。 

 

「大丈夫だ、俺がついてる」 

 

「開けるんだ小雪っ!!くそっ!!誰かっ!!」 

ドンドンドンッと音が私の部屋の外で鳴り響いております。 

 

「小雪!!小雪…どこに行ったんだ!?小雪…?っ小雪っ!!」 

私の部屋の窓から身を乗り出した亮真様とちょうど一宮様に抱えられて地上に降り立った私の視線が交わりました。 

 

「…お義姉様とお幸せに。…さようなら亮真様」 

「すまない小雪!俺が間違えていたっ小雪戻って来てくれ!小雪!!…見捨てるのか俺を…っ?」 

「先に私を見捨てたのは亮真様ではありませんか…」

「それは…それは違う…」

「さようなら、亮真様」

呆然となすすべなく窓から身を乗り出して私に語り掛けておられる亮真様から視線を外します。 

 

「行こう、小雪さん」 

「待て…待ってくれ、待ってくれ小雪、小雪、小雪!!!!」 

 

一宮様に抱きかかえられたまま視界がどんどん屋敷から遠ざかってゆきます。

亮真様との距離ができるにつれ、それと相対して私の中にこびりついてなかなか出て行かなかった燻る想いが綺麗さっぱり取れて行くように心の中がすっきりとして参りました。 


一宮様は私をいまだに片手で抱え上げたまま大股で待たせていたらしい車に乗り込みました。 

 

「藤堂家へ」 

「はい、かしこまりました。」 

 

「大丈夫だ、もう大丈夫だ小雪さん」 

そうおっしゃる一宮様は私を膝の上に乗せずっと抱きしめてくださっております。 

ブルブルと震えが止まらない私をなだめるように時折頭をなでてくださります。 


「もう大丈夫…さあ、体の力を抜いて。目を閉じてしばらくお休み…」 

一宮様の言葉がまるで魔法の言葉だったかのようにそれを聞いたのが最後に瞼が重くなってしまいました。 
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