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第51話 その後で
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久しぶりに、本物の遠谷メイトが登校したというのに、学校での時間はいつものように過ぎ去った。
昼休み。
相変わらず、人の少ない通りにあるベンチにて、僕はタレカと隣り合って座っていた。
「ねえメイト」
「なにかな?」
「今朝のあれはなんだったの? 私のために怒ってくれてたの?」
「いや、そういうんじゃないって」
僕が否定するのをタレカは楽しそうに笑って見ている。
学校内で、唯一変わったことがあるとすれば、今朝の出来事について、タレカがいじってきたことだろうか。
それはもう嬉しそうに、何度も何度も聞いてくる。
実際、今朝のタレカ父との一件は、登校後の少しの間、学校内を賑わせた。ただ、大人の男性が、耳に息を吹きかけられて倒れた、という話のインパクトから、僕が何かしていたというところまでは広まっていない。と思う。
見てはいけないものにでも遭遇したように、誰もしっかりと見ていなかったのだと思いたい。
しかし、そんなことを言っていられるのは、今、隣に座っている女子を除いての話だ。
「元に戻ったし、僕はもうお役御免じゃないの?」
「そんな単純なものでもないでしょ。童島さんへの報告は、メイトと一緒じゃないといけないわけだし」
「なるほど」
それもそうかと納得する。タレカも、まだ僕の利用価値を感じてくれているようだ。
それにしても、タレカがタレカの姿で話していて、タレカの姿で動いているというのが、どうにも慣れない。
今まで特に会話もしてこなかったのに、急に距離が縮まったみたいで落ち着かない。そのうえ、親しげに話してきて、肘で脇腹を突いてくるのだから反応に困る。
「とにかく、メイトがなんと言おうと、私は感謝してるわ」
「そりゃどーも」
「はい」
感謝とともに手渡されたのは弁当箱……?
「なにこれ」
「どうせメイトは寝坊して、ご両親にお弁当を作ってもらえなかったんでしょうから」
「余計なお世話だな」
「あら、お弁当持ってきてるの?」
「寝坊もお弁当がないのもあってるんだよなぁ……」
「ほら、やっぱり必要じゃない」
なんとなく悔しいが、僕の腹は正直で、くぅと鳴った。
ニヤニヤ笑いを浮かべるタレカから、僕はおとなしく弁当を受け取る。中には、タレカお手製の料理がずらりだ
「それより、タレカの方はどうしたんだよ」
「あら、耐えられなくなってごまかすの?」
「いや、違うって。だってあの時」
僕が何かを言い終わるより先に、タレカがつんと人差し指で口を押さえてきた。それから、ぐっと顔を近づけてくる。
女体化した時の僕とは違う、本物の美少女が顔を近づけてきたことで、一瞬で目が泳ぐ。
「ふふっ。あれね。私じゃなくて本物のメイトを目の前にしてるから反応が面白いわね」
「だから、ことあるごとに今朝のことで話しかけてきてたのか?」
「それだけじゃないわよ。感謝してるのは本当よ」
「いじりたいってのもあるんじゃないか」
「私にいじられるんだもの。光栄に思いなさい」
開き直られた。
って、そうじゃない。
「わかってるわよ。話さなきゃいけないことだしね」
タレカはささっと自分の分の弁当箱を広げつつ空を見上げた。
「私の意識が自分の体に戻ったのは。多分、メイトの意識が切れたタイミング。ちょうど、ママと弟と話してた時ね」
「だろ? あんな状況を無傷で済ませるなんて、何したんだ?」
「私は私でいたいって伝えたのよ」
「それだけ?」
「それだけ」
信じがたいが、タレカが嘘をついているようには見えなかった。
空を見上げながらタレカは続ける。
「メイトの家族と過ごして、私は今のままでも十分受け入れてもらえるってわかったのよ。誰かにならないでいいって気づいたの。そうしたら戻ってて、あの場も切り抜けられた」
「そんなファンタジーみたいな」
「それを言うなら私たちの入れ替わりがファンタジーでしょ」
「そうだけど……」
僕としては、穏やかなやり取りで収められる場には思えなかった。
「タレカの母と弟くんはそれで納得したのか?」
「戻ってこいの一点張りだったわ」
「やっぱりダメじゃないか。どうしたんだよ」
「バカって言ってやった」
「は?」
「バカって言ったのよ」
タレカは何気ないことのように言った。
「気持ちは変わらないって伝えて、それから追い出した。そうしたら諦めて帰っていったわ。それが今朝の原因でしょうね」
いや、そんなことで収まるはずがない。キセキの方はなんとかなっても、あの二人を押し返せるとは思えない。
「タレカ」
「この話はこれでもうおしまい。終わったことを引きずっても仕方ないでしょ」
「だけど」
「それとも、事の詳細を事細かに聞きたいの?」
僕は首を横に張った。
「でしょ? だからいいのよこれで」
「そういうことにしておこう」
これ以上深掘ると聞かなくてもいいことを聞くことになりそうだ。
僕の札が使われてないといいのだが……。
「で、もう一度聞くけど、メイトのアレはどういう意味?」
「あ、アレって?」
急に戻った話題に、震える声で聞き返すと、タレカはふっと笑った。
「言ってたじゃない。もっとタレカを見てやれよ! って」
「……」
「ねえ」
「人違いされて怒った。それだけ」
「にしては熱烈だったわよね」
「特別な感情を抱いていないと言えば嘘になる」
「え、いや、そこまで直接的に言われると照れるっていうか、それって……?」
上目遣いで見てくるタレカに、僕は一瞬ためらってから、この勢いに乗るのが許せず、ごまかすようにニヤリと笑った。
「僕はタレカのファンってことだよ」
「そういうこと?」
「そういうこと」
「……意気地なし」
タレカはじっとりとした目で僕をにらむと大きく息を吐き出した。
なんかひどくないか?
「それなら、しっかりと推しなさいよ」
「当然。推し活もこれから学ぶさ」
「そこから?」
「だってよく知らないし」
「まったく。相変わらずね」
特別な時間を過ごしたから、感情が普段とは違う。
今の僕の気持ちがどんなものなのか、名前はよくわからないけれど、これから歩き出すタレカとともに見つけられたらいいな。
昼休み。
相変わらず、人の少ない通りにあるベンチにて、僕はタレカと隣り合って座っていた。
「ねえメイト」
「なにかな?」
「今朝のあれはなんだったの? 私のために怒ってくれてたの?」
「いや、そういうんじゃないって」
僕が否定するのをタレカは楽しそうに笑って見ている。
学校内で、唯一変わったことがあるとすれば、今朝の出来事について、タレカがいじってきたことだろうか。
それはもう嬉しそうに、何度も何度も聞いてくる。
実際、今朝のタレカ父との一件は、登校後の少しの間、学校内を賑わせた。ただ、大人の男性が、耳に息を吹きかけられて倒れた、という話のインパクトから、僕が何かしていたというところまでは広まっていない。と思う。
見てはいけないものにでも遭遇したように、誰もしっかりと見ていなかったのだと思いたい。
しかし、そんなことを言っていられるのは、今、隣に座っている女子を除いての話だ。
「元に戻ったし、僕はもうお役御免じゃないの?」
「そんな単純なものでもないでしょ。童島さんへの報告は、メイトと一緒じゃないといけないわけだし」
「なるほど」
それもそうかと納得する。タレカも、まだ僕の利用価値を感じてくれているようだ。
それにしても、タレカがタレカの姿で話していて、タレカの姿で動いているというのが、どうにも慣れない。
今まで特に会話もしてこなかったのに、急に距離が縮まったみたいで落ち着かない。そのうえ、親しげに話してきて、肘で脇腹を突いてくるのだから反応に困る。
「とにかく、メイトがなんと言おうと、私は感謝してるわ」
「そりゃどーも」
「はい」
感謝とともに手渡されたのは弁当箱……?
「なにこれ」
「どうせメイトは寝坊して、ご両親にお弁当を作ってもらえなかったんでしょうから」
「余計なお世話だな」
「あら、お弁当持ってきてるの?」
「寝坊もお弁当がないのもあってるんだよなぁ……」
「ほら、やっぱり必要じゃない」
なんとなく悔しいが、僕の腹は正直で、くぅと鳴った。
ニヤニヤ笑いを浮かべるタレカから、僕はおとなしく弁当を受け取る。中には、タレカお手製の料理がずらりだ
「それより、タレカの方はどうしたんだよ」
「あら、耐えられなくなってごまかすの?」
「いや、違うって。だってあの時」
僕が何かを言い終わるより先に、タレカがつんと人差し指で口を押さえてきた。それから、ぐっと顔を近づけてくる。
女体化した時の僕とは違う、本物の美少女が顔を近づけてきたことで、一瞬で目が泳ぐ。
「ふふっ。あれね。私じゃなくて本物のメイトを目の前にしてるから反応が面白いわね」
「だから、ことあるごとに今朝のことで話しかけてきてたのか?」
「それだけじゃないわよ。感謝してるのは本当よ」
「いじりたいってのもあるんじゃないか」
「私にいじられるんだもの。光栄に思いなさい」
開き直られた。
って、そうじゃない。
「わかってるわよ。話さなきゃいけないことだしね」
タレカはささっと自分の分の弁当箱を広げつつ空を見上げた。
「私の意識が自分の体に戻ったのは。多分、メイトの意識が切れたタイミング。ちょうど、ママと弟と話してた時ね」
「だろ? あんな状況を無傷で済ませるなんて、何したんだ?」
「私は私でいたいって伝えたのよ」
「それだけ?」
「それだけ」
信じがたいが、タレカが嘘をついているようには見えなかった。
空を見上げながらタレカは続ける。
「メイトの家族と過ごして、私は今のままでも十分受け入れてもらえるってわかったのよ。誰かにならないでいいって気づいたの。そうしたら戻ってて、あの場も切り抜けられた」
「そんなファンタジーみたいな」
「それを言うなら私たちの入れ替わりがファンタジーでしょ」
「そうだけど……」
僕としては、穏やかなやり取りで収められる場には思えなかった。
「タレカの母と弟くんはそれで納得したのか?」
「戻ってこいの一点張りだったわ」
「やっぱりダメじゃないか。どうしたんだよ」
「バカって言ってやった」
「は?」
「バカって言ったのよ」
タレカは何気ないことのように言った。
「気持ちは変わらないって伝えて、それから追い出した。そうしたら諦めて帰っていったわ。それが今朝の原因でしょうね」
いや、そんなことで収まるはずがない。キセキの方はなんとかなっても、あの二人を押し返せるとは思えない。
「タレカ」
「この話はこれでもうおしまい。終わったことを引きずっても仕方ないでしょ」
「だけど」
「それとも、事の詳細を事細かに聞きたいの?」
僕は首を横に張った。
「でしょ? だからいいのよこれで」
「そういうことにしておこう」
これ以上深掘ると聞かなくてもいいことを聞くことになりそうだ。
僕の札が使われてないといいのだが……。
「で、もう一度聞くけど、メイトのアレはどういう意味?」
「あ、アレって?」
急に戻った話題に、震える声で聞き返すと、タレカはふっと笑った。
「言ってたじゃない。もっとタレカを見てやれよ! って」
「……」
「ねえ」
「人違いされて怒った。それだけ」
「にしては熱烈だったわよね」
「特別な感情を抱いていないと言えば嘘になる」
「え、いや、そこまで直接的に言われると照れるっていうか、それって……?」
上目遣いで見てくるタレカに、僕は一瞬ためらってから、この勢いに乗るのが許せず、ごまかすようにニヤリと笑った。
「僕はタレカのファンってことだよ」
「そういうこと?」
「そういうこと」
「……意気地なし」
タレカはじっとりとした目で僕をにらむと大きく息を吐き出した。
なんかひどくないか?
「それなら、しっかりと推しなさいよ」
「当然。推し活もこれから学ぶさ」
「そこから?」
「だってよく知らないし」
「まったく。相変わらずね」
特別な時間を過ごしたから、感情が普段とは違う。
今の僕の気持ちがどんなものなのか、名前はよくわからないけれど、これから歩き出すタレカとともに見つけられたらいいな。
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