キセキなんか滅んでしまえ!〜ようやくドロドロに溶けた肉体が戻ったと思ったら、美少女と肉体が入れ替わっている〜

マグローK

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第42話 僕とキセキ

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 翌日。

 なんかいい感じな雰囲気だったから、元の体に戻れるかと思ったのだが、現実はそう簡単にはいかないらしい。

 僕らの体は戻っていなかった。

 愕然としたまま一日はあっという間に過ぎたが、今のところ、突然体が光り出したりして戻る気配はない。

「……マジか」

 僕がふと声に出すと、タレカは不思議そうに小首をかしげて僕のことを見てきた。

「どうしたの? 食べないの?」

「いや、食べる食べる」

 今日はありあわせの夕食。

 一日、特に変化がなかったとはいえ、飯を食わねば生きていけない。

 特別語るまでもなく美味しいのだが、ショックのあまり味が薄れて感じてしまう。

「何? 食べさせてほしいの?」

「違う違う」

 僕は慌ててご飯をつまむ。

「そういえばタレカ、人に食べさせるのが好きなのか?」

「別に、そういうわけじゃないわ。小さかった弟によくやってたのよ。そのイメージかしらね」

 少し遠くを見るようにしながらタレカは言う。

 昨日の弟、その前の母、そして父。

 色々と本人たちにも考えがあることはわかるが、誰もタレカの意見を聞こうとはしていなかった。みんながみんな、彼らの都合で考えて、彼らの都合で動いていた。

 家族の形は人それぞれ、と思っていたが、さすがにこれはどうなのだろう。

「何よ。美味しくないの? 私としては、体が戻っていないことより、手料理を食べてもらえないことの方がショックなんだけど」

「そうじゃないよ。美味しいさ。そうじゃなくて。家族を克服しても別人になれたってことじゃないんだと思ってさ」

「そうね。なんでなのかしら」

「心では違う、とか? 誰かになったと、タレカが思えていない、とか」

「どうなのかしら」

 気楽なようにタレカは返事する。

 たしかに、変わっていないものは変わっていない。なら、考えても仕方がないのかもしれない。それに、師匠だって、答えを教えてくれたワケじゃないはずだ。タレカの心まで完全に理解していないのだろうから、僕らの現状だって読めていたのか不明だし……。

「メイトはどうなのよ」

「僕?」

「そう。メイトはそもそも、どうしてドロドロになっていたの? そして、どうやって折り合いをつけたの? そこにヒントがあるんじゃない?」

「キセキは人それぞれだけど、そうだな……」

 僕は少し思い返してみた。

 僕が溶けた経緯とその後を。

「僕の場合は、罪の意識。消えてしまいたいって願望だった」

「消えたかったの? それでドロドロになるの?」

「あれはだから、失敗なんだよ。願いはイメージできていないと形にならない。僕はそこがうまくいかなかったから、気化する前の水みたいな感じ。固体から液状になった。そんなところ」

「そこまで思い詰めてるようには見えないけどね」

「ならいいさ。僕だってずっと考えてるワケじゃないから」

 あはは、と笑えるようになったのも、師匠と会って、折り合いをつけてから。医者でも教師でもなく、僕を人にしてくれたのは、あの不思議の国から来たような、幼い容姿の師匠だった。

「それで結末だけど、これはシンプル」

「シンプル?」

「そう。願いは成就されず、かといって決別もできず、今もまだドロドロと溶けたまま。ただ、それだけ。だから、タレカの体は人の形をしていても人と少し違うんだよ」

「でも、そのおかげで、私は今日まで違和感なく過ごしてこられたんでしょ?」

「そう言ってもらえれば何より」

 人外の所業に気絶はしていたけども。

「じゃあ、お師匠さん以外にもそこで女の子が関わってるのね?」

「え?」

 突然の言葉に僕の声がうわずった。

「どうして。そんなこと今まで話したっけ」

「やっぱりそう。ずっと誰かを重ねていたもの。それがきっと消えてしまいたいきっかけだった。違う?」

「……そう、だと思う」

 きっかけといえばきっかけだ。

 僕のキセキの大元。僕が壊した彼女のこと。

「彼女と別れて、それで、この世全ての悪感情を僕が一手に引き受けて、それから消えてしまえれば、世界はよくなるんじゃないか、そう考えた」

 誤魔化すつもりだった部分を話し、僕は力なく机を眺める。

 タレカの呆れたような吐息が聞こえた。

「バカじゃないの? 他人の人生なんて背負えるワケないのに」

「だよね」

 力無く笑う僕の口に、タレカはきんぴらを押し付けてきた。

「え、んむ。な、なに?」

「ほら、食べなさい。辛い時ほどご飯が大切なのよ」

「ありがとう」

「それに、昨日のことにしてもそうだけど、そんな事件があったから、私は今メイトと知り合えたんだし、ね。悪いことばかりじゃないわ」

 もぐもぐと咀嚼しながら、甘辛な風味を感じつつ、ん? と少し引っかかった。

 僕は昨日のことで、気づかれるようなミスをしただろうか。

「何を驚いてるのよ。どう考えても遊園地で人を殴ったら大騒ぎになるでしょ。それが誰も無反応。弟は姉弟だからってことで多分納得してたけど、そんなワケないじゃない。あれもこのキセキの一部なんでしょう?」

 ぽりぽりとほほをかきつつ僕はうなずいた。

「そうだよ。消えられなかったけど、気づかれなくなるっていう。実質的な自己の喪失、って師匠は言ってた」

「本当。つくづくバカみたいね」

 嘲笑するようにタレカは言う。

 なんというか、今日のタレカは直接的だ。もって回って毒を吐かない。ただ、キセキで願うことなんて他人からすればそんなものということかもしれない。

「メイトはそのままでも価値があるんだから、消える必要なんてないでしょ」

「え」

 タレカの言葉に僕が顔を上げると、タレカはもうご飯を見ていた。

 それが照れ隠しからなのか、僕の意識しすぎなのかは今の動きではよくわからない。それでも、僕の方がなんだか救われた気がしてしまった。

 僕が手伝いをする側なのに。

「情けないな」

「またそんなこと言って。そんなセンチメンタルなキャラだったの?」

「違うな」

 僕は両手でほほを叩いてグッと目をつぶってから大きく開いた。

「明日、師匠のところに行ってみよう」

 タレカは素直にうなずいてくれた。
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