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第40話 弟撃退
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「いってぇ……いきなり何すんだよアネキ!」
豚のように鼻を鳴らしたイケメンが、こちらをにらんで言ってきた。
「先にふっかけてきたのはそっちだろうに」
「ああ? 俺、何かしたか?」
全くわからないと言う様子で、男は服についた汚れを払いつつ立ち上がる。
「まったく、俺が何も訴えないからって、相変わらずオーボーだよな」
ちらっと周りを見て、周りが何も気にしていないことに首をかしげつつも、男は懲りずにこちらへと近づいてきた。
どうやら根性だけはしっかりしているようで、まだしぶとく続けるつもりらしい。
そこでタレカは急に僕の肩に手を乗せて、耳に手を添え密着してきた。
「……あれ、私の弟よ」
そんなふうに耳打ちしてくる。
「ああ」
どおりで見覚えがあるような気がしたわけだ。言われてみれば、ここ最近出会ったタレカファミリーと似ている気がする。
しかし、父親よりも母親よりも、どう考えてもイケメンだ。なんとなく似ている気がするってことは、あの二人も若い時はイケてたのだろうか……?
「ほんとに女とつるんでるのな。さっきのすぐに手が出るところといい、アネキが戻ってきても、どーせファンは俺のもんだぜ?」
キザったらしくポーズを決めると、弟くんは上から目線で僕のことを見下してきた。
僕が男だった時よりも身長が高そうだから、どうあがいても上から目線になるんだけどな。
握りしめた拳を察知して、タレカが僕をベンチに座らせてきた。
「うざいのはわかるけど落ち着きなさいよ」
「そうだな」
冷静に、だ。
僕は一呼吸置いてから弟くんの方を見た。
「それで、今日は何用で?」
「何用って、言わなくともわかってんだろ?」
鼻で笑うようにしながら、弟くんは鋭い視線で僕を見る。
「戻ってこいって言いにきたんだよ。オヤジたちに言われてだけどな。姉弟のイチャイチャをまた撮りたいんだと。ほほえましいからって真顔で言われたよ。俺たちをいくつだと思ってんだろうな」
大げさに両腕を広げて、弟くんは苦い笑みを浮かべた。
ここまでタレカの父も母も、どこか必死さを滲ませた様子だったから、今回もそうした引き抜きなのかと思ったけれど、どうやら彼は、そんなに乗り気じゃないみたいだ。
「男女だけどくっつかない様子がいいってことかしらね」
「そんなところだろうな。わかってんじゃんお姉さん」
「当然でしょ」
「だろうなぁ」
ひややかに受け答えをするタレカを見つつ、プロは違うのかなあ、なんて見当違いなことを思う。
やはり苦手なのは父だけなのか、それとも本当に心理面では克服したのか、タレカに取り乱した様子は見えない。
「メイト、わかるの?」
僕の返事をどう受け取ったのか、驚いたようにタレカヒソヒソと聞いてくる。
僕は首を左右に振った。
「さっぱり。僕は妹派だ」
「そう……」
だって、妹しかいないし。
なんだかタレカが僕から離れたような気がするが、それはこの際置いておこう。
弟くんの方も、何言ってんだこいつ、みたいな感じになってるけれど、事情を知らないのだから仕方がない。
「とにかく、だ! 今回の俺のノルマは、俺がアネキを引っ張ってくることなんだよ。興味は薄れてないんだろうし、いい加減過去のことは精算しようぜ」
座った僕の手を引こうとする弟にタレカが割って入ってきた。
立ち位置からして動いてしまったというのもあるかもしれない。だが、決意のこもったつよい眼差しから反射的に動いてしまったというわけではなさそうだと感じとった。
今回は任せてもよさそうかな。
「なんだよお姉さん。あんたは部外者だろ? ちょっとおとなしくしててくれないかな」
「違うわね。この説明も何度したかわからないけれど、他で変わろうとしているのだから、わざわざ引き戻そうとしないで」
「引き戻すって。俺はあんたとは話してないんだけどな」
困ったように頭をかきつつ、弟くんは苦笑いを浮かべた。
「話はしてなくても関係はあるわ。あなた、どうせ話なんてまともに聞いてないんでしょうね。事情が分かってないんでしょう」
「ああ、そうだな。よく分かってるじゃん。もしかして俺のファンなの?」
「違うわよ。でも、あんたのことはよーく知ってる。だから、男女でくっつかないのがやりたいなら、あんたが母親とやればいいでしょ?」
「……は、はあ!? な、何言ってんだよ!」
その発想があったか、なんて普通に感心した僕だったけれど、それに対して弟くんは、異常なまでに反応して顔を真っ赤にしてぶんぶんと全身を振っていた。
「あ、ありえない。そ、そんなのないだろ。普通に考えろよ!」
先ほどまでのクールぶった態度が全て吹き飛ぶほどに、弟くんは取り乱した様子で、その場ウロウロ歩き出した。
落ち着かない様子で、ひとしきりぶつぶつつぶやくと、弟くんは急に立ち止まり、鋭い目つきでタレカをにらんだ。
「もしかして、そっちがアネキか?」
弟くんはそう言った。
タレカは答えない。
「……いや、俺の気のせいだな。なんつーか。俺のよく知るアネキっぽいつーか、殴られたけど、そこのアネキがおとなしくって可愛いつーか……わかんね。忘れてくれ」
「あんた。マザコンな上にシスコンなの? もしかしてファザコンだったりする?」
「ち、チゲーバカ。うっせ! あんた本当部外者だろ。何言ってんだよ」
「少なくともマザコンってことは動画を見てるだけでもわかるわよ」
「は? 何言ってんですか。そんなことありませーん。バーカバーカ。じゃあな!」
急に変なことを言い出したかと思えば、弟くんは肩を怒らせ去っていった。
あっけに取られてタレカを見ると、タレカは肩をすくめて困ったように笑っている。
「何あれ?」
「私の弟、マザコンなのよ。それも、指摘されると弱いタイプのね。本人は隠せてるつもりなのがツボよ」
変わらない、なんて口に手を当てクスクスと笑うタレカの顔は、僕をからかう時のものに似た、楽しそうな表情を浮かべているように僕には見えた。
豚のように鼻を鳴らしたイケメンが、こちらをにらんで言ってきた。
「先にふっかけてきたのはそっちだろうに」
「ああ? 俺、何かしたか?」
全くわからないと言う様子で、男は服についた汚れを払いつつ立ち上がる。
「まったく、俺が何も訴えないからって、相変わらずオーボーだよな」
ちらっと周りを見て、周りが何も気にしていないことに首をかしげつつも、男は懲りずにこちらへと近づいてきた。
どうやら根性だけはしっかりしているようで、まだしぶとく続けるつもりらしい。
そこでタレカは急に僕の肩に手を乗せて、耳に手を添え密着してきた。
「……あれ、私の弟よ」
そんなふうに耳打ちしてくる。
「ああ」
どおりで見覚えがあるような気がしたわけだ。言われてみれば、ここ最近出会ったタレカファミリーと似ている気がする。
しかし、父親よりも母親よりも、どう考えてもイケメンだ。なんとなく似ている気がするってことは、あの二人も若い時はイケてたのだろうか……?
「ほんとに女とつるんでるのな。さっきのすぐに手が出るところといい、アネキが戻ってきても、どーせファンは俺のもんだぜ?」
キザったらしくポーズを決めると、弟くんは上から目線で僕のことを見下してきた。
僕が男だった時よりも身長が高そうだから、どうあがいても上から目線になるんだけどな。
握りしめた拳を察知して、タレカが僕をベンチに座らせてきた。
「うざいのはわかるけど落ち着きなさいよ」
「そうだな」
冷静に、だ。
僕は一呼吸置いてから弟くんの方を見た。
「それで、今日は何用で?」
「何用って、言わなくともわかってんだろ?」
鼻で笑うようにしながら、弟くんは鋭い視線で僕を見る。
「戻ってこいって言いにきたんだよ。オヤジたちに言われてだけどな。姉弟のイチャイチャをまた撮りたいんだと。ほほえましいからって真顔で言われたよ。俺たちをいくつだと思ってんだろうな」
大げさに両腕を広げて、弟くんは苦い笑みを浮かべた。
ここまでタレカの父も母も、どこか必死さを滲ませた様子だったから、今回もそうした引き抜きなのかと思ったけれど、どうやら彼は、そんなに乗り気じゃないみたいだ。
「男女だけどくっつかない様子がいいってことかしらね」
「そんなところだろうな。わかってんじゃんお姉さん」
「当然でしょ」
「だろうなぁ」
ひややかに受け答えをするタレカを見つつ、プロは違うのかなあ、なんて見当違いなことを思う。
やはり苦手なのは父だけなのか、それとも本当に心理面では克服したのか、タレカに取り乱した様子は見えない。
「メイト、わかるの?」
僕の返事をどう受け取ったのか、驚いたようにタレカヒソヒソと聞いてくる。
僕は首を左右に振った。
「さっぱり。僕は妹派だ」
「そう……」
だって、妹しかいないし。
なんだかタレカが僕から離れたような気がするが、それはこの際置いておこう。
弟くんの方も、何言ってんだこいつ、みたいな感じになってるけれど、事情を知らないのだから仕方がない。
「とにかく、だ! 今回の俺のノルマは、俺がアネキを引っ張ってくることなんだよ。興味は薄れてないんだろうし、いい加減過去のことは精算しようぜ」
座った僕の手を引こうとする弟にタレカが割って入ってきた。
立ち位置からして動いてしまったというのもあるかもしれない。だが、決意のこもったつよい眼差しから反射的に動いてしまったというわけではなさそうだと感じとった。
今回は任せてもよさそうかな。
「なんだよお姉さん。あんたは部外者だろ? ちょっとおとなしくしててくれないかな」
「違うわね。この説明も何度したかわからないけれど、他で変わろうとしているのだから、わざわざ引き戻そうとしないで」
「引き戻すって。俺はあんたとは話してないんだけどな」
困ったように頭をかきつつ、弟くんは苦笑いを浮かべた。
「話はしてなくても関係はあるわ。あなた、どうせ話なんてまともに聞いてないんでしょうね。事情が分かってないんでしょう」
「ああ、そうだな。よく分かってるじゃん。もしかして俺のファンなの?」
「違うわよ。でも、あんたのことはよーく知ってる。だから、男女でくっつかないのがやりたいなら、あんたが母親とやればいいでしょ?」
「……は、はあ!? な、何言ってんだよ!」
その発想があったか、なんて普通に感心した僕だったけれど、それに対して弟くんは、異常なまでに反応して顔を真っ赤にしてぶんぶんと全身を振っていた。
「あ、ありえない。そ、そんなのないだろ。普通に考えろよ!」
先ほどまでのクールぶった態度が全て吹き飛ぶほどに、弟くんは取り乱した様子で、その場ウロウロ歩き出した。
落ち着かない様子で、ひとしきりぶつぶつつぶやくと、弟くんは急に立ち止まり、鋭い目つきでタレカをにらんだ。
「もしかして、そっちがアネキか?」
弟くんはそう言った。
タレカは答えない。
「……いや、俺の気のせいだな。なんつーか。俺のよく知るアネキっぽいつーか、殴られたけど、そこのアネキがおとなしくって可愛いつーか……わかんね。忘れてくれ」
「あんた。マザコンな上にシスコンなの? もしかしてファザコンだったりする?」
「ち、チゲーバカ。うっせ! あんた本当部外者だろ。何言ってんだよ」
「少なくともマザコンってことは動画を見てるだけでもわかるわよ」
「は? 何言ってんですか。そんなことありませーん。バーカバーカ。じゃあな!」
急に変なことを言い出したかと思えば、弟くんは肩を怒らせ去っていった。
あっけに取られてタレカを見ると、タレカは肩をすくめて困ったように笑っている。
「何あれ?」
「私の弟、マザコンなのよ。それも、指摘されると弱いタイプのね。本人は隠せてるつもりなのがツボよ」
変わらない、なんて口に手を当てクスクスと笑うタレカの顔は、僕をからかう時のものに似た、楽しそうな表情を浮かべているように僕には見えた。
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