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第34話 今日はまだ楽しみたいもの
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近くの洋服屋さんまで避難して、母親がついてきていないことを確認したところで、ようやく緊張で強張った肩の力が抜けた。
「い、言ってやったわ」
興奮気味に頬を上気させて言うタレカ。
柄にもなく、親指を立ててニヤリと僕の方に笑顔を向けてきた。
「いや、言ってやったわ。じゃないって。急になに口走ってんの? びっくりしたわ」
「あら、さっきまで、私、とか言っていたのに、ずいぶん乱暴な口調ね」
「話をそらすなって。効果的っぽかったからよかったけど……うーん。いい、のか……?」
逃げるためには最良と言えるほど、母親の驚き具合はすごかった。
いざこざの一幕なだけに、すぐに追ってくるものと身構えていたが、結局、追ってきていない様子だ。おそらく、母親が動きを止めていたこともあって無事に抜け出せたのだろう。
この際、無事だったんだし、タレカも良さそうだし、気にしない方向がベストかもしれない。結果オーライってやつだ。
そう思っていると、タレカがくいくいっと服の裾を引っ張ってきた。
「どうした?」
「いや、その、メイトの気持ちを考えてなかったわ。冷静になってみれば、簡単に口にしていい言葉ではなかったわよね」
そんな深刻そうな表情で僕の様子をうかがうように見上げてきた。
タレカは冷静になったと言ったが、追い詰められた状況を打開してくれたのはタレカだ。
「僕の方こそ動揺して強く言いすぎたかもしれない。ごめん」
「私が出しゃばったのよ?」
「いいって。タレカが気にしてないんなら僕は気にしないよ」
「そう。ありがとう」
痛々しげな笑顔を作ってタレカはそっと服の裾から手を離した。
「さて、気持ちを切り替えようぜ。ここからの方針を考えるべきだ」
「邪魔をされたからって、すぐに帰りたくはないわ」
「いつ出ても、気づかれる時は気づかれるだろうしな。幸い、店内は広いし出口も複数ある。いつ出てもあんまり変わりはないか」
「ええ」
それに、タレカの要望で今日はショッピングモールまでやってきたのだ。となれば、その気持ちを一日くらい尊重してあげたい。ちょうどさっき、気が回らないとか言われた気がするからな。そうでもないところを見せておかないと。
ひとまず、なんとなくで入った洋服店から見ていくようで、タレカは店内を見回しながら歩き始めた。
僕もその後ろをついていく。
あまりファッションに興味はないが、タレカの選んだ服は、なんとなくいい感じな気がしている。言語化できればいいのだろうが、こう、伝えるための言葉がないと、ふんわりとしか伝えられずにもどかしい。
「なあ、タレカ。言いたくなかったら言わなくっていいんだけど」
「じゃあ言わない」
「そうか。じゃあいい」
「……巻き込んでごめんなさい」
服を見ながらも、少し引きずっているらしいタレカは声を落として謝ってきた。
「だからいいって。お互い様だろ?」
「それだけじゃなくって」
「どちらにしてもいいんだよ。発言の方も、僕としては、タレカの方が被害者だと思うけどな」
「あ、あれくらい言わないと、私の母はショックを受けないだろうから、いいのよ」
「あれ以外なら、どんな言葉があるのかわからないけど、言葉一つで動けなくなってたもんな」
「ええ。だって、誰かと付き合ってるなんて知れたら、きっと私の居場所は一生消えてなくなるんでしょうから……」
「そんなものか?」
「そんなものよ」
タレカは一度足を止めて、僕の方を振り返った。腰に手を当て、人差し指を立てている。
「よく考えてみなさい。主人公を好いていると思っていたヒロインが、全く知らないキャラと付き合いだしたら嫌でしょ?」
「へーって読めちゃいそうだけどな。僕がおかしいのか?」
「今までどんな作品を読んできたのよ」
納得してない僕に対して、タレカの方が不服そうに頬を膨らませて抗議してきた。
しばらくそうしてから、タレカはターンして歩き出す。しゃらしゃらとハンガーを鳴らしながら、かかっている服を見るのに戻ってしまった。
「そういえば、今はなにしてる時間なんだ?」
「私?」
「急に大きな独り言で自問したりしないって」
「えーっと。今はひとまず、ウィンドウショッピングってところかしら」
とか言いながら、手頃なものでも見つかったのか、かかっていた服を一着取って、まじまじと観察し始めた。
どんなものかと僕が近づくと、腕を伸ばして僕に対して服を押しつけてくる。
「え、なに?」
「いや、あんまり意識してなかったけど、私ってカメラに写ってる自分に見慣れてるのよ」
「わかんない。それがどうして自分の体じゃなくて僕の方に服を押しつけることとつながるんだ?」
「うーんと、そうね。どこから話したものかしら」
いったん当ててきていた服を離すと、タレカは別の服を取ってきて、僕にまた押しつけてくる。
本当、なんなんだ?
「そうそう。写真に写ってる自分の顔って、なんだか違和感ない?」
「少し変かなって思うけど」
「それよ。鏡で見る時と違って、写真だと、左右反転してないでしょ」
「ああ」
「でも、私って、画面に映ってる自分を長く見てきたから、その感覚があんまりないのよ。と言っても、あくまでそれは写真や動画の話でね。こうして服を選ぶ時には自分を鏡で見てたから、改めて、客観的に自分を見れるのっていいなと思ったのよ」
「なるほどな。って多い」
解説に納得してしまい、色々持たされていたというのに聞き入ってしまった。
気づくと数着の衣服が僕の両手を占拠していた。
持たせてくるとか本当に、僕はタレカの彼氏かよ。
「荷物を持つのは構わないけど、買うなら買うでカゴに入れようぜ」
「ううん。まだ買わない。それ、着てみて」
「は?」
「せっかく鏡でも写真でもなく、自分を見て評価できるんだから、こんな機会逃せないでしょ」
タレカはそう言って嬉しそうに笑うのだった。
「い、言ってやったわ」
興奮気味に頬を上気させて言うタレカ。
柄にもなく、親指を立ててニヤリと僕の方に笑顔を向けてきた。
「いや、言ってやったわ。じゃないって。急になに口走ってんの? びっくりしたわ」
「あら、さっきまで、私、とか言っていたのに、ずいぶん乱暴な口調ね」
「話をそらすなって。効果的っぽかったからよかったけど……うーん。いい、のか……?」
逃げるためには最良と言えるほど、母親の驚き具合はすごかった。
いざこざの一幕なだけに、すぐに追ってくるものと身構えていたが、結局、追ってきていない様子だ。おそらく、母親が動きを止めていたこともあって無事に抜け出せたのだろう。
この際、無事だったんだし、タレカも良さそうだし、気にしない方向がベストかもしれない。結果オーライってやつだ。
そう思っていると、タレカがくいくいっと服の裾を引っ張ってきた。
「どうした?」
「いや、その、メイトの気持ちを考えてなかったわ。冷静になってみれば、簡単に口にしていい言葉ではなかったわよね」
そんな深刻そうな表情で僕の様子をうかがうように見上げてきた。
タレカは冷静になったと言ったが、追い詰められた状況を打開してくれたのはタレカだ。
「僕の方こそ動揺して強く言いすぎたかもしれない。ごめん」
「私が出しゃばったのよ?」
「いいって。タレカが気にしてないんなら僕は気にしないよ」
「そう。ありがとう」
痛々しげな笑顔を作ってタレカはそっと服の裾から手を離した。
「さて、気持ちを切り替えようぜ。ここからの方針を考えるべきだ」
「邪魔をされたからって、すぐに帰りたくはないわ」
「いつ出ても、気づかれる時は気づかれるだろうしな。幸い、店内は広いし出口も複数ある。いつ出てもあんまり変わりはないか」
「ええ」
それに、タレカの要望で今日はショッピングモールまでやってきたのだ。となれば、その気持ちを一日くらい尊重してあげたい。ちょうどさっき、気が回らないとか言われた気がするからな。そうでもないところを見せておかないと。
ひとまず、なんとなくで入った洋服店から見ていくようで、タレカは店内を見回しながら歩き始めた。
僕もその後ろをついていく。
あまりファッションに興味はないが、タレカの選んだ服は、なんとなくいい感じな気がしている。言語化できればいいのだろうが、こう、伝えるための言葉がないと、ふんわりとしか伝えられずにもどかしい。
「なあ、タレカ。言いたくなかったら言わなくっていいんだけど」
「じゃあ言わない」
「そうか。じゃあいい」
「……巻き込んでごめんなさい」
服を見ながらも、少し引きずっているらしいタレカは声を落として謝ってきた。
「だからいいって。お互い様だろ?」
「それだけじゃなくって」
「どちらにしてもいいんだよ。発言の方も、僕としては、タレカの方が被害者だと思うけどな」
「あ、あれくらい言わないと、私の母はショックを受けないだろうから、いいのよ」
「あれ以外なら、どんな言葉があるのかわからないけど、言葉一つで動けなくなってたもんな」
「ええ。だって、誰かと付き合ってるなんて知れたら、きっと私の居場所は一生消えてなくなるんでしょうから……」
「そんなものか?」
「そんなものよ」
タレカは一度足を止めて、僕の方を振り返った。腰に手を当て、人差し指を立てている。
「よく考えてみなさい。主人公を好いていると思っていたヒロインが、全く知らないキャラと付き合いだしたら嫌でしょ?」
「へーって読めちゃいそうだけどな。僕がおかしいのか?」
「今までどんな作品を読んできたのよ」
納得してない僕に対して、タレカの方が不服そうに頬を膨らませて抗議してきた。
しばらくそうしてから、タレカはターンして歩き出す。しゃらしゃらとハンガーを鳴らしながら、かかっている服を見るのに戻ってしまった。
「そういえば、今はなにしてる時間なんだ?」
「私?」
「急に大きな独り言で自問したりしないって」
「えーっと。今はひとまず、ウィンドウショッピングってところかしら」
とか言いながら、手頃なものでも見つかったのか、かかっていた服を一着取って、まじまじと観察し始めた。
どんなものかと僕が近づくと、腕を伸ばして僕に対して服を押しつけてくる。
「え、なに?」
「いや、あんまり意識してなかったけど、私ってカメラに写ってる自分に見慣れてるのよ」
「わかんない。それがどうして自分の体じゃなくて僕の方に服を押しつけることとつながるんだ?」
「うーんと、そうね。どこから話したものかしら」
いったん当ててきていた服を離すと、タレカは別の服を取ってきて、僕にまた押しつけてくる。
本当、なんなんだ?
「そうそう。写真に写ってる自分の顔って、なんだか違和感ない?」
「少し変かなって思うけど」
「それよ。鏡で見る時と違って、写真だと、左右反転してないでしょ」
「ああ」
「でも、私って、画面に映ってる自分を長く見てきたから、その感覚があんまりないのよ。と言っても、あくまでそれは写真や動画の話でね。こうして服を選ぶ時には自分を鏡で見てたから、改めて、客観的に自分を見れるのっていいなと思ったのよ」
「なるほどな。って多い」
解説に納得してしまい、色々持たされていたというのに聞き入ってしまった。
気づくと数着の衣服が僕の両手を占拠していた。
持たせてくるとか本当に、僕はタレカの彼氏かよ。
「荷物を持つのは構わないけど、買うなら買うでカゴに入れようぜ」
「ううん。まだ買わない。それ、着てみて」
「は?」
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タレカはそう言って嬉しそうに笑うのだった。
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