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第30話 料理の出来と過去の出来事

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 チャーハンは完成した。

 味とぱっと見の見た目はチャーハンと呼んで差し支えないものを作ることができた。流石、現代の利器。

 ただ、その利器を扱う僕には料理スキルが足りていなかった。

「初めてにしては及第点じゃないかしら」

 いつもよりゆっくりと食べ進めるタレカのコメント。本当にありがたかった。

 僕の作ったチャーハンは、端的に言ってべちゃべちゃになってしまった。そう、いわばべちゃべチャーハンだ。

 …………。

「無理して食べなくていいからな? 残したら僕が食べるから」

「まずいとは言ってないじゃない。食べられるわよ」

「今日は一回も普通とは言ってないし。美味しいとも言ってないんだよ」

「そうね。一回目にしてはよくできたと思うわ」

「そればっかり!」

 だが、不満はない。これがタレカなりの優しさだろう。ただ不満はないが……。

「おかしい。レシピ通りやったはずなのに……」

 改めて一口食べてみるが、やはり初日に食べさせてもらった、タレカのチャーハンとは比べ物にならないほどのべちゃっと具合だった。

 そんな僕の様子を見て、タレカはクスクスと笑っている。今回は及第点だと言いながら、それでも食べてくれていた。

「タレカはチャーハン得意なのか?」

「ええ。料理は基本、動画で覚えたし、動画のネタにもよくしてたからね」

 スーパーの一件があっただけに僕は不意を突かれたような気がしてタレカの顔を凝視してしまった。

「何よ」

「いや、だって」

「もう大丈夫。メイトがあんな目にあったのに私のことを話さないのはフェアじゃないでしょ。知っての通り、私は……私たちは、配信者だったのよ。正確に言えば、動画投稿者かしらね」

 ふっとさみしそうな顔をしてタレカは窓の外を見た。

「今日メイトに掴みかかった男の人は私の父よ。いくら見たことがないメイトでも、なんとなく察しがついてるでしょうけどね」

「ああ」

 メガネをかけた中年のおっさん。正直、その辺を歩いていても見かけそうな感じの普通の人だった。だけど、思い返してみれば、あまりSNSに詳しくない僕でさえ、どこかで見たことがあるような気がする。

「元タレントとかだった?」

「いいえ。でも、メディアへの露出は貪欲な人だったから、他のところで見ていても不思議はないわ」

 貪欲、というのは僕の受けた印象からも納得いくものだった。

 ぼっちだから、人に対してひがむような感情を人より強く持っている自負はあるが、それにしても今日感じた恐怖は自分を搾り取られそうな、今までに感じたことがないタイプのものだった。

「私はね。あの人と一緒にいて、ちょっとずつ違和感を抱いたの。それがきっかけなのかしらね。いつからか今日みたいに強く迫られて、なんだか怖くなったのよ」

 タレカは当時を振り返っているのか、とつとつと語り出した。

 困ったような笑顔を浮かべて、気づくと机の上を見つめている。

「なんて言うんでしょうね。強い言葉を使うなら、利用されてる、みたいな。当然のように、何もかもをネタにされていたのよ」

 タレカの声はいつしか震え出し、しばたく目元には涙が浮かんでいた。

「……」

 何かを耐えるように唇を噛み締めるタレカの口からは、それ以上、言葉は出てこなかった。

 僕にはタレカの身に起きたことが、どれほどのものだったのか想像もできない。僕は人を理解できるほど人と関わっていないし、人をわかっていると思えるほど人と関わろうとしてこなかった。それでも、人を放置できるほど腐った性根をしていたいとは思っていない。少なくとも、キセキに関してだけは。僕も助けられた口だから。

 僕は大きく息を吸ってからタレカのことを見つめた。

「それは、背中のこともそうなのか?」

「え……」

 驚愕、疑問。二つの感情が混じったような顔でタレカが顔を上げた。大きく見開いた目で僕のことを見つめてくる。

「嫌でも気づくさ。今は自分の体なんだ。それに、タレカは隠してるみたいだったから、知らんぷりしてたんだよ。けどさ、こんなことになったら知らぬ存ぜぬってわけにもいかない」

 タレカの体には傷がある。残って消えないような傷。見えない場所にあるから、ただのクラスメイトだった僕は知らなかった傷。入れ替わって初めて知ったこと。

 僕の言葉を聞いて、タレカは再び下を向いた。迷うように視線をさまよわせて、しばらく口を開けては閉じてを繰り返している。

「……違うの」

「違う?」

「そう。メイトが思ってるようなことじゃないわ」

 先ほどまでの様子には似つかわしくない笑顔を作ってタレカが顔を上げた。

「事故だったのよ。不幸な事故。隠したいけど、別に誰かのせいってわけじゃない」

「……本当か?」

「本当よ! 父は悪くない」

「目の前に現れたら身動きが取れなくなるようなことになってもか?」

「……嫌でしょ、そんな子。そんな家族。傷物だよ」

 投げやりな言葉を吐き捨ててタレカは立ちあがろうとした。

 僕はそんなタレカに対し、大仰に両腕を広げる。

「おいおい。このチャーハンよりひどい人間が、この世にいると思ってるのか?」

「……ふっ」

 反射的に笑ったことに気づいたのか、タレカは隠すように僕に対して背を向けた。

 腕を顔にこするようにしてから、タレカが振り返った時には、すでに涙は止まっていた。

「それもそうね。食べられないほどじゃないけど、このチャーハンはひどかったわ」

「だからフォローしろよ」

 そこで初めて、タレカは心から安心して笑ったように見えた。

 折り合いをつけるヒントがようやく見つかったけど、師匠はここまで読めてたのかな。

 そして、僕にどうにかできると思っているのかな。
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