上 下
28 / 51

第28話 探していたもの

しおりを挟む
「やっぱこの店冷えるな」

「そう?」

「普段から来る場所だから気にならないだけで店内は結構冷えてると思うぞ」

「うーん。そういえば、このお店で暑いって感じたことないかも」

「だろ?」

 とはいえ寒いわけでもないので気にせずカートを用意する。

 うまそうに食べてくれたことで調子に乗ったわけでは断じてないが、まだ食材は余っているにも関わらず、僕とタレカはスーパーへと足を運んでいた。前日の宣言通り、今回はチャーハンを作るらしい。

 男飯代表チャーハン。みたいなイメージがあるが、実のところ作ったことはない。なんとなく完成系のイメージはできるものの、具材と調理工程については全くと言っていいほど分からなかった。

「なんだか調教されてる気がする」

「ちょ、調教とか言わないで。二人で一緒に料理してるだけでしょ」

「昨日は片付けも一部やらせてくれたし、料理してるだけなのかもしれないけど」

「だけよ。だけ! 他のなんでもないんだから」

「はいはーい」

「まったく」

 口調とは裏腹に、タレカは少しほほえんでいるように見えた。

 さて、今回の料理であるチャーハンだが、僕も何をどうするのか分からないため、いつもより周りを見ていた。だが、なぜだかタレカまで周囲を観察しているように見える。

 昨日の感じからして、どこに何があるのか把握しているようだったのに、タイムセールの予兆とかそういうのがあるのだろうか。

 待てよ? ここに来るまでも、なんだか焦っているような様子だった。これは今回くらいは僕の予想が合っているという証拠じゃないか。

「タレカ。そういうことなら任せておけ」

「急になんの話?」

「みなまで言うな。僕とタレカの仲だろ」

 なんとなく言ってみたかったセリフを口にしつつ、僕も昨日とは違う雰囲気を探してキョロキョロする。

「どんな仲よ」

 対してタレカは僕の様子を見て不思議そうに眉根を寄せた。それから、あちこちへ視線を向けるのに戻ってしまう。

 へーあれは玉子だったのか、なんてチャーハンの具材がカゴに入れられるのを感心しつつ、意識は周囲へ向けているのだが、すぐにタイムセールが始まる様子はない。これは単に恥ずかしいセリフを吐いたイタイヤツになっているかもしれない。そんな危惧をし始めた時、

「タレカ!」

 聞き覚えのない声がタレカのことを呼んだ。瞬間、タレカの背中がびくりと跳ねた。

 慌てて手を引いてくるタレカだが、カートが引っかかってうまく動けない。

 仕方なく叫んだ声の方向を見ると、そこにはメガネをかけた中年くらいのおっさんが一人。少し駆け足で近寄ってきていた。そのおっさんは勢いを緩めることなく接近してくると、いきなり僕の肩を掴んできた。

「タレカ。十分休んだだろ。気持ちはわかるが戻ってくるんだ」

「……」

 あっけに取られて僕はおっさんの顔を見つめ返す。

 必死そうな表情で鼻息を荒くしたおっさん。肩を掴む手には興奮により力が入っているのか少し痛い。

 普通に怖い。

 何が一番怖いって、自分がどうしてこんな目に遭っているのか分からないのが何より一番怖かった。

「タレカ。なあ、返事をしてくれ。会話をしよう」

「タレカ……ああ。僕のことか」

 何度か揺さぶられつつ名前を呼ばれ、どうしてタレカではなく僕に食ってかかってきていたのか分からなかったがようやく理解できた。今は僕がタレカの見た目をしていたのだ。学校でも変なものを見るような目を向けられていたが、お互いをお互いの名前で呼んでいた。そのせいで、すっかり入れ替わっていたことを失念していたのだ。今のキセキはただの女体化じゃない。それと、札はめんどいのでつけていない。

 なんて言おうか考えていると、突然、おっさんの手が僕から離れた。何事かと身構えると、おっさんは体をわなわなと震わせ出した。

「ぼ、僕と言ったか。今、僕と言ったのか。休み過ぎてキャラがぶれているぞ」

「キャラブレって言われても……」

 僕は別にタレカを演じてはいない。そもそも僕は演者じゃない。演技なんてできないのだ。見る人が見ればバレるという現実を突きつけられて、苦笑いしつつ頬をかく。

 助けを求めようとタレカを見たが、タレカの方は顔を青ざめさせて動きを止めていた。今まで見た中で一番顔色が悪い。寒いわけじゃなさそうだ。様子が尋常じゃない。

 このおっさん、ただのファンかと思ったが、なるほど。実の家族ってところなのか。どおりで距離感が近いわけだ。ただ、女子高生の娘に対する態度じゃないよな。僕の妹にやったら、ぶん殴られても文句は言えない。

「タレカ。今からでも遅くはない。キャラブレも戻ってくればすぐに解消できるさ。だから、な? また一緒にやろう」

「……そ、れは」

 微かに声を出したタレカの声はおっさんの耳には届いていない。僕に掴みかかってきた時から、おっさんは他のものには目もくれていない。

 周囲にいるお客さんは僕たちを見てうわさ話を始めている。そろそろ店員さんが来てもおかしくない。が、ここで大ごとにするのは僕らにとっても得策じゃなさそうだ。

 僕はおっさんの目をまっすぐに見つめた。

「私は私の道を行く。これは決めたことだから。この子と変わるって決めたの。それじゃ。行こ」

「……あ、うん」

 震えるタレカの手を引いて、僕はおっさんから離れた。

 呆然としたように突っ立っているおっさんは僕らを見つめながらも追ってくることはなかった。強行策に出ることは、お互いにとって不都合だと悟ったのかもしれない。

 必要そうなものは、ほとんどカゴに入れた後だったので、さっさと会計を済まして僕たちはすぐに店を出た。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

男子中学生から女子校生になった僕

大衆娯楽
僕はある日突然、母と姉に強制的に女の子として育てられる事になった。 普通に男の子として過ごしていた主人公がJKで過ごした高校3年間のお話し。 強制女装、女性と性行為、男性と性行為、羞恥、屈辱などが好きな方は是非読んでみてください!

可愛すぎるクラスメイトがやたら俺の部屋を訪れる件 ~事故から助けたボクっ娘が存在感空気な俺に熱い視線を送ってきている~

蒼田
青春
 人よりも十倍以上存在感が薄い高校一年生、宇治原簾 (うじはられん)は、ある日買い物へ行く。  目的のプリンを買った夜の帰り道、簾はクラスメイトの人気者、重原愛莉 (えはらあいり)を見つける。  しかしいつも教室でみる活発な表情はなくどんよりとしていた。只事ではないと目線で追っていると彼女が信号に差し掛かり、トラックに引かれそうな所を簾が助ける。  事故から助けることで始まる活発少女との関係。  愛莉が簾の家にあがり看病したり、勉強したり、時には二人でデートに行ったりと。  愛莉は簾の事が好きで、廉も愛莉のことを気にし始める。  故障で陸上が出来なくなった愛莉は目標新たにし、簾はそんな彼女を補佐し自分の目標を見つけるお話。 *本作はフィクションです。実在する人物・団体・組織名等とは関係ございません。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

おっぱい揉む?と聞かれたので揉んでみたらよくわからない関係になりました

星宮 嶺
青春
週間、24hジャンル別ランキング最高1位! 高校2年生の太郎の青春が、突然加速する! 片想いの美咲、仲の良い女友達の花子、そして謎めいた生徒会長・東雲。 3人の魅力的な女の子たちに囲まれ、太郎の心は翻弄される! 「おっぱい揉む?」という衝撃的な誘いから始まる、 ドキドキの学園生活。 果たして太郎は、運命の相手を見つけ出せるのか? 笑いあり?涙あり?胸キュン必至?の青春ラブコメ、開幕!

[完結済み]男女比1対99の貞操観念が逆転した世界での日常が狂いまくっている件

森 拓也
キャラ文芸
俺、緒方 悟(おがた さとる)は意識を取り戻したら男女比1対99の貞操観念が逆転した世界にいた。そこでは男が稀少であり、何よりも尊重されていて、俺も例外ではなかった。 学校の中も、男子生徒が数人しかいないからまるで雰囲気が違う。廊下を歩いてても、女子たちの声だけが聞こえてくる。まるで別の世界みたいに。 そんな中でも俺の周りには優しいな女子たちがたくさんいる。特に、幼馴染の美羽はずっと俺のことを気にかけてくれているみたいで……

女子に虐められる僕

大衆娯楽
主人公が女子校生にいじめられて堕ちていく話です。恥辱、強制女装、女性からのいじめなど好きな方どうぞ

転職してOLになった僕。

大衆娯楽
転職した会社で無理矢理女装させられてる男の子の話しです。 強制女装、恥辱、女性からの責めが好きな方にオススメです!

切り抜き師の俺、同じクラスに推しのVtuberがいる

星宮 嶺
青春
冴木陽斗はVtuberの星野ソラを推している。 陽斗は星野ソラを広めるために切り抜き師になり応援をしていくがその本人は同じクラスにいた。 まさか同じクラスにいるとは思いもせず星野ソラへの思いを語る陽斗。 陽斗が話をしているのを聞いてしまい、クラスメイトが切り抜きをしてくれていると知り、嬉しさと恥ずかしさの狭間でバレないように活動する大森美優紀(星野ソラ)の物語

処理中です...