23 / 51
第23話 寝落ち
しおりを挟む
料理の片付けも終わり、僕はタレカとともにゲームを再開した。
それからすぐ、タレカは船をこぐようにうつらうつらし始めた。
気遣いの気持ちを伝えるより先に寝かせてあげればよかったかもしれない。僕が事故を起こすのを嫌ったのだろうが、タレカは率先して家事をこなしてくれている。努めて感謝を伝えてきてはいたが、一人分でよかったはずの諸々の作業が二人分になり、気を張っていたのは事実だろう。
「タレカ」
「んー?」
僕の呼びかけにも心ここにあらずという感じで、ふわふわしたように応えるだけだった。
そのまま体を揺らしていると、タレカは僕の肩へとこてんと頭を乗せてきた。
「……!」
僕は反射的に変な言葉を漏らしそうになるのを必死で我慢する。
ゲームの方ではタレカが上手かったことによって何も起こらなかったが、ここにきてタレカが僕の肩ですうすうと寝息を立てながら眠ってしまった。
とはいえ、見た目は僕なので動揺は半減だ。が、帰りに見たタレカの笑顔がチラついて、自然と心臓の鼓動は早まっていた。
気づくと僕もタレカも雑魚敵にやられ、ゲームオーバーになっていた。僕はいったん、ゲーム画面をポーズにする。
「……どうしたものかなぁ」
本当、こういう時の陽キャは羨ましい。
経験不足の僕では何をすればいいのかわからない。起こすべきなのか、そっと離れるべきなのか、一緒に寝てしまうべきなのか判断できない。今の状況で最後のは絶対にないとわかるが、かといって、選択肢を列挙できているとも思えない。
気持ちよさそうに寝ているのを見ると起こすのも忍びない気がしてくる。
「……どうすりゃいいんだよ」
僕は長く息を吐き出してから決断した。
「おいタレカ。食べてすぐ寝たら牛になるぞ?」
僕はこの状況に居た堪れなくなり、一番の起こすを選択した。
控えめな声量だったつもりだが、タレカは僕の言葉を聞きつけると、いきなり顔を起こして僕の顔を凝視してきた。
「その話本当?」
慌てたように肩を掴んで聞いてくるタレカの剣幕に、僕は一瞬で圧倒されてしまった。
「な、何の話?」
「牛になるって話。あれ、本当なの?」
「ああ」
必死に聞いてきた内容がやっと理解でき、僕は首を縦に振った。
「う、嘘……メイトの体が、牛に……」
「いーや違う違う。そのうなずきじゃない。なるほど、のうなずきだから」
「じゃあ、大丈夫なの? メイトは牛にならなくて済むの?」
「あくまで僕がって言ってるのは気になるけど、キセキは願わないと叶わないはずだから、あっても起こらないんじゃない? 誰かになりたいって、牛になりたいわけではないんでしょ?」
「そう、ね」
なんだか不安な返事だったが、タレカの方も安心したようだった。
そりゃ、本気で言ったつもりはないけど、本当に牛になったら焦るもんな。
「まったく、心配させないでよね」
「ここまで反応するとは思ってなかったから」
「私だからよかったものを、他の子に同じ言葉を使ってたら、メイトの顔は原型が残ってないと思うわよ」
「これタレカの体なんだけど?」
「だからよ。私でよかったわね」
「元の姿だったら同じようにされていたと……?」
恐ろしいことに、僕の問いにタレカは無言でほほえむだけだった。
ゴクリと思わず喉が鳴る。
うかつな発言はつつしんだ方がよさそうだ。
「人の体って話なら、眠気ついでにずっと聞きたかったことがあるのよ」
「キセキについて? 知ってる範囲でなら答えるけど」
「違うわ」
タレカは首を横に振って答えた。
意外な返答に、僕は思わず目を見開いてしまう。
「流石に人体について本格的な医学的知識とかを求められても困るぞ。僕は医者でもなんでもないんだから」
「そうでもないわよ」
「じゃあ何さ」
「メイト、私と入れ替わってから一滴もコーヒー飲んでないでしょ」
どういう類いの質問かわからず、僕は一瞬固まってしまった。
「別に飲まないことはおかしくもないだろ?」
「そうやって誤魔化すことないわ。メイト、学校でさえ毎日のようにブラックコーヒー飲んでたじゃない」
「……そんなとこ見てたの?」
「ある程度、ね。周りを見るのは癖なのよ」
「確かに、そういう意味じゃ一滴も飲んでない」
僕は改めて頷いた。
おそらく、カフェイン中毒と言われるくらい、僕はコーヒーを飲んでいた。
特別夜更かしをする方でもないが、好きで飲んでいたら、それこそ癖になり、毎日飲むのが日課のようになっていた。
それをこの二日まったく飲んでいない。もし僕のコーヒー好きを知っていたのであれば違和感を覚えることかもしれない。
「何か理由があるの?」
「うーん。なんとなくだけど、それじゃ満足いかないんだろ?」
「もちろんよ」
真剣な顔のタレカに僕は迷いつつも口にする。
「他人の体だからかな。僕の知る限り、タレカは飲んでなさそうだしさ。それに、家にもコーヒーを淹れるものはない感じだから。勝手な想像だけど苦手なのかなって思って」
「ええ。そう。飲むと眠れなくなるのよ。驚くほど。体調も崩すし」
「合う合わないはあるだろうからな」
僕が何気なく言うと、タレカは薄くほほえんだ。
「ありがとう。大変でしょうに」
「いいや。タレカの体だからか。そこのところは問題ないさ」
僕はそこで膝を打って立ち上がった。
「さ。タレカも眠いんだろうし、今日やることはさっさと終わらせてさっさと寝ようぜ。明日も同じような一日があるんだからさ」
「そうね」
それからすぐ、タレカは船をこぐようにうつらうつらし始めた。
気遣いの気持ちを伝えるより先に寝かせてあげればよかったかもしれない。僕が事故を起こすのを嫌ったのだろうが、タレカは率先して家事をこなしてくれている。努めて感謝を伝えてきてはいたが、一人分でよかったはずの諸々の作業が二人分になり、気を張っていたのは事実だろう。
「タレカ」
「んー?」
僕の呼びかけにも心ここにあらずという感じで、ふわふわしたように応えるだけだった。
そのまま体を揺らしていると、タレカは僕の肩へとこてんと頭を乗せてきた。
「……!」
僕は反射的に変な言葉を漏らしそうになるのを必死で我慢する。
ゲームの方ではタレカが上手かったことによって何も起こらなかったが、ここにきてタレカが僕の肩ですうすうと寝息を立てながら眠ってしまった。
とはいえ、見た目は僕なので動揺は半減だ。が、帰りに見たタレカの笑顔がチラついて、自然と心臓の鼓動は早まっていた。
気づくと僕もタレカも雑魚敵にやられ、ゲームオーバーになっていた。僕はいったん、ゲーム画面をポーズにする。
「……どうしたものかなぁ」
本当、こういう時の陽キャは羨ましい。
経験不足の僕では何をすればいいのかわからない。起こすべきなのか、そっと離れるべきなのか、一緒に寝てしまうべきなのか判断できない。今の状況で最後のは絶対にないとわかるが、かといって、選択肢を列挙できているとも思えない。
気持ちよさそうに寝ているのを見ると起こすのも忍びない気がしてくる。
「……どうすりゃいいんだよ」
僕は長く息を吐き出してから決断した。
「おいタレカ。食べてすぐ寝たら牛になるぞ?」
僕はこの状況に居た堪れなくなり、一番の起こすを選択した。
控えめな声量だったつもりだが、タレカは僕の言葉を聞きつけると、いきなり顔を起こして僕の顔を凝視してきた。
「その話本当?」
慌てたように肩を掴んで聞いてくるタレカの剣幕に、僕は一瞬で圧倒されてしまった。
「な、何の話?」
「牛になるって話。あれ、本当なの?」
「ああ」
必死に聞いてきた内容がやっと理解でき、僕は首を縦に振った。
「う、嘘……メイトの体が、牛に……」
「いーや違う違う。そのうなずきじゃない。なるほど、のうなずきだから」
「じゃあ、大丈夫なの? メイトは牛にならなくて済むの?」
「あくまで僕がって言ってるのは気になるけど、キセキは願わないと叶わないはずだから、あっても起こらないんじゃない? 誰かになりたいって、牛になりたいわけではないんでしょ?」
「そう、ね」
なんだか不安な返事だったが、タレカの方も安心したようだった。
そりゃ、本気で言ったつもりはないけど、本当に牛になったら焦るもんな。
「まったく、心配させないでよね」
「ここまで反応するとは思ってなかったから」
「私だからよかったものを、他の子に同じ言葉を使ってたら、メイトの顔は原型が残ってないと思うわよ」
「これタレカの体なんだけど?」
「だからよ。私でよかったわね」
「元の姿だったら同じようにされていたと……?」
恐ろしいことに、僕の問いにタレカは無言でほほえむだけだった。
ゴクリと思わず喉が鳴る。
うかつな発言はつつしんだ方がよさそうだ。
「人の体って話なら、眠気ついでにずっと聞きたかったことがあるのよ」
「キセキについて? 知ってる範囲でなら答えるけど」
「違うわ」
タレカは首を横に振って答えた。
意外な返答に、僕は思わず目を見開いてしまう。
「流石に人体について本格的な医学的知識とかを求められても困るぞ。僕は医者でもなんでもないんだから」
「そうでもないわよ」
「じゃあ何さ」
「メイト、私と入れ替わってから一滴もコーヒー飲んでないでしょ」
どういう類いの質問かわからず、僕は一瞬固まってしまった。
「別に飲まないことはおかしくもないだろ?」
「そうやって誤魔化すことないわ。メイト、学校でさえ毎日のようにブラックコーヒー飲んでたじゃない」
「……そんなとこ見てたの?」
「ある程度、ね。周りを見るのは癖なのよ」
「確かに、そういう意味じゃ一滴も飲んでない」
僕は改めて頷いた。
おそらく、カフェイン中毒と言われるくらい、僕はコーヒーを飲んでいた。
特別夜更かしをする方でもないが、好きで飲んでいたら、それこそ癖になり、毎日飲むのが日課のようになっていた。
それをこの二日まったく飲んでいない。もし僕のコーヒー好きを知っていたのであれば違和感を覚えることかもしれない。
「何か理由があるの?」
「うーん。なんとなくだけど、それじゃ満足いかないんだろ?」
「もちろんよ」
真剣な顔のタレカに僕は迷いつつも口にする。
「他人の体だからかな。僕の知る限り、タレカは飲んでなさそうだしさ。それに、家にもコーヒーを淹れるものはない感じだから。勝手な想像だけど苦手なのかなって思って」
「ええ。そう。飲むと眠れなくなるのよ。驚くほど。体調も崩すし」
「合う合わないはあるだろうからな」
僕が何気なく言うと、タレカは薄くほほえんだ。
「ありがとう。大変でしょうに」
「いいや。タレカの体だからか。そこのところは問題ないさ」
僕はそこで膝を打って立ち上がった。
「さ。タレカも眠いんだろうし、今日やることはさっさと終わらせてさっさと寝ようぜ。明日も同じような一日があるんだからさ」
「そうね」
0
お気に入りに追加
8
あなたにおすすめの小説
乙男女じぇねれーしょん
ムラハチ
青春
見知らぬ街でセーラー服を着るはめになったほぼニートのおじさんが、『乙男女《おつとめ》じぇねれーしょん』というアイドルグループに加入し、神戸を舞台に事件に巻き込まれながらトップアイドルを目指す青春群像劇! 怪しいおじさん達の周りで巻き起こる少女誘拐事件、そして消えた3億円の行方は……。
小説家になろうは現在休止中。
学園のアイドルに、俺の部屋のギャル地縛霊がちょっかいを出すから話がややこしくなる。
たかなしポン太
青春
【第1回ノベルピアWEB小説コンテスト中間選考通過作品】
『み、見えるの?』
「見えるかと言われると……ギリ見えない……」
『ふぇっ? ちょっ、ちょっと! どこ見てんのよ!』
◆◆◆
仏教系学園の高校に通う霊能者、尚也。
劣悪な環境での寮生活を1年間終えたあと、2年生から念願のアパート暮らしを始めることになった。
ところが入居予定のアパートの部屋に行ってみると……そこにはセーラー服を着たギャル地縛霊、りんが住み着いていた。
後悔の念が強すぎて、この世に魂が残ってしまったりん。
尚也はそんなりんを無事に成仏させるため、りんと共同生活をすることを決意する。
また新学期の学校では、尚也は学園のアイドルこと花宮琴葉と同じクラスで席も近くなった。
尚也は1年生の時、たまたま琴葉が困っていた時に助けてあげたことがあるのだが……
霊能者の尚也、ギャル地縛霊のりん、学園のアイドル琴葉。
3人とその仲間たちが繰り広げる、ちょっと不思議な日常。
愉快で甘くて、ちょっと切ない、ライトファンタジーなラブコメディー!
※本作品はフィクションであり、実在の人物や団体、製品とは一切関係ありません。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話
桜井正宗
青春
――結婚しています!
それは二人だけの秘密。
高校二年の遙と遥は結婚した。
近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。
キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。
ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。
*結婚要素あり
*ヤンデレ要素あり

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

女豹の恩讐『死闘!兄と妹。禁断のシュートマッチ』
コバひろ
大衆娯楽
前作 “雌蛇の罠『異性異種格闘技戦』男と女、宿命のシュートマッチ”
(全20話)の続編。
https://www.alphapolis.co.jp/novel/329235482/129667563/episode/6150211
男子キックボクサーを倒したNOZOMIのその後は?
そんな女子格闘家NOZOMIに敗れ命まで落とした父の仇を討つべく、兄と娘の青春、家族愛。
格闘技を通して、ジェンダーフリー、ジェンダーレスとは?を描きたいと思います。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる