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第20話 そんなところで何してんの?

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 お札を外しつつ、僕はタレカの住むマンションへと向かっていた。

 ふと、マンションのすぐ近くにある公園へと、何気なく視線を向けてみたところで、見覚えのある人影を見つけてしまった。

 そいつは公園で遊ぶ小学生たちを眺めながら、なんだかほのぼのしているJKだった。

 僕の女体化した姿をしたタレカだった。

「お前、ショタコンだったのか……」

「うわあ!」

 うわずらないように気をつけながら、僕がタレカの背後から声をかけると、タレカは心底驚いたように、公園のベンチから立ち上がって僕の方を見た。

「いや、違うんです。そういうんじゃなくて、これはその、母性というか、庇護欲というか」

「なんの弁明なんだよ。それにどうして敬語?」

「それはその……あ、メイトだ。メイトぉ!」

「うわっちょ。え、なに? 情緒不安定なの? 今日はそういう日なの?」

「うわああああ! メイトぉ。メイトさぁあん。あああああ」

 タレカは僕だと気づくと、いきなり目元をうるませるどころか、声を上げながら泣き出した。

 今までタレカが見ていた少年たちが、逆に僕らの方を見ている。

「お、落ち着こう。まずは冷静になるんだ。これはまずい。この状況はまずい。今通報されたら、僕らは未成年者に対して色々しようとしていたヤバい奴らになってしまう」

「いいよそれでもぉ。メイトが来てくれたんだからぁ」

「よくない。そしてタレカ。お前はそんな僕にベッタリのキャラじゃなかっただろう。一体何があったんだよ」

 僕が家族の話題を出して精神的に疲弊させてしまったせいだろうか。

 そう考えていると、タレカは若干嗚咽を漏らしつつも、僕の体から離れてくれた。

 よく見ると、すでに泣き腫らした後だったのか、目元が赤くなっている。

「ぐすん」

 一人で泣きたい時だったのだろうか。だとしたらショタコンとか言ったのは悪いことしたな。

「その、なんだ? 配慮が足りてなかった」

「なんのこと?」

「いや、気づいてないならそれが一番だ」

「うん?」

 目元を拭いながら不思議そうに首をかしげるタレカに僕は首を振った。

「それで、タレカはどうしてここにいるんだ? 帰ったんじゃなかったのか?」

 僕の問いに、タレカは再び泣きそうになりながらもグッと堪えるようにして言葉を紡いでくれた。

「鍵、メイトが持ってたから、家、入れなかったの」

「鍵……? あ!」

 僕はそこで思い出した。僕らはお互いの持ち物も交換していたのだ。

 当然のように、鍵はタレカのカバンに入れられていたのだろう。そして予備の鍵も携帯していなかった。だから、マンションの中に入れなかったということみたいだ。

「今の見た目、メイトだから、マンションに住んでるわけでもないし、住んでる人に怪しむ視線で見られて、怖かったよぉ!」

「お、落ち着けって。泣くな。泣くなよ。そして抱きつくな。僕はこういう時何すればいいかわかんないんだから」

「ぼっちだもんね」

「こんな状態になっても僕をいじるのは忘れないんだな」

 呆れつつ息を吐き出しながら、僕はなんとなくタレカのことを抱き返した。

 少し震えていたタレカの体は、時間の経過で安心したのか、落ち着いている時ようなゆっくりとした呼吸が感じられるようになってきた。

「次からは気をつけような。また別行動することもあるだろうし」

「うん」

 ようやくいつもの調子を取り戻した様子で、タレカは僕の体から離れた。

「それで、メイトの方は入れたの?」

「うちはまあ、不用心だから」

「そ」

 妹がいたという話はなんとなく言いにくくて黙っておいた。

「あんまり外をうろついてたら、ドッペルゲンガー扱いされるところだったのかな」

 突如タレカが変なことを言ってきて、今度は僕が思わず首をかしげた。

「どういうことだ?」

「だって、メイトはメイトで自分の家に帰ってたんでしょ? だったら、他のところにもいた私は、メイトのドッペルゲンガーとか思われるんじゃない? そういうキセキもありそうだし」

「ああ。なるほど」

 ドッペルゲンガーとは、確か自分と同じ顔の人間だかそっくりさんだかが、世界にあと二人いるとかそういう話だったか。

 となると、キセキも絡んできそうな内容だが、果たしてどうだろう。

「女の子の姿で、師匠のアクセサリーがあるなら、多分問題はないんじゃないかな」

「それもそうね」

「どちらかと言えば、行方不明じゃないかな」

 今この世界の遠谷メイトは女子になっているものの、お札込みで妹に見つかった時、遠谷メイトは男という扱いだった。

 あまり長く続くと、元から女だったことになるのかもしれない。そう考えると、悠長にも構えていられないのか……。

「ところで何その荷物」

 ようやくタレカも落ち着いてきたようで、僕の荷物に気づいたようだ。

 抱きしめてきた時に気づいてもよかったはずだが、それほどまでに追い詰められていたのだろう。

 案外、精神的に脆いところもあるのかもしれない。

「これ? ご要望の品ですよ。お姉ちゃん」

「本当? ありがとう!」

 機嫌を直したように嬉しそうにしつつ、タレカは僕の手を引いてきた。

「早速やろう!」

 そして案外、素直なところもあるらしい。

 それはちょうど、公園で遊んでいた少年たちが、近くから大人を連れてきたところだったので、僕はおとなしくタレカの言うことに従うのだった。
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