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第14話 準備運動からハードル高い

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「あーあ。アゴ外れるかと思った」

「そこまではしてないでしょ」

「めちゃくちゃやってたよ。途中からノリノリで。本当、何に付き合わされてるんだろう」

「私の体だと思って好き勝手やってるのはメイトも同じでしょうに」

「僕は色々されてるだけだ」

 僕はタレカの魔手からようやく解放されて、なんとか更衣室を出ることができた。

 そんな時にはすでに準備運動も必要ないほど、笑い転げて体が温まっていた。

 ちなみに、体操服はお互いのものを着ている。一応名前からバレないようにという配慮だ。

 顔を真っ赤にした僕ら二人が校庭へやって来ると、体育教師の山郷先生も驚いたように目を見開いた。だが、すぐに僕らから視線を外して授業開始の号令をさせている。

 体育の授業が始まっても、授業の調子は他の授業と大差ない。

 教師たちも、あくまでそれとわからないようにはしているが、僕らは空気のように扱っている。

「さあ、みんな知っての通り、今日から授業ではサッカーをします。色々と異論もあると思うけど、みんなでやれば楽しいから」

「でも先生。サッカーならチーム分けが必要ですよね?」

「まあ、その辺はゆるーくね。ひとまず、みんながどれくらいできるかを確かめたいから、クラスで分かれて試合をします」

「はーい」

 ここの返事は僕じゃない。

 ノリのいい陽キャ集団がふざけているのだ。

 と、軽く授業の説明が終わったところで、二人一組で準備運動をすることになった。

 当然のように女子たちはいつもの相手みたいな感じでペアを作っていく。

「うわぁ。先生とやるのか?」

「何? メイトって山郷先生好きなの?」

 隣で僕似の女子ことタレカがキョトンとした顔で聞いてきた。

「そんなわけないだろ。そもそも女子の体育の先生とかほとんど接点ないし」

「だからいいんじゃないの? ちょっとミステリアスな感じで」

「あの人ミステリアスじゃないだろ」

「そうね」

 ふざけていたわけでもないのだが、僕らは当然のように二人で余って、二人で準備運動をすることになった。

 いつもは奇数人で一人余って、先生と準備運動をしていたので、相手がいるというのはありがたい。

 そういえば、女子も奇数人みたいだが、普段タレカはどうしているのだろう。

 あまり、聞いてやらない方がよさそうか。

「はい」

「はい?」

 手を出されて、犬のように手を乗せる。

 ふにふにとした手の感触を改めて感じると、元は自分の体と知っていても少しドギマギしてしまう。

 なんて呆けていると、気づいた時には僕はタレカの体で背を伸ばされていた。

「いででででで! やめっ、ストップストップ」

「何よ。始まったばかりでしょ」

「いや痛すぎ。痛い痛い!」

「ここで怪我しても仕方ないしね」

「ほっ」

 なんとか地面に足をつけると、すかさず仕返しするように、僕はタレカの背中を伸ばす。

「あー。伸びるわー」

 だが、上から聞こえるタレカの声は気持ちよさそうなだけで、苦しみから漏れるような悲鳴ではなかった。

「さあ、今度はメイトの番ね」

「待ってくれ。普通こう言うの逆じゃないか?」

「何が? 私が先ってこと?」

「そうじゃなくて、僕の方が体が硬いってもんじゃないの?」

 ストレッチをするだけで、あちこちピキピキ悲鳴をあげてる気がするんだけど、そんなことある?

「こう見えて私、ものすごく体が硬いのよ」

 ドヤ顔で言うタレカだった。

「絶対自慢することじゃないから」

「ふふんっ」

「胸を張ることじゃないから」

 さっきのくすぐりで体は温まっていたはずなのに、そんなこと無視するように、僕の体は準備体操の時点で悲鳴をあげていた。

 全ての内容を終えた頃には息が切れていた。

「はあ、はあ、はあ。お、終わった?」

「授業はこれからよ」

「くそう。こんな全速力で走った後みたいになるなんて……」

「メイトの体は意外と柔らかいのね。初めて柔軟が気持ちいいと思えたわ」

「どんな人生歩んできたんだよ」

 冗談めかして二人で話し込んでいると、誰かの足音。

 私語を取り締まる山郷先生かと思ったが、違った。同じクラスの女子グループ筆頭、吉良さんたちだった。

 明るい茶髪に巻毛という遊んでそうな女子。その吉良さんが僕らのことをニヤニヤと見ながら歩いてきていた。

「あんたら、ずいぶん楽しそうね」

「苦しんでる人間を見て楽しそうとは、ずいぶんいい性格してるな」

「……成山ってそんな性格だったの?」

 しまったと思ってタレカを見たが、どうやらあまり気にしていないみたいだった。

 むしろ、少し面食らった吉良さんを見てニヤッとしていた。

「まあいいわ。あんたら、今日の授業であたし達の邪魔しないでよね」

「邪魔って?」

「守備で大人しくしとけってこと。サッカーはチームプレーだって王田くんが言ってたわ。だから、あんたらチーム外のメンバーは大人しくしとけってこと。いい? わかった?」

 高圧的な言い草に、あまり乗り気じゃない僕は曖昧にうなずいた。

 それを同意と受け取ったのか、吉良さんは満足そうに笑んだ。

「遠谷もいいわね?」

「……」

「遠谷? 何ボケっとしてんのよ」

「ああ。私のことね。当然よ」

「遠谷もそんなキャラだっけ? そもそも女子だっけ?」

「女子だよ。遠谷は女子女子」

「そ? ま、いいわ。あんたらの邪魔がなければ王田くんともデートできるし」

 一瞬ヒヤリとしたが、吉良さんはそれ以上考えることもなく、それじゃとだけ言って僕らに背を向け試合の準備を始めてしまった。

「身勝手な理由だな。嘘ついてもバレないだろうに」

「そんな子だと思われたくないんでしょ」

「自分本位だな。別に一緒に頑張りましょでもいいはずなのに」

「そうよね」

 遠目から見て楽しそうに話している吉良さんを見ながら、なんだか納得いかない気持ちが沸々と込み上げて来るのを感じた。

「本当、吉良さんってああいうところあるのよね」

「いつもなの?」

「見ればわかるでしょ?」

「それはまあ。若干キャラが被ってる気もするけど」

「何かしら?」

「なんでもないです」

 僕の冗談にため息をつくと、タレカはにらむように吉良さんの顔を見つめていた。

「このまま黙ってるのはしゃくね。一発見返すわよ」

「見返すって?」

「今日は私たち、ひとりぼっちじゃないんだから。私に考えがあるわ」

 そう言って、タレカは僕にだけ見えるように不敵に笑みを浮かべるのだった。
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