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第9話 添い寝をしてこそ姉妹じゃない
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最後に妹と一緒に寝たのはいつのことだっただろう。
僕はそんなことを考えながらぼんやりと天井を見つめていた。
隣には安心したように目をつぶっている女の子の姿がある。
窓の外は街灯の灯りが見えるけれど、月が登り、もう活動する時間じゃないことを告げていた。
「……寝れない」
豆腐メンタル。鋼の優柔不断。
枕が変われば寝られない方でもないのだが、流石に女子と同じベッド、それもシングルサイズのベッドに二人で眠るのなんて、一緒に風呂に入るよりも無理な相談な気がしてきていた。
心臓の音がうるさい。まるで音楽ライブに来たみたいに、ずっとドクンドクンという音が脳内を支配している。
「ん」
僕のぽつりとこぼした声を聞きつけたのか、隣からかすかに声が聞こえる。同じ方向からはじっとりとした視線を感じて、僕は少しだけ顔を右へと向けた。
すると、目を開けてはっきりと僕のことを視認しているタレカと目が合った。
僕はそっと視線をそらす。
「何よ。やましいことでもあるの?」
眠そうながら堂々とした声でタレカは僕に聞いてきた。
「やましいことは何もない。けど、やましい状況ではあると思う」
「姉妹で一緒に寝てるのよ。やましい状況にはならないでしょ」
「一部にはそういうことを妄想する輩もいるのですよ」
「メイトとか?」
「そうそう。って……いやまあ、ここは否定できないから寝られないんだけど……」
「否定しなさいよ」
なんだか頬を赤らめた様子でタレカが抗議してきたが、もう眠いのか、その言葉には先ほどまでの威勢の良さを感じられなかった。
風呂の時と違い、タレカと添い寝することを僕が抵抗できなかった理由は、単純に体がタレカのものだからだ。
風呂は別々で入ることもできるから、抵抗するのも問題はなかった。
だが、ベッドが一つの状況でどこで寝るかと考えた時、いつもの僕なら廊下でもどこでも好きな場所で寝ることができた。だが、今はそうはいかない。肉体がタレカのものなのだ。だからといって、タレカ本人を床で寝かせるわけにはいかない。
となると、依頼人である彼女の要望を百パーセント飲むことになった。
結果、家族ごっこの続き、一緒に寝るということを僕が受け入れるしかなかったのだ。
そう、これは避けられないことだった。僕にはどうしようもないことだった。
「ねぇ、本当に大丈夫? 私がリビングで寝てもいいのよ?」
心配そうに聞いてくるタレカに僕は首を横に振った。
「いや、大丈夫。それに、タレカをベッドの外で寝かせるわけにはいかないから」
「その心配りはありがたいんだけど、メイト、鼻息がすごいわよ」
「鼻呼吸を頑張ってるから」
「なら一回深呼吸しなさいよ。うるさくてとてもじゃないけど寝られないから」
「ごめん」
「いいのよ。ほら、吸ってー」
「スー」
「吐いてー」
「ハー」
タレカのガイドに従ってしばらく深呼吸を繰り返していると、不思議と心臓の鼓動が静かになって、意識がぼんやりとし始めた。
こんな状況でお腹を撫でられたら興奮で余計に眠れなくなると思ったが、体の緊張はすっかりほぐれ、目がしょぼしょぼとしてきた。
「本当に、こんな感じで下の子をあやすのなんて久しぶりね」
「あれ、本当に妹がいたの? じゃあ、ごっこじゃなくなっちゃって、誰かになれないんじゃない?」
「いたのは弟よ。生意気なクソガキだったわ」
「ひどい言いよう」
男として同情を禁じ得ないが、姉から見ればどんな弟もそんなものなのかもしれない。
「今、失礼なこと考えたでしょ」
「別に、生意気でクソガキだったんだなって思っただけだよ」
「頭が回ってないだけだったのね」
「刃が僕の方にも飛んできているようだ」
ろれつが若干怪しくなり出した僕の声にふふっとタレカが楽しそうに笑った。
本当に、こんな人当たりのいいタレカが家族と不仲なのだろうか。
いや、実態なんて誰にもわからない。過去の話はいつだって脚色が入ってしまうものだし。
「にしても、本当に知らないのね。私の家庭事情」
「知らないよ。弟がいるのも初耳だし」
「一般的には知られていることだけどね。弟のことは、よく聞かれたものよ」
「クソガキだからか」
「別の理由よ」
「じゃあ、生意気の方か」
「そうじゃないわよ」
ただ、僕が弟の悪口を言っているのが面白かったのか、またしてもクスクスとタレカは笑うのだった。
このままずっと眠れないと思っていたが、流石に口を動かすのがやっとになってきた。タレカの声を聞くたびに体から力が抜けてくる。
「私も本当はこんなことしても意味ないんじゃないかって、迷惑をかけるだけなんじゃないかって思ってたの」
「何が?」
「独り言よ。気にしないで」
「ん?」
「でも、今日は高校生になって今までで最高の一日だった。まだ誰かになったとまでは思えてないけど、でも、このまま続けてたら、私は誰かになれそうな気がするわ」
「そいつはよかった」
「ありがとう。メイト。人それぞれでいいのよね」
最後の方はぼやぼやとしてよく聞こえなかったが、なんだかとってもあったかい気がする。
監視のための一緒に寝るという選択かと思ったけど、ここでも姉らしいことをするためってことだったのかな。
僕はそんなことを考えながらぼんやりと天井を見つめていた。
隣には安心したように目をつぶっている女の子の姿がある。
窓の外は街灯の灯りが見えるけれど、月が登り、もう活動する時間じゃないことを告げていた。
「……寝れない」
豆腐メンタル。鋼の優柔不断。
枕が変われば寝られない方でもないのだが、流石に女子と同じベッド、それもシングルサイズのベッドに二人で眠るのなんて、一緒に風呂に入るよりも無理な相談な気がしてきていた。
心臓の音がうるさい。まるで音楽ライブに来たみたいに、ずっとドクンドクンという音が脳内を支配している。
「ん」
僕のぽつりとこぼした声を聞きつけたのか、隣からかすかに声が聞こえる。同じ方向からはじっとりとした視線を感じて、僕は少しだけ顔を右へと向けた。
すると、目を開けてはっきりと僕のことを視認しているタレカと目が合った。
僕はそっと視線をそらす。
「何よ。やましいことでもあるの?」
眠そうながら堂々とした声でタレカは僕に聞いてきた。
「やましいことは何もない。けど、やましい状況ではあると思う」
「姉妹で一緒に寝てるのよ。やましい状況にはならないでしょ」
「一部にはそういうことを妄想する輩もいるのですよ」
「メイトとか?」
「そうそう。って……いやまあ、ここは否定できないから寝られないんだけど……」
「否定しなさいよ」
なんだか頬を赤らめた様子でタレカが抗議してきたが、もう眠いのか、その言葉には先ほどまでの威勢の良さを感じられなかった。
風呂の時と違い、タレカと添い寝することを僕が抵抗できなかった理由は、単純に体がタレカのものだからだ。
風呂は別々で入ることもできるから、抵抗するのも問題はなかった。
だが、ベッドが一つの状況でどこで寝るかと考えた時、いつもの僕なら廊下でもどこでも好きな場所で寝ることができた。だが、今はそうはいかない。肉体がタレカのものなのだ。だからといって、タレカ本人を床で寝かせるわけにはいかない。
となると、依頼人である彼女の要望を百パーセント飲むことになった。
結果、家族ごっこの続き、一緒に寝るということを僕が受け入れるしかなかったのだ。
そう、これは避けられないことだった。僕にはどうしようもないことだった。
「ねぇ、本当に大丈夫? 私がリビングで寝てもいいのよ?」
心配そうに聞いてくるタレカに僕は首を横に振った。
「いや、大丈夫。それに、タレカをベッドの外で寝かせるわけにはいかないから」
「その心配りはありがたいんだけど、メイト、鼻息がすごいわよ」
「鼻呼吸を頑張ってるから」
「なら一回深呼吸しなさいよ。うるさくてとてもじゃないけど寝られないから」
「ごめん」
「いいのよ。ほら、吸ってー」
「スー」
「吐いてー」
「ハー」
タレカのガイドに従ってしばらく深呼吸を繰り返していると、不思議と心臓の鼓動が静かになって、意識がぼんやりとし始めた。
こんな状況でお腹を撫でられたら興奮で余計に眠れなくなると思ったが、体の緊張はすっかりほぐれ、目がしょぼしょぼとしてきた。
「本当に、こんな感じで下の子をあやすのなんて久しぶりね」
「あれ、本当に妹がいたの? じゃあ、ごっこじゃなくなっちゃって、誰かになれないんじゃない?」
「いたのは弟よ。生意気なクソガキだったわ」
「ひどい言いよう」
男として同情を禁じ得ないが、姉から見ればどんな弟もそんなものなのかもしれない。
「今、失礼なこと考えたでしょ」
「別に、生意気でクソガキだったんだなって思っただけだよ」
「頭が回ってないだけだったのね」
「刃が僕の方にも飛んできているようだ」
ろれつが若干怪しくなり出した僕の声にふふっとタレカが楽しそうに笑った。
本当に、こんな人当たりのいいタレカが家族と不仲なのだろうか。
いや、実態なんて誰にもわからない。過去の話はいつだって脚色が入ってしまうものだし。
「にしても、本当に知らないのね。私の家庭事情」
「知らないよ。弟がいるのも初耳だし」
「一般的には知られていることだけどね。弟のことは、よく聞かれたものよ」
「クソガキだからか」
「別の理由よ」
「じゃあ、生意気の方か」
「そうじゃないわよ」
ただ、僕が弟の悪口を言っているのが面白かったのか、またしてもクスクスとタレカは笑うのだった。
このままずっと眠れないと思っていたが、流石に口を動かすのがやっとになってきた。タレカの声を聞くたびに体から力が抜けてくる。
「私も本当はこんなことしても意味ないんじゃないかって、迷惑をかけるだけなんじゃないかって思ってたの」
「何が?」
「独り言よ。気にしないで」
「ん?」
「でも、今日は高校生になって今までで最高の一日だった。まだ誰かになったとまでは思えてないけど、でも、このまま続けてたら、私は誰かになれそうな気がするわ」
「そいつはよかった」
「ありがとう。メイト。人それぞれでいいのよね」
最後の方はぼやぼやとしてよく聞こえなかったが、なんだかとってもあったかい気がする。
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