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第5話 彼女の家に帰宅

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「し、失礼しまーす」

「自分の家なのに緊張してどうするのよ」

「いやだって、僕の家じゃないし」

「ぼっちだから……」

「いちいちぼっちぼっち言い過ぎだって」

 なんだかんだと掛け合いをしつつ、僕は覚悟を決めて部屋に上がりこんだ。

 今僕たちがいるのは、公立玉ヶ原高校から徒歩圏内にあるマンション。その一部屋だ。

 どうしてこんなところにいるのかと言えば、当然、帰宅したわけである。

 ここが成山タレカの暮らす家。一人暮らし用なのか二部屋程度のこじんまりとした部屋らしかった。

 やはり、肉体が変わったと言っても、感覚としては自分の記憶が強いのか、他人の家という感じがする。なんだかいい匂い。

「やめなさい」

「あうっ」

 物珍しそうに部屋の中をキョロキョロとしていたのがバレたのか、タレカに額を叩かれてしまった。

「何するのさ」

「そんなに人の部屋を凝視しないの」

「でも、僕の部屋だよ?」

「こういう時だけ自分のものだと主張しない!」

「はーい」

 すっかり僕のお姉ちゃん気分らしく、タレカはなんだかノリノリで僕に対して注意してきた。

 僕の妹もそういう気質があるから、実のところ慣れてはいるのだが、やっぱりなんだか姉として注意されるというのは、思うところがあるな。

「まあいいわ。テキトーに座ってて」

「落ち着かないんだけど?」

「あんまり匂いとか嗅がないでよ?」

「僕をなんだと思ってるのさ」

「さっきからずっと鼻をひくつかせてるからわざわざ言ってるの」

「ふーむ……」

 どうやらタレカに注意された理由は、部屋の匂いを嗅いでいるのがバレたからみたいだ。

 そんなあからさまに嗅いでいたつもりはないのだが、まぁバレてしまったものは仕方ない。

 タレカに促されるまま部屋へと入るとその内装が目に入ってくる。

 部屋の中身としては女の子らしい、可愛らしい装飾の部屋、というのが僕の印象だった。飾られているものも比較的明るい色味のものが多く、全体的に爽やかな印象も受ける。隅々まできちんと整理整頓されていて、普段タレカから受けるしっかりとした印象と相違ない感じだ。

 気になるところがあるとすれば、うわさで聞いていた、家族の存在が、この部屋からは感じられないことだろうか。

 そんな僕の気持ちを察したのか、タレカの方もなんだか暗い顔をしてキッチンで立っているのが見えた。

「やっぱり気になる?」

「まあね」

 僕は近くにあったクッションを抱いて、顔の前で抱きしめた。

「お姉ちゃんの匂い」

「ちょっ!」

「シャンプーとか何使ってんの?」

「ば、ばっかじゃないの? そんなことを答えるつもりで言ったんじゃないんだけど?」

 顔を真っ赤にして、タレカがキッチンから飛び出してきた。

 ものすごい形相でズカズカ歩み寄ってきて、僕の抱いていたクッションを奪い取ると、ポイっと遠くの方へと投げてしまった。

「ああっ」

「ああっ。じゃないわよ。人がシリアスな雰囲気出してるのに、ぶち壊しておいて」

「だって、高校生の一人暮らしってフィクションだったらそんなに珍しくないだろ?」

「この物語はフィクションです。じゃないのよ。私は現実の人間なんだから」

「そう? まあでも、にぶい僕でもその辺はなんとなく察しがつくよ」

「……でしょうね。その……ありがとう」

「いやぁ、なんのことだか」

 つぶやくように感謝の言葉を言ってくるタレカに僕はとぼけて腕を広げた。

 気丈にも姉のふりをしてようとしているにもかかわらず、家族が関わるだけですぐに気分が落ち込んでしまう。

 家族仲が悪いのなんて、別におかしなことじゃないと思うけどな。

「僕だって、そんな家族と仲良しこよしじゃないからね。妹とだってしょっちゅう喧嘩しっぱなしだし」

「喧嘩できるだけ幸せなものよ」

 今度ばかりは言葉選びを間違ってしまったらしく、僕の抱いていたクッションを拾い上げて、その場で抱くようにすると、タレカはその場で小さくなってしまった。

「本当に、喧嘩ができることは悪いことじゃないわよ」

「ああ。えっと」

「それはそうと。メイトの体を借りちゃってるわけだけど、ご家族は心配しないの? 仲が悪くっても、家出をするほどじゃないんでしょ?」

「まあ」

 僕のミスはタレカにフォローされてしまった。

 ただ、僕の家庭事情というか外泊についても、どこかで説明しないといけないことではある。

「こんなことに巻き込まれた時から、どうせすぐには帰れないんだろうなってわかってたから、一応親には連絡してあるよ」

「なんて?」

「今日、明日、もしくは一週間、はたまた一ヶ月ほど家を留守にするけど、学校は行くから心配しないでいいよ、って」

「そんな無茶苦茶なこと通るわけないでしょ。メッセージ見せなさい」

「ああっ」

 僕の指紋を勝手に使って、タレカはスマホのロックを解除した。

 もっとも、今はタレカの体なのでロックは簡単に解除され、僕の送ったメッセージが見られてしまう。

「ええっと? ほとんどさっき言ってたことが書いてあるわね。それで返信は……OK。って、どんな家庭環境なのよ」

「そんな家庭環境ですよ」

 信じられないといった感じで、タレカは息を吐きだした。

 羨ましさなど微塵も感じられない、呆れ百パーセントのため息だった。

「こんな家族もあるのね」

「家族の形なんて、千差万別だよ」

「……」

 少し悩むようにしてから、タレカは立ち上がった。

「何するの?」

「ご飯。お腹空いたでしょ?」

「うん」

「お姉ちゃんに任せなさい」

 袖をまくり上げると、タレカは僕にウィンクしてきた。

 普段しないそんな仕草に、一瞬ドキッとしてしまってから、僕はタレカがまたキッチンの方へ戻っていくのを目で追っていた。

 どうやらキッチンで立っていたのは、料理の作業をするためだったらしい。

 少しして、部屋の匂いとはまた違う料理のいい匂いが漂ってきた。
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