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第66話 洗脳が効いてないのに気づいてないやつ

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「よくもまぁことごとく僕ちゃんのアートを壊してくれたねぇ」

 ベヒが正気。いや、ベヒの暴走が止まってから、スポットライトを浴びながら低身長の男が天井から舞い降りてきた。

 アートとはキメラのことだろうか。

「あ、兄貴ィ! 助けてくださいぃ!」

 正気に戻ってるんだか戻っていないんだか。ガイドがそんな声を漏らした。

 ガイドの様子を見るに、今降りてきた男がこの城の主人なのだろう。

 兄弟らしいし精神汚染の効き方がおかしいのかもしれない。

「……」

 だが、ガイドの兄はガイドをチラリと見ただけで特に何も言わずに目線をそらしてしまった。

 それ以上何かする様子もない。助けるつもりはないらしい。

「あ、兄貴?」

「お前みたいな出来損ないは必要ない。それに、僕ちゃんにいたのは弟だ。妹じゃない」

「そ、そんな。兄貴ぃ」

 ガイドは弱々しくうつむいてしまった。

「少しかわいそうですわね」

「そうか? ヨーリンって優しいんだな」

「ラウル様ほどではありませんわ!」

「うーん……」

 まあ、大魔王だしそんなことないのか?

 魔物仲間的な視点だろうか。

 俺としても、ただの女の子が明らかにしょぼくれていたら、どうしたのだろうと思うし、共感が全くできないわけではないが。

「うーん……」

 ガイドは色々とやられたからなぁ。

「そこのツタが絡まった女の言うことはどうでもいいのさ! 僕ちゃんは発明家! 名を」

「兄貴そりゃないよ!」

「と言う。おい、被せるな。まあいい。聞こえただろう」

 聞こえなかったわ。

「以後お見知り置きを」

 いや、聞こえなかったわ。誰だよ。

 しかし、聞こえたと思っている発明家は、決まったと言いたげな様子でこちらを見てくる。

 決まってないよ。ふざけるなよ。

「もっとも、君たちは僕ちゃんのことを忘れられないだろうけどねぇ」

 ガイドと同じく低身長で、ブクブクと太った体に肉だけがついたような手足。しかもその手足はまっすぐに下ろせないのか、変な姿勢でこちらを見てきている。

 若いのかどうかはわからないがシワの寄った見た目。

 そして、よくわからない両目をつぶる仕草。

 とにかくインパクトはすごいし、人に言われれば思い出せるやつかもしれない。

 でも。

「なんで覚えてなきゃいけないんだよ」

 俺の素直な言葉に発明家は怒るではなくなぜか優しく笑いかけてきた。

 なんだろう、帰りたい。こいつと同じ空気を吸っていたくない。

「言葉遣いが悪いなぁ。でも、そんなとこもかわいらしいよ?」

 いや、知らねぇわ。そんな言葉が出てこない。

 なんだろう。ものすごく気持ちが悪い。

 背中で虫がはい回るような気持ち悪さで顔をしかめてしまう。

 今までに戦ってきた敵とは別ベクトルで強敵かもしれない。むしろ、今までで一番の強敵と対面しているとすら言える。

「急に黙っちゃって、本当にかわいいなぁ。食べちゃいたいくらいだよ。もしかして僕ちゃんを前に緊張してる? 洗脳のレベルを上げたら効きすぎちゃったかな? でも、大丈夫。すぐに慣れるよ」

 またしても発明家は俺に対してやんわりと笑いかけてきた。

 まるで子どもをあやすような態度でいたって優しく言ってきた。

 だが、その全てがどれも気持ち悪い。これがいわゆる生理的に受け付けないというやつなのだろう。

「……」

 俺はそんな発明家を前にポカンと口を開けたままにしてしまった。

 話が通じない。

 というか、話したくない。

 コイツはどこまでも自分の力を信じきっているのだろう。疑うということができない様子だ。

 おそらく洗脳ってのはさっきまでベヒにかかっていたやつだろう。自信がありすぎて解けたことも、効いてないことも理解していないらしい。

「なあ、俺洗脳されてるか?」

「ふふふ。キミが気にすることではない。しかも、聞いても理解できないだろう。だが、気になると言うなら説明しよう僕ちゃんは紳士だからね」

 多分、紳士は洗脳したりしないと思う。

 しかも、神に聞いたんだが、まあいいや。手の内を明かしてくれるというなら素直に聞いておこう。

「洗脳っていうのは、相手を思うがままに操るような力さ。僕ちゃんがキミたちにしているような、ね」

「そんなこ……」

 何かを講義しようとするラーブをタマミが止めてくれた。

 ナイス。と暗にサインを送っておく。あとで感謝の気持ちを伝えておこう。

「どうしたかな?」

「なんでもない、んじゃない?」

 こんなところでサキュバス村での経験が生きてくるとは、人生何が起こるかわからないな。

「そうか、話を続けよう。洗脳の話だったね。それはさっきのキメラに仕込まれてた。もちろん気づけなかっただろうけど、仕方のない話さ。そもそもアンデッドを越えられる女の子なんて今までいなかったんだもの、調整なんてしてないからね」

「なるほど」

「わかる? まあ、僕ちゃんはキミみたいな女の子を見つけて、洗脳したかったわけなんだよ。キメラは防衛であり、新しい防衛手段を得るための道具だったってこと」

「ふうん」

 言葉では冷静なつもりだったが、俺は足元から怒りが上ってくるのを感じた。

 キメラが道具? ペットではなく? 完全に趣味で作ったってのか?

 ただ、自分の好みのやつを探すために?

 一瞬、俺の真剣な表情が出てしまったのか、発明家が顔を青くして一歩後ずさったように見えた。

 いや、今さらだろう、何もすぐにはバレないようにしたが、隠していたわけでもないのだ。

「その顔、かわいいよ。キミは僕ちゃんのタイプだ。他の子もいいけど、できれば前線を張ってくれる子がいいんだ。君たちは女の子同士が趣味みたいだけど、洗脳してるから関係ないよね?」

「……」

 俺の無言をどう受け取ったのか、発明家は大きくうなずいた。

「さあ、僕ちゃんと踊ろうか。お嬢さん」

 発明家はまたしても俺に向けて両目をつぶってきた。
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