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第36話 怜を家まで送ろう

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「うわ」

 学校から帰ってくるなり部屋に変なものが置いてあった。

「なんだこれ」

 変なカチューシャだ。ビビった。動物かと思った。猫の耳だ。しかし、これは僕が絵の資料として用意したものとかではない。

 母が最近部屋に設置する異様なものの一つだ。以前は見たこともないヘアゴムとか、シュシュとやらが落ちていたが、今日のは明らかにおかしいだろう。

「僕がつけろって? いやいやいや」

 なんというか。僕の部屋に日向以外の女の子がいることに、母も慣れてきたのか、僕へのちょっかいが激しい。

 どうしろと?

 このままだと過激化の一途をたどるかもしれない。

 だが、対処法も思いつかず僕はとっとと捨てた。



 怜が来た。
 
 しかし、カチューシャは捨てておいたため、今日の作戦会議はとどこおりなく進んだ。もう終わりだ大丈夫のはずだ。

「見てしまったのね」

 なにを? とピクリとすると、怜はため息をついた。

「大神くんの動画。見たんでしょ?」

 なんだそっちか。

「気になってな」

「でも、大丈夫よ。あの動画でファンが離れることはない。私も離れない。これだけファンを大切にしてるんだもの。大丈夫よ。傷は力に変えましょ」

「そうだな」

 よかった。ゴミ箱の中身を見られたわけではなかった。

 なんだかいいこと言ってくれたが、正直そんなのよりも猫耳カチューシャを見られる方が怖い。

 さっさと話題を切り替えてしまおう。

「えーと、今日はどうだった?」

「私の信頼の問題だろうと思っていたけど、まさかこんなに早く統計データを見せてもらえるとは思ってなかったわ」

「あ、ああ。いや、分析を試すだけでしっかり結果が出てたら本人に伝えないわけにはいかないだろ?」

日向さんから聞いていたけど、本当に影斗はお人好しね」

「え、聞いてたっていつから……? そういえば昨日は冷静じゃなかったから細かいことは聞けなかったけど、どこまで聞いてるんだ?」

「あ……」

 珍しく口をすべらせた怜は昨日のことも含め観念したように一通り話してくれた。

 なんでも、美少女グループの四人は僕のことを日向から聞いていたらしい。

「知らなかった。なんか、やけに距離感が近いと思ったが、そういうことだったのか」

「それだけじゃないわ。日向さんの言葉通りの人だったからってこともあると思う。日向さん、話を盛ってなかったのよ。私もいい人だと思うわ」

 キララばっかほめる怜にほめられたのか?

 そういえば前回も尊敬するとか言われたな。

 やっぱり変なもの食べたんじゃ。

「さてと、私は帰るとするわ」

「お、送ってくよ」

「そこまでしなくても大丈夫よ。そもそも日向さんに知られたらどうするのよ。日向さんに関係性を勘違いされちゃうわよ」

「確かにそうなんだが」

「わかってるならいいわ。そもそも一人で出てきても怪しまれるんだから。それじゃ」

「いや、待ってくれ。断られるとまずいんだって。毎日送ってかないこと、母さんに叱られてるんだって。説教長いと放送に響きかねないし頼むよ」

「うーん、なるほどね。それなら仕方ないわね。それじゃお言葉に甘えておくことにするわ」

「そうしてくれ」

 僕は怜を家まで送った。

 途中はつかず離れずの距離感で歩いた。

 一応、母の尾行を警戒して途中で帰ったりせず一緒に行っておいた。

 多分離れ過ぎてはいなかったと思う。

 たまたま同じ方向を歩くフリをするのは、日向とやっていたから慣れている。そうというと悲しい気もするが謎スキルが役立ってよかった。

「はー。しっかし家デカかったな」

 ちょっと自分がいることが場違い過ぎて緊張して記憶が曖昧だ。

 まあ、母に説教されなくなるまではアイデア出しの散歩と考えて歩いておくか。

 道を覚えればアイデアを出す余裕もできるだろうし、ってん? 誰かくる。

 家の前までやってきて周囲に知り合いがいないか警戒をしていたら怪しい人物が見つかった。

「一般人、それも実物の人間をさらすのは簡単だ。写しちゃえばいい。へへっ」

 うわ。なんかフード深く被ってて怪しい。しかも独り言の中身大声で聞こえてくるし、内容もやばいし。

 どうしよ。一回離れようか、家に入ろうか。

「あ、あー。そうそう。事前調査は忘れずに、これ基本だから」

 いや、もしかしたらイヤホンしてるのかも。

 スマホとか耳に当ててないのに電話してて、びっくりすることあるしきっとそれだ。

 にしてもなんか嫌な内容だけど。さっさと帰るか。

「あ、あーっと!」

 急に呼び止められた気がして、僕はもう一度見てしまった。

「そう、そうそう」

 だが、やはり話し相手がいるらしく。僕を呼んだわけではなかった。

「なるほど、ここかあ。空き家かと思った。なるほどなるほど」

 電話相手との内容なのだろうか。にしてはなんか僕の家を見ながらぶつぶつ言ってる気がする。

 怖っ! え、怖っ!

 早く帰ろ。

「勉強になったよ。いやー。それにしても大変だね」

「うっ」

 目が合った、わけではない。今、男が隣を通り過ぎた。

 だが、近くで声を聞くと、どうしてか背筋の凍るような感覚に襲われた。

 なぜか身構えてしまう。知らない人だからかもしれないが、隣を通り過ぎただけだ。それに充分、距離は離れていた。

 だが、気分が悪い。手も足も震えてしまう。症状的に人のせいにしちゃ悪いか。

 風邪かもしれない。ここ最近の無理がたたったか。

「……」

 僕は黙って男の背中に視線を送った。

 僕の家を通り過ぎた瞬間から一切声が聞こえなくなった。

 通り過ぎる瞬間、一瞬だけフードの中が見えた。

 目は合わなかったが、口元は見えた。

 それは、どこかで見たような口元だったような気がする。

 いや、口元だけじゃ人はわからないか。知り合いというのは気のせいだろう。

「恐ろしい人もいるもんだな」

 僕は体を震わせながらドアを開け家に帰った。
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