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第35話 怜からの尊敬

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「あんなことがあっても影斗はキララちゃんを続けるのね。尊敬するわ」

 怜は僕の部屋に入ってくるなり真顔でそんなことを言ってきた。

 おそらく大神くんのことを言っているのだろう。嫌味、ではなさそうだ。

 学校でいじめられ、まさかネットでもいじめられるとは思ってもいなかった。

 被害としては誹謗中傷を色々なところから食らっているのだろう。怖くてエゴサーチをそんなにしないから実際のところはわからない。

 しかし、この間は怜の方が気にしていたのに変なものでも食べたのだろうか。

「まあな」

 普通に答えると、なんだか変な視線を向けてくる。

 いつもより変だ。

 やはりなにか変なものでも食べたのだろう。

 先ほどよりも真剣な表情で、怜は僕の返事だけでは納得しなかったのか、顔をのぞき込んできた。

「な、なに? 変なものでも食べた?」

「食べてないわよ。影斗はどうして続けられるの? 私は自分のことじゃないのに、かなりショックだったのに、それに私が必要ないことしたのに、それでも影斗は気を落としていないように見える。世界一の配信者でも目指してるの?」

「なれたらいいなとは思う。けど、目指してはいないよ。多分そんなことになったら今以上に人をなかなか信用できなくなりそうな気がするし」

 ま、ここまでキララを思ってくれる怜なら言ってもいいか。

「ただ」

「ただ?」

「周りの人は笑顔でいてほしいんだ」

「それだけ?」

「そう。それだけ。僕は一人じゃ生きていけなかった。生きているのが辛かった。だから逃げたかった。最初はそんな理由だったけど、今となっては怜たちのおかげで普通に学校に行けてるしさ。なら、僕にもなにかできたらいいな。そう思った時に、人を笑顔にできる今の活動を続けるのがいいんじゃないかって考えたんだよ。そのために少しでもよく、少しでも素早く、あと少しでもラクにできるように心がけてる」

「だから今までは一人だったの?」

「うっ。それもあるけど、い、いや。今も言ったように怜たちのおかげだよ。あと、僕は経験的に人を信じられなかったってのももちろんある。でも、一位は目指さなくても競い合ってともに上を目指せる存在は大事だなって考え直したよ。コラボを繰り返してね。あとは協力してくれる仲間もいることだし……ってどうした!?」

 急に怜は目元を押さえ出した。

 え、なに? どうして?

「え、あ、えと」

「う、うう」

 すすり泣いてる声が聞こえてきた。

 ど、どうしよ。

「そんなに嫌な話だった? ごめん。なんか語っちゃって」

「ううん? 私の思い込みかもだけど、私をキララちゃんのライバルとして認めてくれたのかなって思うと嬉しくて」

 そりゃこんな超人認めないわけにはいかないだろう。

「否定するようで悪いけど、怜はライバルって言うか仲間の方だな。協力してくれてるし。ライバルは怜が紹介してくれた河原アイリーンさんとかだよ」

 だが、ライバルより仲間という言葉の方が嬉しかったのか、さらにぶわっと涙を流す怜。

 本当にキララのことになると感情の起伏が激しい。

 でも、嫌がっているわけじゃなく、喜んでくれてるなら素直に嬉しい。

 それに、普段クールな怜が崩れるところは見ていて面白い。けど、大丈夫なのだろうか。

 手でこすったらあとになったりしないだろうか。

「えーと、ハンカチいる?」

「ありがとう。影斗って、優しいわよね」

「よく日向から言われる」

「そう。日向さんが自慢げに話していたわけだわ。こうして関わると納得ね。きっとフィアラさんも若菜さんも私と同じ気持ちよ」

 さらっとそんなことを言いながら怜は目元を拭い始めた。

 自慢げに話していた。いた? 過去形?
 
 しかも、関根さんも白鷺さんも?

「え、なんて?」

「…………」

 なにも言わずになぜか含み笑いを浮かべている怜。

「教えてあげてもいいけど」

「またそれか……」

 僕を脅すこと、少し楽しんでるんだよな。

「ま、怜は協力者のうちの一人というだけの方向にしてもいいんだけどな。それに、言ってよかったのか? 日向に知られたらどうなるか」

「大好きってよく言ってるわ。優しいってよく言ってるわ! ねぇ、お願いだからライバルでいて、仲間でいて、黙っていて! 私を見捨てないで、そういう雑な扱いじゃないの。馬車馬のように働かせてほしいの!」

 怜は大声を出しながら勢いよく僕にすがりついてきた。

 人目がないからと好き勝手やりやがって。

 なんだか距離感が近いんだよ。

「ってか。は? 大好き?」

「そうよ。言ってたわよそんなこと。いっつも日向さんは影斗のいいところばかり話してるの。でも内緒よ? どうしてかわからないけど黙ってるよう言われてるんだから」

 そりゃそうだろう。僕と知り合いだってことは隠すよう言ってあったんだし。

「最近はフィアラさんも若菜さんも影斗のことチラチラ見てるし。私が影斗の参謀なのに! ね!」

 日向は好き好きって、友だちとして言うこともありえるのだが、大好きって。

 それに直接じゃなく、怜から言われるとなんか信憑性がある。

 日向……。

「お願い。お願いよ! どうして無視するの? 私が参謀でしょ? 私だけが参謀でしょ? キララちゃんは最初から参謀がいたの? 私の関係なんて軽い遊びみたいなものだったの? 浮気だったの? うわああああ!」

「ちょっと待て、それ以上大きな声を出すな。母さんあたりに聞かれたら勘違いされるだろ。参謀だから、参謀って言ってるから」

「うわあああ! お願いよ! 捨てないで、なんでも、なんでもするから。お願い。それだけはやめて!」

「僕がクソ野郎みたいに言うな! 元はと言えば炎上の話だったろ。わかったから、僕だって少しはやり返したかったんだよ。落ち着いてくれ。僕の制服もなんかしめっぽい気がするんだが、泣きすぎだよ。深呼吸深呼吸」

「うわああああ!」

 いつものクールさはどこに置いてきたのか、かなり取り乱している。

 唯一の参謀という立場を怜なりに気に入ってくれていたのだろうか。

 本当にキララのことになると普段の人格をどこかへ置いてきたんじゃないかってほど変わってしまう。

 でも、これの中から出てくるアイデアに僕は最近助けられてるんだよな。

「ありがとう。協力者」

 キョトンとした顔で怜は僕を見上げてきた。

 なんか急に落ち着かれると恥ずかしくなってくるんだが。

 思わず目をそらした。

「これでいいだろ?」

「ダメ」

「どうして」

「もう一回」

「え」

「もう一回言って」

 うるんだ目で見上げてくる。

 ここで嫌だと言って叫ばれても面倒か。

「ありがとう協力者」

「へへ。私、役に立ててる?」

「当たり前だろ。今回だって、一人だったらもっとめんどいことになってたかもしれないし」

 ぽんぽんっと頭を撫でてから座り直させて、僕は怜に向き合った。

「さあ、作戦会議といこうぜ。今回の対処はさりげなくやろう。僕は大丈夫でもファンのショックはでかいだろうからさ」

「そうね。やっぱり影斗は優しいわ」
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