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第9話 クラス団結

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 学級委員である庄司さんが人ごみをかき分けて僕の前までやってきた。

 そのまま、僕の目をじっと見つめてくる。

 その視線は大神くんが放つような人を威圧する感覚はない。むしろ、僕が自分を鏡で見た時のような、相手の様子をうかがうような目。

 怯えた、狩られる側の小動物の瞳。

「本当にごめんなさい」

 様子をうかがっていた僕に、突然、庄司さんは頭を下げてきた。別段謝ってくることなど予期していなかったため、なにが起こったのかすぐには判断できなかった。

 いや、みんな謝ってるんだ。予想ぐらいはできた。

 でも、なんとなく庄司さんは頭を下げない気がしていた。

「いや、いいよ」

「よくないわ。私はずっといじめに気づいていたもの」

「そうなの?」

「ええ。私の方から先生たちにかけあってみても全くダメ。それで、クラスのみんなを一人ずつ説得することにしたの。それで昨日、昼休みの時にキララちゃんの話題が上がったでしょ? 私も趣味で広めてたの。このことがきっかけで、大神くんを怖がっていたみんなも、動いてくれたわ。みんな、木高くんに謝るって決めたの。言い訳にしか聞こえないでしょうけど、遅くなって本当にごめんなさい」

 改めて庄司さんは僕に頭を下げてきた。

 庄司さんが動いても先生が取り合ってくれないのは当たり前だろう。僕が直接言っても動くことはこれまで一度もなかったのだから。

 でも、日向はこのことを知っていたから、今朝の提案をしてきたのだろう。

 僕はすぐ近くにいる日向に目をやった。日向は感心したような顔をしている。

 おそらく知らなかったのだろうと思い直した。

「昨日までのことを経験して、ようやく私も一人に抱えさせることじゃなかったと理解できたつもりでいるわ。それでも、私の行動は遅すぎた。木高くんは私たちを許せないと思う。でも、今の私にはこれまでのことを謝罪することしかできないわ。本当に、ごめんなさい」

 庄司さんレベルの完璧人間でも至らなさを悔いることがあるのだ。と思った。

 僕なんてできないことばかりなのに。

 いや、頭を下げさせたままじゃ悪い。

「いいって。そもそも学級委員の手に負えることでもないんじゃない? だから先生でも見て見ぬ振りしたんでしょ? 庄司さんは僕のことをいじめてたわけじゃないし、頭を上げて。そんなに気にすることないって」

「そう言ってもらえるとありがたいわ」

 庄司さんは顔を上げると、目元に涙を浮かべていた。

 まあ、僕に頭を下げるのは屈辱だろうしな。

「それで、お詫びにすらなっていないと思うのだけど、今までとは違うという証拠に新しいクラスチャットを作ったの。よければ入ってくれないかしら」

「僕が入っていいの!?」

「もちろん。むしろ、入ってくれないと困るわ」

「そうそう! 影斗が入らないと怜ちゃんの努力が水の泡なんだから」

「ありがとう」

「礼を言うのはこちらの方よ」

 僕は促されるまま人生初のクラスチャットとやらに入れてもらえた。

 SNSの一つであるチャットアプリのグループ。そのクラス用のグループということのようだ。

 僕はクラスの中で唯一の友達である日向からの招待でクラスチャットに入ることができた。

「これが、クラスチャット……」

 グループなんて、家族の連絡用でしか使ったことがなかった。まさか、他に実在したなんて。

 感動だ。

 そもそも、今までは家族と日向としか使っていなかったチャットに新しい相手が増えるなんて。

 それに、グループに招待されるなんてイベントが僕に訪れるなんて。

 緊急時は日向頼りだったが、これで別の連絡手段も得られたわけだ。

「これまでは日向に頼り切りで悪かった。これからは日向以外にも頼めるよ」

「そこは、悪かった。じゃないでしょ?」

 僕は思わず笑ってしまった。そうだ。日向はこういうところは手厳しい。

「ありがとうだな」

「そう! でも、困ったことがあったら、まずわたしに言ってくれていいから。力になるから。このわたしが」

 日向が胸に手を当てて言ってくる。

「わかったよ。これからも頼りにしてる」

 やっぱり、日向は優しい。僕のことさえ気にかけてくれるんだから。

 周りからからかわれ、ほほを赤く染めているが、そんなになるなら言わなきゃよかったのではと思ってしまう。ま、そこが日向のよさだな。

 なんにせよ日向の負担が減ってよかった。これで、日向も休めることだろう。

 だが、やたら息巻いているし、これからも日向を頼っておくことにするか?

「よろしくな日向」

「なに改まって」

 急な僕のあいさつだったが、日向ははにかみながらうなずいてくれた。

「日向ってわかりやすいからな」

「ねぇ。かげとんとひなたんってどんな関係なのぉ?」

「別にそんなんじゃないから、しーしー」

「このこの。罪な男め。うらやましいな!」

「え? 僕が?」

 急に僕までからかわれだした。

 今までいじめられていたのにうらやましいって。そっち系だろうか。

 残念ながら僕はそっち系ではないし、男にいじめられて嬉しいなんてのはこれっぽっちも感じない。

 まあ、世の中は広いしそういう人もいるのかもしれないけど、あれはそっち系の人が喜ぶ内容だったのだろうか。

「入間さんを泣かせるんじゃねぇぞ」

「え、日向?」

「呼び捨てし合う仲なんて余計うらやましいぞ!」

 ああ、日向のことだったのか。

 でも、別に普通の幼なじみだし、特別うらやましいこともない気がするけど。

 心配かけてしまったこととかか?

 まあ、さりげなく好きそうなケーキでもおごってあげるか。

 僕がそんなことを考えたところで、ガラガラガラ、ピシャッ! っと雰囲気をぶち壊すように、荒々しく教室のドアが開かれた。
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