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第5話 VTuber雲母坂キララ

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 無理をしすぎたのか、走馬灯のように過去の記憶がよみがえってくる。

 いや、思い出そうとしていたからか。

 原因はなんでもいい。

 見えてくるのは僕の心の支え。配信を始め得た時のことだと思う。

 理由はたまたまだった。

「すげぇ」

 動画を見ていた時に知ったVTuberという新しい波。そこに手持ちの道具で乗っかっただけだ。

 正体を隠してできそうだったというのは大きいかもしれない。それだけの理由でなんとなく乗っかったのだ。

 始めた時期は特別早いわけでもなく、資金があったわけでもない。それでも、個人として伸びたのは単に運がよかったのが大きいだろう。

 それでも、自分の力でなにかをした。なにかを成したという実感は今まで他人にいじめられ、まともにやり切ることさえできなかった自分にとってはとても大きな出来事だった。

 常に自信のなかった自分に少しだけ自信をもたせてくれた出来事だった。

「ここでなら、本当の自分でいられる」

 思わずそんなふうに呟いていたほどだ。

 もしかしたら言っていないかもしれない。放送には残っていない。勘違いかもしれない

 だが、学校へ行けばいじめられる。そんな環境とは違い。当初二人しかいなかった配信の視聴者を分析と工夫、改善によって、徐々に増やすことができた。自分の行動でも世界に影響を与えられるのだと、自分の常識を変えてくれた。

 今でも覚えている。

 登録者が十人になって喜んだ日。百人に増えて心が震えた時。千人になって調子に乗った時期。一万人まで伸びたものの、悩んでいた日々。

「キララさん。キララちゃん」

 そう、僕はVTuber雲母坂キララ。

 金髪ロングでアホ毛が星形。ピンクを基調としたフリル多めのブラウスとスカートという格好の女の子。

 イラストという、いじめのきっかけともなった好きなことから生まれた僕のオリジナルキャラクター。

 何度、「キモい」「ありえない」「引く」「どうせ意味ない」と言われてきたか。学校では一度として認められることがなかった。

 しかし、どれだけバカにされてもこっそりと続けてきた。その結果がこれだ。

 今でも時折アバターを修正している。

 個人としてはかなりの出来だと自負しているが、これは親バカだろうか。

 視聴者のみなさんは。

「キララさん」

「キララちゃん」

 なんて、呼んでくれる。

 一人称を変え、ボイスチェンジャーを使い、声もどうにか高めに出し、見た目までバーチャルのもの。

 そこまでやれば、誰からもバレることはない。

 そう確信して始めたようなVTuber。最初はこれまでの人生同様伸びることなど期待はしていなかった。

 でも、ある日の配信中。

「キララちゃん。登録者、登録者」

「キララさん。今の登録者は?」

 なんてコメントが多く流れていた。

「アタシの今の登録者?」

 僕はどうしてそんなコメントが流れるのか理解できなかった。

「え、え?」

 しかし、確認してみて変な声が漏れていた。

 節目節目で記念配信はしていた。最初はペースが早かったが徐々に遅くなっていった。

 さらに、ここ最近は現実逃避気味にただ配信をするだけ、いや、配信について考えることで現実逃避してお祝いなど忘れていた。

 あたらめて確認してみて、自覚した。

 だいぶ前に見たVTuberのトップ。その登録者よりも少し多そうだった。今はもっと多くなっているのだろうが、そんなことは関係ない。

「やっ……たー!」

 なんであろうとトップという存在に肩を並べられたようで、足元から興奮が上がってくるのを感じた。

 体が熱くなるのを感じながらも、飛び上がりたい衝動をグッと抑え、僕はその日の予定も忘れて視聴者の皆さんと急遽達成した登録者の記録、節目のお祝い配信を始めてしまった。

 そう。これが、僕の心の支え。

 これが、僕がすがるもの。

「みなさん本当に見てくださりありがとうございます!」

 僕にとってのもう一つの日常であり、今のところ侵されることがない唯一の僕。
 



「ってて」

 尻もちをついた衝撃で僕の意識は現実に引き戻された。

  ずっと配信していたような不思議な感覚もあるが、どうやら僕はまだ学校にいたようだ。

「ぼーっとしてんじゃねぇよ!」

 大神くんの言葉を合図とでも言うように、隣にいる山原田くんと五反田くんが雑に僕のことを蹴ってくる。

 どうやら、僕は解放されたらしい。いや、意識を取り戻した状況を考えれば無理やり叩きつけられたのだろう。

 解放されたのは手足だけ、ボロボロの今はまともに逃げ出すことさえできない。

「おい、聞いてるか! 二度と今日の昼間のハーレムみたいなことを繰り返してみろ。今日の比じゃ済まないからな!」

 昼間。なんのことだ? それより、僕は早く帰って準備をしないと。

「なんだその笑いは気持ち悪い。わかってんのか!」

 僕は仕方なくうなずいておく。

 大神くんも多少は満足したのか、ふんっと鼻を鳴らした。

 ダメだ。まともに思い出せない。

 なんとか思い出そうとするも、そんな矢先三人は僕に対してツバを吐きかけてきた。

「さっさと帰って傷を治すんだな。そんな見た目じゃ学校来れないだろ」

「大神くんの心配だ。ありがたく受け取れ」

「そういうこと」

「じゃあな。影斗くん」

 三人はそれだけ言い残すと僕から離れていった。

 誰もいなくなったというのに僕は動き出せないでいた。

 意識が飛ぶほど殴られすぎたせいで、いまだに頭がぼーっとしている。

 昼間のこととやらも思い出せない。

 なにがあった? いや、僕にとってなにか大切なことがあったような。

「うっ、頭が!」

 痛い。頭が痛い。ズキズキ痛む。

 頭痛がする。もう殴られていないのに、まだ殴られている気になってくる。

 そんな激しいことがあっただろうか。

 僕は痛む頭を押さえながら、どうにか昼間のことを思い出そうとした。
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