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第182話 勝負にしたがるので仕方なく決着させたい
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「俺のターン!」
意気揚々と声をあげ、咲夜は画面を楓に向けた。
葛のアトリエで初めて描かれる咲夜の絵を、楓はじっと見入った。そして、しばらく見つめていた。
しかし、パッと見てしっくりこなかったせいで、楓は首をかしげた。
咲夜の持つ画面に描かれていたのは、楓の全く知らない画風の絵だった。
「あれ? それ咲夜の絵?」
「そうなんだよ。俺もテンション高く見せたんだけど、どうしてか上手く描けなかったんだよ。すまん兄者」
申し訳なさそうに謝る咲夜に楓は首を横に振った。
「いやいや、絵柄がいつもと違うだけで、よく描けてると思うけど?」
「本当!?」
目を大きく見開く咲夜を前に、今度の楓は首を何度も縦に振った。
「本当だよ」
以前の咲夜の絵は芸術的と言えば聞こえはいいが、簡単に言えば何が描かれているのかすぐにはわからない絵だった。
どれだけやっても絵柄は変わらなかった。
だが、楓はその絵を好いていた。単純に何が描かれていようと心が躍った。
しかし、今はと言うと、
「無茶苦茶実物にそってるというか、写真みたいに描けてるよ」
「うーん。それは喜んでいいのか……」
咲夜は腕組み考え出した。
楓がいいと言っても、どうにも絵柄に納得できないらしく、深く考え込んでいた。
「いいんですよ!」
楓の代わりに葛が答えた。
「そっくりそのまま描くことだって技術が必要なんです。だから、それでいいんです」
「だってさ。葛が言うんだからそうなんだよ。葛は僕よりも絵が上手いからね」
「なるほど。わかった。船津さんもありがとう」
「いえ、私は何もしてませんよ」
笑い合う二人を見て、楓はすでにいい関係だなと頬をほころばせた。
「ところで、楓はどの絵が一番好きなのだ?」
「え……?」
何気なく言う真里の言葉に楓は固まった。
「楓の一番が知りたいのだ」
「俺も気になる」
「まあ、せっかく描いたんだしね」
「そうですね。あるんですか? 一番」
真里に続き、全員が好奇の目で楓を見つめ出した。
取り囲まれる形ではあるものの、楓は半歩身を引いた。
「ええっと……」
期待されつつも、楓は全員から目をそらした。
競争にしない。それが楓の当初の考えであった。
勝負にしてしまっては守れないこと。結果的に勝負になる分にはいいかもしれない。しかし、そうでないかもしれない。もうすでに十分仲良くなっているような気もするし。
楓はあれこれ考えてから、のけぞった姿勢をやめた。
「じゃあ、せっかくだし結果発表をしようか」
楓は真剣な表情を作って、それぞれの顔を見回した。
改めて、ゆっくりと歩きながら、じっくりと画面に描かれた自分の姿を見て回った。
どれも自分には描けない自分の姿だ。
楓はそんなふうに思いながら、四枚の絵を見終えた。
そして、息を長く吐き出し、笑みを作った。
「どうなのだ?」
「まあまあ、落ち着きなって」
焦る真里をなだめてから、楓は一つ咳払いをした。
「それでは結果を発表します」
口でドラムロールを再現してから、楓は顔をあげた。
「みんなすごいのでみんなが一番でーす!」
楓がはっきり言うと、目にも止まらぬ速さで真里が走り出し、楓の肩を握りしめた。
「どういうことなのだ!」
「うわぁわぁ」
いきなり前後に勢いよく揺さぶられ、楓はすぐに頭を押さえた。
「え? 一体どうしたの?」
「私は真剣にやったのだ。それをちゃかされて、ちょっと動揺してしまったのだ」
「いや、ちょっとの動揺でそうなる? それに、僕は茶化してないよ。真剣にみんなが一番だと思っただけだって」
「そうなのか?」
「そうだよ。そもそも、それぞれが一番を決めればいいと思うんだよ」
「むう」
口を尖らせつつも真里は楓の肩から手を離した。
「ね。真里は真里の一番を決めればいいんだよ。向日葵なら向日葵の一番」
「だったら!」
急に声を上げたことで、向日葵に視線が集中した。
「どしたの向日葵」
「だったら、私にとっての一番はやっぱりこの一枚かな」
今この場にない絵を向日葵は提示した。
それは、スマホのカメラで収められた一枚。
その絵は、楓が向日葵との仲直りのために描いた一枚だった。
「これ、本当に兄者が描いたの?」
「そうだよ。はは」
前世での楓の画力を正確に知っている咲夜は、驚いたように向日葵の持つスマホに食いついていた。
「兄者努力したんだね」
「いや、まあね。葛が教えてくれたから」
「船津さんが?」
「そうです。楓さんは私が育てたと言っても過言じゃありません」
柄にもなく葛は胸を張って答えた。が、すぐに頭をかきながらはにかんだ。
「なんてことはないんですよ。確かに、私が楓さんに教えましたが、実力は楓さんのものですよ」
「そうかな?」
「そうですよ。だって、いくら教えたってやらない人は絶対やりませんからね」
葛の言葉を聞いて、楓は自分のやってきたことが救われた気がした。
努力。それは、いつ実を結ぶのかわからないもの。
だが、見てくれている人はいるそんな風に思えてきた。
「やってよかったのかな?」
「そう思えてもらえたなら私も嬉しいです」
笑顔の葛を見て、楓はやはりこれからも絵を続けるべきだと感じた。
しかしこれも、葛が楓の話を聞いてくれたからできたことだ。
そう思うと、楓は向日葵と咲夜の二人に自分の意見を押し付けてばかりだと思えてきた。
「どうしたの兄者。急に考え込んで」
「いや、僕も捨てたもんじゃないなってことと」
「そりゃそうだよ。兄者は兄者でいいんだよ」
「う、うん。ありがとう」
熱い咲夜に若干引きながら、楓は目を伏せた。
それは、二人からあまり話を聞いてこなかったことを思い出したからだ。
顔を上げ改めて二人の顔を見る。
今回のことが楽しかったのか、最後に楓の絵を披露したのがよかったのか、二人とも表情は晴れていた。
険悪な雰囲気もなく、喧嘩していたことは嘘のように自然な状況だった。
「なあ、楓は今日描かなくてよかったのか?」
「あ、そうか。僕まだ何も描いてないのか」
楓は思い出したように辺りを見回した。
楽しそうにしている向日葵たちを見て、少しくらいは遊んでもいいだろうと思った。
「葛、まだここって使っていいんだよね?」
楓の言葉に葛はすぐに頷いた。
「いいですよ。描かせてもらいましたし」
「ありがとう。じゃ、僕もみんなを少しずつ描いていくよ」
「それ、どういうことなのだ?」
興味津々の真里に笑みを浮かべながら、楓は筆を手に取り画面に向かった。
話を聞くことは必要かもしれないが、今は絵を描こう。まずはそれからだ。
楓はそう考えて、筆を走らせ始めた。
意気揚々と声をあげ、咲夜は画面を楓に向けた。
葛のアトリエで初めて描かれる咲夜の絵を、楓はじっと見入った。そして、しばらく見つめていた。
しかし、パッと見てしっくりこなかったせいで、楓は首をかしげた。
咲夜の持つ画面に描かれていたのは、楓の全く知らない画風の絵だった。
「あれ? それ咲夜の絵?」
「そうなんだよ。俺もテンション高く見せたんだけど、どうしてか上手く描けなかったんだよ。すまん兄者」
申し訳なさそうに謝る咲夜に楓は首を横に振った。
「いやいや、絵柄がいつもと違うだけで、よく描けてると思うけど?」
「本当!?」
目を大きく見開く咲夜を前に、今度の楓は首を何度も縦に振った。
「本当だよ」
以前の咲夜の絵は芸術的と言えば聞こえはいいが、簡単に言えば何が描かれているのかすぐにはわからない絵だった。
どれだけやっても絵柄は変わらなかった。
だが、楓はその絵を好いていた。単純に何が描かれていようと心が躍った。
しかし、今はと言うと、
「無茶苦茶実物にそってるというか、写真みたいに描けてるよ」
「うーん。それは喜んでいいのか……」
咲夜は腕組み考え出した。
楓がいいと言っても、どうにも絵柄に納得できないらしく、深く考え込んでいた。
「いいんですよ!」
楓の代わりに葛が答えた。
「そっくりそのまま描くことだって技術が必要なんです。だから、それでいいんです」
「だってさ。葛が言うんだからそうなんだよ。葛は僕よりも絵が上手いからね」
「なるほど。わかった。船津さんもありがとう」
「いえ、私は何もしてませんよ」
笑い合う二人を見て、楓はすでにいい関係だなと頬をほころばせた。
「ところで、楓はどの絵が一番好きなのだ?」
「え……?」
何気なく言う真里の言葉に楓は固まった。
「楓の一番が知りたいのだ」
「俺も気になる」
「まあ、せっかく描いたんだしね」
「そうですね。あるんですか? 一番」
真里に続き、全員が好奇の目で楓を見つめ出した。
取り囲まれる形ではあるものの、楓は半歩身を引いた。
「ええっと……」
期待されつつも、楓は全員から目をそらした。
競争にしない。それが楓の当初の考えであった。
勝負にしてしまっては守れないこと。結果的に勝負になる分にはいいかもしれない。しかし、そうでないかもしれない。もうすでに十分仲良くなっているような気もするし。
楓はあれこれ考えてから、のけぞった姿勢をやめた。
「じゃあ、せっかくだし結果発表をしようか」
楓は真剣な表情を作って、それぞれの顔を見回した。
改めて、ゆっくりと歩きながら、じっくりと画面に描かれた自分の姿を見て回った。
どれも自分には描けない自分の姿だ。
楓はそんなふうに思いながら、四枚の絵を見終えた。
そして、息を長く吐き出し、笑みを作った。
「どうなのだ?」
「まあまあ、落ち着きなって」
焦る真里をなだめてから、楓は一つ咳払いをした。
「それでは結果を発表します」
口でドラムロールを再現してから、楓は顔をあげた。
「みんなすごいのでみんなが一番でーす!」
楓がはっきり言うと、目にも止まらぬ速さで真里が走り出し、楓の肩を握りしめた。
「どういうことなのだ!」
「うわぁわぁ」
いきなり前後に勢いよく揺さぶられ、楓はすぐに頭を押さえた。
「え? 一体どうしたの?」
「私は真剣にやったのだ。それをちゃかされて、ちょっと動揺してしまったのだ」
「いや、ちょっとの動揺でそうなる? それに、僕は茶化してないよ。真剣にみんなが一番だと思っただけだって」
「そうなのか?」
「そうだよ。そもそも、それぞれが一番を決めればいいと思うんだよ」
「むう」
口を尖らせつつも真里は楓の肩から手を離した。
「ね。真里は真里の一番を決めればいいんだよ。向日葵なら向日葵の一番」
「だったら!」
急に声を上げたことで、向日葵に視線が集中した。
「どしたの向日葵」
「だったら、私にとっての一番はやっぱりこの一枚かな」
今この場にない絵を向日葵は提示した。
それは、スマホのカメラで収められた一枚。
その絵は、楓が向日葵との仲直りのために描いた一枚だった。
「これ、本当に兄者が描いたの?」
「そうだよ。はは」
前世での楓の画力を正確に知っている咲夜は、驚いたように向日葵の持つスマホに食いついていた。
「兄者努力したんだね」
「いや、まあね。葛が教えてくれたから」
「船津さんが?」
「そうです。楓さんは私が育てたと言っても過言じゃありません」
柄にもなく葛は胸を張って答えた。が、すぐに頭をかきながらはにかんだ。
「なんてことはないんですよ。確かに、私が楓さんに教えましたが、実力は楓さんのものですよ」
「そうかな?」
「そうですよ。だって、いくら教えたってやらない人は絶対やりませんからね」
葛の言葉を聞いて、楓は自分のやってきたことが救われた気がした。
努力。それは、いつ実を結ぶのかわからないもの。
だが、見てくれている人はいるそんな風に思えてきた。
「やってよかったのかな?」
「そう思えてもらえたなら私も嬉しいです」
笑顔の葛を見て、楓はやはりこれからも絵を続けるべきだと感じた。
しかしこれも、葛が楓の話を聞いてくれたからできたことだ。
そう思うと、楓は向日葵と咲夜の二人に自分の意見を押し付けてばかりだと思えてきた。
「どうしたの兄者。急に考え込んで」
「いや、僕も捨てたもんじゃないなってことと」
「そりゃそうだよ。兄者は兄者でいいんだよ」
「う、うん。ありがとう」
熱い咲夜に若干引きながら、楓は目を伏せた。
それは、二人からあまり話を聞いてこなかったことを思い出したからだ。
顔を上げ改めて二人の顔を見る。
今回のことが楽しかったのか、最後に楓の絵を披露したのがよかったのか、二人とも表情は晴れていた。
険悪な雰囲気もなく、喧嘩していたことは嘘のように自然な状況だった。
「なあ、楓は今日描かなくてよかったのか?」
「あ、そうか。僕まだ何も描いてないのか」
楓は思い出したように辺りを見回した。
楽しそうにしている向日葵たちを見て、少しくらいは遊んでもいいだろうと思った。
「葛、まだここって使っていいんだよね?」
楓の言葉に葛はすぐに頷いた。
「いいですよ。描かせてもらいましたし」
「ありがとう。じゃ、僕もみんなを少しずつ描いていくよ」
「それ、どういうことなのだ?」
興味津々の真里に笑みを浮かべながら、楓は筆を手に取り画面に向かった。
話を聞くことは必要かもしれないが、今は絵を描こう。まずはそれからだ。
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