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第140話 迫られるのでどうにか案を出したい

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 真里にジロジロと見つめられ、楓は気まずさを覚えた。逃げ場のないような、そんな雰囲気に冷や汗が止まらなくなっていた。
 向日葵に楽しませることを任せられたものの、考えがなければ不満が爆発しかねない。永住できそうだからといって、楽しませないでも無事でいられるとは言われていない。
 なんなら、いつどんな時も楽しませなければいけないことを考えると、難易度は上がってしまったかもしれない。
 少なくとも、ここで油断してしくじれば、せっかく向日葵が考えを考えを改めてくれたことも無駄になってしまう。

「なあ、まだか? まだなのか? さすがに待ちくたびれたのだが」
「待って。もうちょっと待って。人間の思考はそんなすぐにトップスピードにならないんだって」
「そうなのか? でも、もう少しだけだぞ?」

 今は向日葵との仲が改善したことによる当分の期間なのか、大目に見てもらえているようだ。
 だが、それがいつまで続くかはわからない。
 早めにいい感じのネタを見つけ、焦りから解放されたい。そんな思いで腕を組み替え、楓は眉にシワを寄せた。歩き出してすぐに、ハッとしてカバンまで駆けると中を探った。

「これなんてどうかな?」
「ほう。その板は学校でもたびたび見ていたが何ができるのだ? 投げるとかか?」
「いや、めんこじゃないし」

 振りかぶって叩きつけるような動作に、楓は呆れたように声を漏らした。
 相変わらず知識の偏りが激しい。

「じゃあなんなのだ?」
「これはね。スマホって言うんだけど、そんな説明はいいとして。とりあえずやろうか」
「やるって何をするのだ?」

 スマホのロックを解除してアプリを起動。
 鼓膜が破れるかと思うほどの音量がいきなりスマホから漏れた。いきなりのことで、部屋の全員がびくりと肩を震わせた。楓は慌てて音量を下げる。

「今、今その板から人の声が聞こえたぞ? もしかして人を封印しておける道具なのか?」
「ふふふ。さすが真里。よくぞ見破った。このスマホは人間を封じ込め、声を出させることができるのだ。人間はそこまで進歩しているのだよ」
「すごいのだ! 早く私にも遊ばせるのだ!」

 なーんて冗談でしたーと言うつもりだった楓だが、目の前の真里は信じ込んでしまい目を輝かせている。
 面白いからこのままでいいかと、楓は深く説明することを諦めた。
 楓から無理矢理奪い取ろうとする真里のおでこに手を当て、楓は接近を防ぎながら曲を選択した。

「まあまあ落ち着こうか。まずはお手本を見てからの方がいいでしょ」
「確かにな。私も知らぬことはわからないからな。そのすまほとやらも実際に触れたことはまだないわけだし」
「でしょ? だから僕の手元を見てて」

 楓は向日葵のうまさに打ちひしがれてから、練習を重ねてきた音ゲーを披露することにした。
 最難関は未だ実力が届かないものの、最高難易度の中で一番簡単な曲ならばクリアできるまでになっていた。
 練習の成果か、今まで緊張しいだったのか、はたまた季節のせいか。手汗も落ち着き、楓は指を安心して画面の上で動かした。
 一つ、一つとノーツを叩き、そして、向日葵と出会う以前は全く実力の届かなかった曲を、最後まで叩ききった。

「とまあ、今見せたのはできることの一部なんだけど、こんな風にタイミングよく画面を叩くゲームもできるんだよ」
「ほう? だいたいわかったのだ。ところで、楓は今ので精一杯なのか?」
「そうだけど」
「ならば、今から私が楓を超えてやろう。人間の実力ぐらいは簡単に超えられるということを見せてやるぞ」

 真里の実力のほどはわからないものの、そこまで言うならと、楓は黙って最難関の曲を選んで真里にスマホを手渡した。

「そこまで力入れなくていいからね? 触れる程度で大丈夫だから。多分全力で握ったら壊れちゃうから」
「わかったのだ」

 何度か画面を確かめるようにタップすると、それだけで仕組みを理解したのか、真里は真剣な表情で画面を見つめ出した。
 まるで、獲物を狩る前の肉食獣のように、真里は今か今かと画面を食い入るように見ていた。
 そして、一つ目のノーツの動きとともに、体から無駄な力を抜いたように見えた。
 そこから、楓はまばたきすることを忘れてしまうほどだった。音が聞こえ出しただけで、うわぁと思ってしまうような曲。自分では叩くことのままならないものを、真里はいともたやすくやってのける。
 楓ならすでにミスを連発していたところだが、真里はミスなく指を動かした。
 結果、真里は一度もコンボを途切れさせることなく、全てパーフェクトで曲を終えた。

「ふふふ。見たか楓。これが私の実力だぞ」
「……すごい」

 純粋に賞賛の声をかけられると思っていなかったのか、真里はキョトンとした表情で楓の言葉に目をしばたかせた。
 だが、すぐに満足そうな笑みに変わり、胸を張って高笑いをあげた。

「そうだろう、そうだろう? もっと褒めていいのだぞ?」
「いや、すごいよ。悪魔も神並みの実力があるんだね」
「まあな。生まれも育ちも同じ場所だからな」
「でも、やっぱりショックだな。結構練習してきたつもりだったのになぁ」

 楓がどれだけやってもできないものを、真里は初めてにも関わらずやってのけた。他のことなら腹も立ったかもしれないが、ここまで差を見せつけられては感心せずにはいられなかった。
 そもそも、比較対象が人間ではないのだから、しょげても仕方ないのだが、楓は肩を落とさずにはいられなかった。これまで何をしてきたのだと思ってしまう。
 楓は呆然と何もない空間を見つめていた。その目は虚だった。

「それは褒めているのか?」
「褒めてるよ。すごいよ」
「そ、そうか。まあ、わかればよいのだ。わかればな。だが、大丈夫か?」
「僕? 大丈夫だよ」
「そうか。いやーこれは面白いな。熱中してしまうな。もっとやっていいのか?」
「いいよ」

 楓がどうぞと手を出すと、真里は嬉しそうに笑って、嬉々として別の曲を選び出した。もう、すっかり扱い方を理解したようだった。
 一通りやり方を見せただけなのにな、と楓は放心していた。
 ため息が出るほど、真里は完璧に曲をこなしていた。向日葵の時もそうだったが、当時よりも難しい曲を解放しており、それすら真里の敵ではなかった。
 どっちがうまいんだろう。なんて無粋なことを考えていると、向日葵はでんとタブレットを床に置き、真里に向かい合った。
 対抗するのかと思っていると、向日葵はずいと真里に向けてタブレットを差し出した。
 さすがの真里も向日葵の行動には訝しむように目を細めた。

「スマホよりタブレットの方がやりやすいから、私の使っていいよ」
「いいのか?」
「うん」

 警戒しながらおそるおそると言った様子で真里はスマホを床に置いた。
 何かしかけられていないか、確認してから、タブレットを自分の場所まで動かした。

「使い方は同じだから。あと私はイヤホンした方が集中できてやりやすいと思う」
「これか?」
「そう。耳の穴に入れる感じ」
「耳の穴に入れるのだな?」

 真里は猫耳の耳穴にイヤホンをつけた。位置的にコードが邪魔そうだったが、気にしていないようだった。
 真里の反応を見るに、向日葵の魂胆は大音量にしてイヤホンを渡し、驚かせようということではないらしい。のけぞって驚くというよりも、感動に目を見開いているように見えた。いちいち楽しそうに笑みを浮かべながら、いくつか操作を試し、曲の選択をしていた。少なくとも見えた分は、全ての曲を全ての難易度で、完璧にクリアしていることがわかった。
 さすが向日葵だ。うわあと思っていると、試すように真里は最難関曲を選んだ。そんな真里の様子を見て、向日葵は楓のスマホで同じ曲を選んだ。
 当たり前だが、端末が変わることで調子が狂うようなことはなかった。弘法筆を選ばず。そこからは二人とも延々とコンボをつなげているだけだった。
 楓は自分の実力のなさに再び打ちひしがれ、現実に呆然とした。
 これが神と悪魔の戦いかと思うと嫌になり、楓は目の前の光景から目をそらした。

「どう? どっちのがやりやすい?」
「向日葵が言うだけあり今のだな。だが、向日葵もやるのだな。俄然やる気が出てきたわ」
「そう? 私は相手がいなくてもいいけど」
「張り合いがないな」
「別に競争じゃないしね。でも、下ばっかり見てると首痛くなるない?」
「何? そうなのか? って大丈夫なのだ。私は人よりも丈夫なのだ。あ! あああああ!」

 つられて顔を上げてしまったのか、真里の絶叫が部屋に響いた。

「おい。邪魔をするとは卑怯だぞ。今まで引き分けていたじゃないか」
「邪魔なんてしてないよ。気を遣って教えてあげただけだよ」
「むうう。そうだが、納得いかないのだ」
「そう言われても」
「納得いかないのだ!」

 仕返しなのか、真里は向日葵の体を揺らしてあからさまに邪魔をし出した。

「私はそれくらいじゃミスしないよ」

 しかし、向日葵は一度もミスをせず、勝利は揺らぐことはなかった。
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