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第108話 ダイエット

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 トレーニングをヘトヘトで終えると、楓は向日葵に背負われていた。
 いつものように、抱きかかえられるというのとは違い、今日の楓は向日葵の背中に乗っかっていた。
 当初はよろよろになりながらも遠慮していた楓だったが、抵抗虚しく簡単に背負われてしまった。だが、疲れているせいか、不思議と居心地のよさと安心感を抱き、このまま眠ってしまうのも悪くないなどと考えていた。
 実際にやり終えると、やっている間は長く感じられたものが、桜の言葉通りすぐだった。階段という場所自体もそこまで長くなく、回数も十本ということで早くに終わり、トレーニングのしすぎもよくないということで、そこで解散となったのだった。
 しっかりとウォームアップもクールダウンも盛り込んでいることを考えると、やはり、真剣なのだろうなと感じられた。
 それにしても、まだ眠るには早い時間。そう、まだ昼間だった。にも関わらず、心地よい疲労感から、うつらうつらとしていると、気づけば向日葵の屋敷の中。
「ささ、たーんとお食べ」
 向日葵の言葉で我に返ると、目の前には山盛りのサラダに、色々な魚の刺身が並べられたテーブル。そして、両手を広げる向日葵の姿があった。
 いつの間にか家に連れ込まれ料理を振る舞われていた。
 先ほどまで外を歩いていたはずが、気づけば屋敷。高速移動にも慣れたものだな、などと感慨深いように考えていたがすぐに頭を振った。
「何これ。どういうこと?」
 話が見えず、楓は言った。
「楓のお母さんには、私から話してあるから大丈夫だよ」
「いや、何の話をしたの? 全然わからないんだけど、これは一体どういうこと? 僕がぼーっとしてる間に何があったの?」
「お昼ご飯だよ。ダイエットに協力するためのね。善は急げって言うでしょ」
 そう言われると、野菜大量のサラダに魚。デザートも果物で体によさそうである。
 だが、そうは言っても野菜の量が多かった。
「これを食べろと?」
「そう。美味しいものを食べるのもいいけど、体には気をつけないとね。私は何を食べても大丈夫だけど、楓はそうじゃないんでしょ?」
「まあ、向日葵達の力が直接は効かないこと以外は普通に人間だからね」
「でしょ? だから、私もこれからは健康志向ってことで」
 そう言うと向日葵は美味しそうに葉っぱを口にし出した。
 ほとんど味という味はしないと思うが、まるで高級ステーキでも口にするように美味しそうに食べている。
 楓も思わず生唾を飲み込んだ。
「でも、運動とかじゃないんだ」
「運動もいいけど、休憩は必要でしょ? それに、今日はもう疲れたでしょ?」
「できることならもう休みたいかな?」
「ならちょうどいいじゃん。美味しいよ?」
 神である向日葵は、人間の体をしていながら、人間の常識に縛られていない。体の回復は能力で行えるのだろう。そのため、栄養などほとんど関係なく、好きなものを食べても太ることはない。もとより、茜の力のせいで、太ろうとしてもほとんど変化はないのだろう。
 そんな向日葵が、人である楓のの基準に合わせて食を提供し、しかも何もメリットがないはずだが、同じものを一緒に食べてくれるという。
 ならば、食べない訳にはいかないだろう、と楓はフォークを手に持ち、山盛りサラダへと突き刺した。串刺しにしたものを容赦なく口へと運ぶ。
 やはり野菜である。違いがあるとすれば、いつもよりみずみずしいくらいで、普段食べているものと変わらない。味付けも薄い塩味があるだけで、やはりサラダはサラダである。
 まずくはなく、どちらかと言えば美味しかったが、向日葵が幸せそうに食べるほどには、美味しいとは感じられなかった。
 続けて刺身。どの魚も生で、焼かないことにもこだわりがあるのかもしれない。せっかく塩分控えめにしてくれていることもあり、あまり醤油をつけすぎないようにして楓は食べることにした。まず手をつけたのは脂の乗ったサーモンであった。
「うまぁ」
 こればかりはサラダと違い、間違いなく美味しかった。口に入れると脂が広がり、とろけるような思いだった。
 他にもマグロやカツオなど色々な魚を口にしたが、どれもこれもで楓は思わず笑顔になっていた。
 魚も野菜も嫌いでないため、量には圧倒されたが、苦もなく食べ進めることができた。
「持つべきものは料理上手の彼女だなぁ」
 しみじみ口にしながら言葉に出していた。
 と思ってから盤面を見返す。サラダ、おそらく洗っただけ。刺身、おそらく切っただけ。
「ありがとう」
 と嬉しそうに笑う向日葵の顔を見てから、再度テーブルに並べられた皿に盛られた料理を見てみる。サラダと刺身。
「あれぇ?」
 そんな姿が物欲しそうにしているように見えたのか、向日葵はすぐさま隣の部屋に通じる扉を開け、中に入っていくと冷気を漂わせながら、マグロ丸々一匹と包丁を手に戻ってきた。
「まだまだあるからね。食べ過ぎは厳禁だけど、まあ、一日で食べ切らなくても保存はいくらでも効くし」
 そうして、にこやかな向日葵の姿を見て、楓は少し前の光景がフラッシュバックした。
 向日葵によって家に運び込まれ、今座っている椅子に下ろされると、目の前にはデカデカとマグロが一匹。
 寝ぼけてボケーっと見ていたが、向日葵はマグロの解体ショーをしていたのだ。どこから持ってきたのかわからないが、マグロを解体できるならば料理が下手ということはないだろう。
「足りてる?」
「も、もちろん」
 返事がなかったためか、不安そうに首をかしげる向日葵に、楓は勢いよく首を縦に振った。
「ならよかった」
 と引っ込んでいく向日葵を見て、楓はホッと息を吐き出した。危うくこれで料理かなんて言いそうになったが、声に出していないため、楓は心の中で謝るにとどめた。
 すぐに戻ってくると、向日葵は再び食事に戻った。
「でも、向日葵の手料理初めてじゃない?」
「何を今さら、いつも弁当を食べてるじゃん」
「あ、そっか。それにしても、あんな解体ショーなんて驚いたよ。てっきり運動した後でも、運動できる装置とか作って待ち構えてるのかと思ったよ」
「どうして?」
「いや、なんとなくだけど、屋敷の一部をアスレチックに改造して、トレーニングに使えるようにする! とか、僕のイメージだとやりそうなんだよね」
「なるほど! それは面白そうだね!」
 ついていなかったはずのやる気に、火をつけてしまったのか。向日葵は楓を指さしながら勢いよく立ち上がった。
 そんな向日葵が、楓には情熱に燃えているように見えた。気持ちを誤魔化す意味で、余計なことを口走ってしまったかなと冷や汗をかいた。
 しかし、立ち上がったのも束の間、向日葵は再び席に戻った。
「どうしたの?」
「とりあえずご飯だね」

 食べ終えた。
 明らかに楓一人で食べきれる量ではなかった料理達は、案の定残された。しかし、その残りは向日葵が美味しそうに食べ尽くしたことで、食べ残しはゼロである。よかったよかった。と思い、楓はお腹を撫でながら背もたれに寄りかかった。
「動いて食べたら眠い。さっきまで眠かっただけに余計に眠い」
 まぶたを重そうに動かしながら、楓はすでにまどろんでいるようで、極楽気分のように幸せそうな笑みを浮かべていた。
「食べた後にすぐ寝ると太るよ」
「だよね。でも、眠い。無茶苦茶眠い」
「だったら!」
 と言って向日葵は勢いよく席を立ち、床の一角に向けて両手を突き出し、
「はっ!」
 と言い出した。
 突然の出来事にあっけに取られながら、楓はあくびをかきつつその様子を眺めていた。
「もう! 楓のためにやってるんだからね」
「いや、何してるのかわからないんだけど。何してたの?」
「ふっふっふ。よくぞ聞いてくれた」
 楽しそうに笑みを浮かべながら、
「ジャジャーン」
 と言って向日葵は両手を先ほどの床へと向けた。
「だからなんなのさ」
「これがアスレチックの試作だよ」
「どこが?」
 向日葵は自信満々に言っているが、楓には何をしたのか全くわかっていなかった。
 特に何かをしたようには見えず、目を凝らしてみても変わらなかった。だが、何かをしたように見えなくとも、何かをすることができる。それが神様達。向日葵も何かをしたのだろうが、床が特に変わったようには見えなかった。
 寝ぼけ眼をこすりながら、楓も席を立ち、一応警戒しながら歩を進めた。
 最初こそわからなかったものの、向日葵が示していた床が近づいてくると、だんだんと何が起こっているのかが理解できてきた。
 床が動いているのだ。それもゆっくりと。
 そっと足を乗せると、勝手に足が移動させられる。まるで空港などにある動く歩道やルームランナーのように床が動いているのだ。
 実態がわかると楓は楽しくなってきて、両足を乗せ、勝手に運ばれるのを体感してから、ゆっくりと歩き出した。
「どう? わかったでしょ?」
「うん。こんなのできるんだね。でも、これがアスレチック?」
「今はね。いきなり作ってもよかったけど、もう疲れてるだろうから、今回はこの程度でね」
「そっか」
「あとは、急に作るとなると、面倒なことになりそうだから、計画してからってことでね。あんまり大きく変えるとお姉ちゃんにも怒られるし。でも、これくらいなら問題ないよ。腹ごなしにもなるでしょ?」
「そうだね。歩いてたら眠気も吹き飛んだかな」
「よかった」
 楓の言葉を聞いて、向日葵はホッと安心したように笑みをこぼした。
 それから、向日葵もまた、楓にほど近い床に立ち、
「わー」
 と言って後方に運ばれてから、ゆっくりと歩き出した。
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