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第83話 モチーフ探しの散策

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 まだ暑さが残る中、楓は特段の当てもなくぶらぶらと歩いていた。
 一人でではなく向日葵と桜、それに椿とともに歩いていた。
 四人に目的はあったが、目的地はなかった。少なくとも楓は目的地を聞いていなかった。
「せっかくだし椿たんの描くポスターのヒントになるようなものを探さない?」
 と提案してきたのは桜だった。
 突然のことに、少しの間固まった楓だったが、桜が突然言い出すことには慣れてきていた。
「僕はいいけど、椿はいいの?」
 平然と楓はあくまで椿に聞いた。
 桜はノリノリで一人でも勝手に椿について行ってちょっかいを出しそうだった。そのため、桜の監視も兼ねて、本人の意見を聞いてみるべきだろうと思ったからだった。
 しかし、とうの椿は迷うことなく首を縦に振った。
「もうほとんど何を描くのかは決まっているけど、色々と見て回るのはいいかもしれないわね」
 と言った。
 桜の提案がすんなり受け入れられたことに驚きつつ、楓は今度は向日葵を見た。
「向日葵も行く?」
「もちろん!」
 ということで、四人で近場をうろうろしていた。
 なんだかんだと初めて歩く道だな、と楓は思った。
 散歩をするにしても決まった道を通る。他のタイミングで出かけるにしても、行く場所が限られていた。主に行くのは学校やショッピングモールくらいで、時々歩いて向日葵の家に行き、あとは桜の家に行ったことがある程度だった。近所にも関わらず、今までほとんど街並みを理解していなかった。
 楓は元々新しい場所に行くことに関して、好奇心よりも帰れなくなる恐怖が勝ってやったことがほとんどなかった。
 しかし今は、四人もいれば大丈夫だろうという安心感があった。それに、現代の利器、スマホがあった。
 道を覚えなければいけない緊張感からはほど遠く、左右を見ながらダラダラと歩いていた。
 探そうとしていないせいか、しばらく歩いても特にめぼしいものは見当たらなかった。
「何かあった?」
 と楓は椿に聞いてみた。
 もしかしたら、芸術家の目には別の世界が見えているのかもしれないと思った。
 だが、答えは違い、椿は普通に首を横に振った。
「特にないわね。いえ、正確には木々を見ていて心癒されることはあるのだけど、それは少し違うなと思って」
「そうだよね。桜の計画がざっくりしすぎなんだよね」
「言ったね? あたしのことが悪いって言ったね?」
 桜は楓を人差し指でさした。
「そこまでは言ってないけど」
「しっかり考えてますー先頭切って歩いてるだけで何もしてないわけじゃないんですー」
「ほほう? そこまで言うからには何かあるのかな?」
「ほら、着きましたー」
 目的地があったなら初めから言えばいいのに、と思いながら楓は向日葵が指さした方向を見た。あったのはお店。おしゃれな食べ物屋さんといった雰囲気で、テラス席もあるようだ。
 楓がお店の外観を眺めていると、桜は勝手に店内へ入っていた。店員さんと何やら話し、指を四本立てて四名と言っていることが遠目からでもわかった。
 やりとりが済んだのか、向日葵は楓達三人に向けて手招きをし出した。どうやら、案内されているらしい。
 向日葵と椿と顔を見合わせてから、よくわからないながらも、楓は桜を追うため駆け足になった。
「このお店は?」
 楓は桜に聞いた。
「知らない? かき氷の美味しいお店なんだけど」
「かき氷?」
 出されたメニューを見ると、天然氷で作られたらしいことが書かれたかき氷が大々的に載っていた。
 桜の言葉に嘘はなかったらしい。
 まさかと思って楓は桜を見ると、ニヤニヤとした笑みを浮かべていた。どこからか桜のもとまで流れ着いたらしい。侮れない情報網だと楓は思った。
 向日葵と来ようと思っていたものの、食べたくなる時期に来られれば人数が多くても何も問題はない。
「夏祭りで食べたのと違うの?」
 今度は向日葵が聞いた。
「私も来るのは初めてだけど、食感が全然違うみたいだよ? それに見た目からして違うんだって」
 桜が少し興奮気味で言った。
「見た目くらいメニューを見ればわかると思うけど」
「とにかく違うの!」
 意地になる桜を押さえ、気を取り直して四人はそれぞれ別々の味を頼んだ。
 待ち遠しい思いで会話しながら待つ。
 少しして、かき氷が届けられた。
「ねえ、気取ってテラス席にしたんだろうけど、暑いし室内のがよかったんじゃない?」
 楓は言った。
 事実運ばれた時点で、すでに少し溶け始めている。
「暑い中食べるのがいいんじゃん」
 桜はこのまま食べるつもりらしい。他二人もすぐに食べたいらしく、楓の様子をうかがっていた。
 一人だけ中へ入っても問題はなかったが、それではせっかく四人できたことが台無しになってしまうと思った。
 そのため、結局、暑さを我慢することにして、楓はスプーンを手に持った。
「いただきます」
 と言ってからスプーンを氷に入れる。
 ザクザクといった感触ではなく、すんなりとスプーンが入った。ここまでとは思っておらず楓も目を見開いた。
 全体的にオレンジ色になった部分をすくう。マンゴーが乗っかったマンゴーのかき氷らしいが、味の方はどうだろうと口に運ぶ。
 冷たさとともに、普段よりも上品な甘さが広がった気がした。
 口当たりも柔らかで今までのかき氷がただの安物に思えるほどだった。
 今度は乗っかったマンゴーを口にする。こちらもただただ乗っかっているだけでなく、しっかりと濃厚な甘さのあるマンゴーだった。
「幸せそう」
 まじまじと向日葵が見ていた。
 楓は思わず目をしばたかせた。
「そうだった?」
「うん。楓のはそんなに美味しいの?」
「美味しいよ?」
 向日葵が頼んだものは、てっきり甘いものを選ぶと思っていたものの、意外にも宇治抹茶だった。渋いものに挑戦したのようだが、食べるたび顔をしかめていた。
「向日葵はあんまりだった?」
「うーん。美味しいし、甘くもあるけど、苦くて得意じゃないかも」
「本当に? ちょっといい?」
「いいよ。楓のもちょうだい」
 大人しくなった向日葵からかき氷をもらい口にした。
 すぐになるほどと思った。宇治抹茶なだけあり苦味があった。周りのあんこと一緒に食べると甘くはあるのだが、それでも口いっぱいに甘さが広がる、と言うよりもさっぱりした感覚になった。
 抹茶のアイスはそこが好きだが、本格的なのか苦味が強く向日葵の好みではないようだった。
 少し食べたところで、楓は向日葵をみると、すっかり警戒モードでゆっくりとかき氷を口に運んでいた。だが、すぐに目を輝かせた。
「美味しい! こっちがいい!」
「そう? なら残りも食べていいよ。向日葵の残りは僕が食べるから」
「本当? ありがとう!」
 やはり、純粋に甘いものが好きだったようで、向日葵は元気を取り戻した。
 このまま苦しみながら食べる姿を見るよりは、楽しそうに食べている姿を見る方がいいと考え、楓は譲ることにした。
 そんなやりとりを見て、楓の隣では桜がニヤニヤとした笑いを浮かべていた。
「何さ」
「ううん。楓たんって面倒見がいいんだなと思って。別に、そのまま食べてもらってもよかったんじゃない?」
「いや、あんなに夢中になって食べてるのに、取ったらかわいそうだよ」
「でも、元々は楓たんのだよ?」
「そうだけど。僕はこっちも美味しいと思うし」
「まあ、楓たんがそう言うなら誰も止めないけどね」
「普通じゃないの?」
 納得がいかず、首をかしげながら楓はもう一口かき氷を食べる。宇治抹茶はやはり苦かった。
「桜のやつは甘そうだね」
「練乳とイチゴのだからね。あげないよ。苦いのが美味しいんでしょ?」
「一口だけでいいから」
「そう言って大量に食べるんでしょ」
「食べないよ。そんなに苦くないからこれ」
「そう? じゃあ、向日葵たんにしてるみたいにしてくれたらいいよ」
 楓は視界の端で、向日葵がピクリとしたのを見逃さなかった。
 向日葵と約束した手前、安易に、少なくとも向日葵の前で堂々と食べさせ合うわけにはいかなかった。
 仕方なく、楓は桜から視線をそらし、椿を見た。
「椿のは美味しい?」
「無視したー楓たん無視したー」
「美味しいけど、多分あまり変わらないと思うのだけど」
 椿の頼んだものはあんみつをかき氷を乗せたようなものだった。和風テイストという意味では似ているが、椿のものの方が甘そうに思えた。見栄を張ってそこまで苦くないと言ったが、甘さを求めるには十分苦かった。
「全然違うと思う。一口いい?」
「いいわよ」
「椿もいいよ」
「ありがとう」
 すぐにかき氷部分が圧倒的に甘いことで予想が当たった思いだった。みつの甘さが口に広がった。宇治抹茶と半々くらいで出されたらちょうどいいのではないかと思った。
「美味しいね」
「私はどちらも好きよ」
 ぱくぱくと抹茶のかき氷を食べる椿は、やはり渋いものも大丈夫なのかもしれない、と楓は思った。
 楓の苦手なブラックコーヒーを飲んでいる姿がこの中で一番似合いそうだと思った。
「ほら、私のも食べていいから」
 どういう風の吹き回しか、桜もかき氷を差し出してきた。
 大事な大事な交渉材料をただで出すと言う様子に、楓は恐る恐る聞いた。
「いいの?」
「一人だけ除け者にされてる気分だから」
「変なこと言うからだよ」
 すかさず食べる。が、やはり練乳にイチゴ味はハズレが少ないと思った。一番甘く感じられる。
 ジャギジャギのかき氷では食べたことがあったが、いい氷を使っているせいか、記憶の中のかき氷よりも数段美味しく感じられた。
 イチゴも乗っているため、食感も氷だけではなく工夫されていると感じた。
「今のかき氷はすごいな」
「前からあると思うけど」
「そうだよね」
 変なこと言ったと思い、頭をかきながら食べ進める。
 みな、それぞれの味を一口ずつは味わい、いざこざが起きることもなかった。
 話しながらゆっくり食べたせいか、頭が痛くなることもなかった。
「そうだ。これってなんだと思う?」
 向日葵が何かを手に持って聞いてきた。
 すでに嗅いだことのあるような甘いがした。しかし、匂いだけではよくわからず、スプーンの上に少したらし口に入れる。
「練乳じゃない? どうしたの?」
「運ばれた時についてたんだけど、使うの忘れてて」
「そりゃ苦いよ!」
 楓は叫んでいた。
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