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第78話 夏祭り後編

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「こんなことしてていいの?」
 突然、向日葵が言った。
 楓は向日葵にしては真面目な発言だと思い、目を見開いてしまったことに気づいた。
 だが、こんなことをしていてはいけない理由が思い浮かばず、すぐに首をかしげた。
「いや、夏祭りってこういうことするんじゃないの? 何かやらなきゃいけないことってあったっけ? やり残した宿題とか?」
 楓が聞くと向日葵は首を横に振った。
「そうじゃなくて。ハナビ? がそろそろじゃない? 皆で集まって見るんじゃないの?」
「ハナビ?」
 楓は一瞬何のことかわからなかった。やけに冗長的に言われるものが何か理解するの時間がかかった。しかし、一度わかるとハッとした。
 今日のメインディッシュを見逃すところだった。
「そうだよ。ありがとう。そろそろ皆も集合するよね。見やすい場所に行こうか」
「うん。どんなものか楽しみ」
 どこに集まっているか確認のためのメッセージを送り、楓は向日葵と移動を始めた。
 あせあせしながら、二人で移動すると、たくさんの人が今か今かと花火が打ち上がるのを待っていた。場所取りを早めに行わなかったのは失態だったかと思ったが、まだまだスペースもありそうに見え、全員集まってゆっくり見ることもまだなんとかなりそうだった。
 だが、スマホを取り出して確認するも返信が来ない。既読すらつかない。もしかして終わってしまったのかと思うが、時間はまだ過ぎていない。目をこすってみても画面の表示は変わらなかった。
「遅いね」
 向日葵が言った。
 自力で探しているのか、遠くを見つめている。楓も同じ方向を見たが、知り合いの姿は見つけられなかった。
「うん」
 仕方なく頷く。
「なんだかバラバラに散らばってるみたいだけど、もしかして私達が聞いてなかっただけで、それぞれで見るってことだったんじゃない?」
「え……それって、ハブられてるってこと?」
「いや、それはないと思うよ。だって、二人ずつで別々にいるっぽいし」
 二人一組の行動といい、今といい、連絡が行き届いていないと楓は思った。
 発案者は向日葵だが、今の状況を把握していないような発言から考えると、計画は向日葵ではないらしい。どこかで何かがずれたのだろう。
 考えているとすぐに時間になり、一発目の花火が上がった。
 ヒューと音を立てて空に打ち上がると、パンと一気に花開き、そして、消えていく。
 一瞬の美。
 諸行無常とはこういうことか、とふと思い、楓は自嘲気味に笑った。
 何を一人で浸っているのだろう、と思ったからだった。
「手持ち花火も一緒にやりたいね」
 楓はつぶやいた。
「手持ちでもできるの?」
 意外にも向日葵は食いついた。
「うん。できるよ。と言っても、打ち上げ花火と比べたら、確実に見劣りするけどね」
「すごいね。噂に聞くロケットランチャーってやつ?」
「あ、いや、今見てるのを手持ちでやるんじゃなくて、せいぜい数十センチの火が出る棒みたいなものかな」
「でも、すごいね。フィクションみたいじゃん。武器になりそう」
「危ないから振り回しちゃダメだよ」
「わかってるよ。そういうのは一人でやるよ。もしくはお姉ちゃんか朝顔とやるよ」
 火事を起こしても、火傷をしても大丈夫な向日葵には、火の危なさは伝わらないようだった。
 説得を諦め微笑み、楓は再び空を見上げる。
 もっと何か言うことはないか探してみたが、それ以上何も思い浮かばなかった。
 手を握り合い、一緒に花火を見上げる。それだけで楓にとっては十分胸が温かかった。
 なんだか目頭まで熱くなってきていた。
「ああ、楽しいな」
 と楓は口の中でつぶやいていた。
「楓」
 向日葵に呼ばれたことで、そろそろ、たまやって叫んでいる理由でも聞かれるのだろう、という思いで楓は向日葵を見た。
 しかし、楓の目に写った向日葵はキョトンとした顔で、目をしばたかせていた。
「泣いてるの?」
 向日葵に言われて、楓は初めて涙が頬を伝っていたことに気づいた。
「あ、いや、これは、気にしないで」
 楓は咄嗟に涙を拭った。
 だが、楓の言葉を聞いても、向日葵は心配そうな表情を浮かべていた。
「辛いことを思い出したとか?」
「ううん。いや、そうかな。でも、やっぱり違う。今が楽しいなって思っただけだよ。なんだか感極まっちゃって」
「そっか、私も楽しいよ」
「よかった」
 頷きつつも、花火を見て泣いていたか、と思い楓は目をふせた。単純に驚きを隠そうとしての行動だった。
 体のせいか、それとも、元々知らなかっただけで涙もろかったのか、少なくとも歳のせいではないだろう。と思考を巡らせたが、すぐに、今はそんなことを考えている場合じゃないと思い直し、楓は顔を上げた。
「何か言おうとしてたんじゃない?」
 楓は聞いた。
 向日葵も思い出したように頷いた。
 向日葵はつないでいた手をほどくと、楓の両肩に乗せた。
「ちょっと考えを改めたんだ」
 真剣な表情で向日葵は言った。
「え」
 楓はどきりとした。
 とうとう、雑な扱いをしていたことで、愛想を尽かされたのではないか、と楓は瞬間的に思った。
 いや、雑な扱いなどしていない。と自分で思考を否定するも、はっきりとは言えないが、ある程度胸を張って言える。ある程度。という言葉を繰り返し、だんだんと自信が失われていく。
 向日葵の珍しく言葉を選ぶ様子を見て、楓は続く言葉をただじっと待った。
 少しして、言葉が決まったように、向日葵は楓の目を真っ直ぐ見つめた。
「楓は人間だから、私以外に目移りすることも、もちろんあると思う。でも、私のことをしっかり見ててほしい。やっぱり、私は楓が好きだから。たとえ肉体的には同性でも、好きだから」
 楓は黙って、真っ直ぐ見つめてくる向日葵の視線を見つめ返していた。
 まばたきを繰り返す。
 やはり、聞き間違えではなかった。というのが、楓の感想だった。
 ふっと息を吐き出すと、楓は思わず視線をそらしてしまった。
「あー言ったそばからー」
「いや、だって、そんなはっきり好きだなんて言われらた照れるよ。言われ慣れてないし」
 茶化すように言う向日葵に、楓は誤魔化すように頭をかいた。
「それに、急に楓なんて呼ぶんだもん。びっくりしちゃって」
「ダメかな?」
「ううん。向日葵が呼びたいなら、僕も呼んでほしい」
「よかった」
 向日葵はホッと息を吐き出した。
 楓も内容がいいことで安心していた。
 もし、急に別れようと言われていたら、どうしようかと思っていた。
 だが、そんなことはなかった。わざわざ転生までさせて、今さら簡単に手放すはずがないのだ。
 少し考えればわかることのはずだったが、楓の思考には今の今まで浮かんでこなかった。
「私を見るっていう誓いを、ここで見せてもらってもいい?」
「いいけど、まだ花火終わってないよ?」
「だからいいんじゃん。ロマンチックってやつでしょ」
 向日葵は肩に乗せていた手を、楓の背中に回し、楓を抱き寄せた。
 急に体が密着したため、楓は目を丸くした。顔は見えない。
「ここでキスしてほしい」
 耳元で向日葵の声が響いた。
 鼓膜を優しく撫でられる思いだった。
「え、い、いや、桜じゃあるまいし」
 思わずイエスと言いそうになって、楓は言った。
「でも、周りにもいるよ」
 向日葵の言葉で周囲を見回すと、夏の暑さや雰囲気に浮かされたらしい人の姿が、楓の目にもちらほら入ってきた。
 空間が広がり、人が上向いているだけに、見られていないと思っているのか。
 楓は自分が知らないだけで、元々キススポットだったのではないかと思った。
 だが、やはり、楓は桜ではなかった。
「帰ってからとか、日を改めてとかじゃダメ?」
「朝顔には頼まれてしたんでしょ? 私とはしたくない?」
「だから、あれは理由があって……わかった。ここで引いたら男じゃないもんね。本当ならスッとした方が、きっとカッコよかったのに、ウジウジしてて……よし、しよう」
「ありがとう。そう言ってくれるって信じてたよ」
 耳元のささやきが終わり、向日葵の顔が見えた。
 少しの間、至近距離で見つめ合う。
 戦いなら頭突きぐらいしか攻撃手段のない状況。頭突いても、楓は向日葵相手なら逆にやられるだけだろう。
 そんな思考はすぐに捨て、楓は向日葵が目をつむるのを見た。
 向日葵はすでに待っている。
 一呼吸置いて、楓は向日葵に顔を近づけた。
 花火の大きな音が、近くでとどろいているはずだったが、楓には急に静かになったように感じられた。
 周りで人が騒いでいるはずにも関わらず、誰もいなくなったと勘違いするほどだった。
 今は、この世界に二人だけのような気分になり、不思議と体から無駄な力が抜けていた。
 周囲の人達も似たような思いなのかもしれない。そんなふうに思いながら、無限に引き伸ばされた時の中において、唇が触れ合う感触だけは確かに存在していた。
 柔らかく温かい感触から、一人ではなく、二人だと実感できた。
 自分だけではなく、向日葵もいる。
 楓は向日葵を満足させるため、覚えた技を初めて本人にも試した。
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