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第54話 お弁当作っていこう

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「明日のためにお弁当を頼める?」
 茜の言葉に、楓はガッツポーズをした。
 とうとう、なんとかなりそうな課題がやってきたからだ。
 楓の脳裏には、向日葵のため、血のにじむような努力をした日々が、鮮明に蘇ってきた。
 楓が思っていたより手先が不器用なために、さっくりと切れそうだった指先。
 そのせいで絆創膏まみれにした手。
 玉ねぎを切った時の目にしみる痛みからくる涙。
 そこそこの出来だが、それでも向日葵に喜んでもらえるものだ。
「ふっふっふ。楽しみにしててね。二人前でいいんだよね」
「三人前でもいい?」
「もちろん」
「それじゃあ、楽しみにしてるわ」
 これまでの借りを一度で返せるとは思っていないが、それでも楓はここが見せ場と意気込んでいた。
 三人前。
 向日葵に似て大食いなのだろうと考え、楓は弁当作りに力を入れた。
 今度こそ目にモノ見せてやるぜ、というつもりで就寝した。

 翌日。
 荷物準備OK。
「なんでいつも玄関で待ってるのよ」
「いいでしょ」
「その姿勢好きね」
「いいでしょ」
 母の小言を聞きながら、楓は玄関に座り込み、茜を待っていた。
 とうとう訪れた事前通知制の特訓。
 そのうえ、家にやってくることまで知らせてくれる良心設計。
 本来ならば、これが当たり前であってほしかったが、自由人を相手にするならば多少の心の広さも必要だろう。
 さあこいさあこいと、ギャンブルで当たりを待つ人のように、楓はドアを睨みつけた。
「顔、怖いわよ」
「いいで、え、嘘」
 それはよくない。
 用意周到さがバレる悪い笑みを浮かべていたのだろうか、咄嗟にスマホのインカメラで表情を確認しようとポケットを探った。
 その時、ピンポンと音が鳴った。
 なんてタイミング。
 数秒なら誤差だろうと、楓はインカメをチェック。
 おそらく大丈夫なことを確認した後、立ち上がった。
 そして、荷物を持ち、ドアノブに手をかける。
「いってきまーす」
「いってらっしゃい」
 送り出す母の声を背に受け、楓は家を出た。
「早かったわね」
 茜の第一声に、楓は気をつけながら笑みを浮かべた。
 眩しさと企みとで、変な表情を浮かべないように、細心の注意を払った。
「これでもお弁当には自信があるんでね」
「それは楽しみだわ」
 茜も笑顔で言った。
「今日はピクニックにでも行くの?」
「楓からすれば出かけるんだけど、少し違うわ」
 そう言ってお茶をにごす茜だった。
 普段の楓なら、突っかかって聞き出そうとするところだが、気分のいい楓は、到着すればわかるだろうと考え、それ以上は聞かなかった。
 朝から清々しく、空や花、虫までもが笑っているように楓には感じられた。
 スキルの活用は大事と胸に刻み、楓は腕を大きく振って歩いていた。荷物と身長差により、少し急ぎ気味に歩かないと置いてかれることも原因だった。
 だが、息が弾むのは楽しみのせいと捉え、笑顔を浮かべていた。
 しばらく歩いていると、住宅街を抜け、気づくと辺りは鬱蒼としだした。
 近くにこんなところがあったのか、と思いながら、茜の隣から少し後ろに移動して、楓はキョロキョロと周囲を見回し、耳を澄ました。
 日陰が多く、夏にも関わらず涼しい場所だった。
 湿った空気で肌がひんやりとして、地面も柔らかく雨の後だと足を取られ、滑りそうに感じられた。
 虫や動物も多いのか、木々の間を鳴き声が響いていた。
 まるで山奥にでも来たような心細さで、楓はそっと茜との距離を詰めた。
 ゆるい上り坂を歩き続け、とうとう開けた場所が見えてくると、そこには格子状の柵で囲まれた場所があった。
 その先には、舗装された道が続き、家らしき建物があった。
 遠くから眺めただけで豪邸とわかるそれが、こんなところにあったのかという驚きで、楓は口をあんぐりと開いていた。
 よくもまあこんな入り組んだ場所に建てたな、というのが楓の感想だった。
 それは尾行などして道に迷われたら困るのだから、勝手についてこないように怒るわけだ。と桜の姿を思い浮かべながら楓は考えた。
 となると、先日もやはり、尾行に気づいていたのだろうか。
 茜が入り口を開けたところで、楓は口を開いた。
「茜ちゃん。ここは?」
「私たちのお家よ。いずれ折を見て招こうと思っていたから、紹介してあげられなかったの。ごめんね」
「全然大丈夫ですよ。立派ですね」
「そう言ってくれるのはありがたいけど、持て余してるくらいだから正直宝の持ち腐れなのよね」
 それならペンションにでもすればいいのでは、と思ったがそれはそれで、色々と手間が増えて大変なのだろう。
 お金持ちにはお金持ちの苦労があるのだな、と楓は考えた。
 そうして、門を通り抜け中へ入ると、使用人らしき人に丁寧に挨拶された。
 楓はぎこちなく挨拶を返し、促されるまま車の乗り込み玄関まで移動。家に近づいてからも、再び圧倒させられるのだった。
 自立式電波塔を下から見上げた時もすごいと思ったものだが、再び口をあんぐりと開けずにはいられなかった。
 それでも、家にあまりいい思い出がないのか、道中でムカデでも見たのか茜の顔が不気味に笑っていることが楓は気になった。楓も自分の服にもついていないかと確認した後で、はためかせておいた。
 見た限りでは虫はついておらず、安堵の息を漏らした。
「どうぞ」
「お邪魔します」
 友達の家に来ることなどいつぶりだろうと考えながら、楓は恐る恐る中へ入った。
 そして、中を見回した。
 階段がある。ドアがいっぱいある。
 楓の知らない世界がそこには広がっていた。
 シャンデリアって家についてることあるのかと思いながら、楓は茜の後ろについて歩いた。
 長い廊下も金持ちなのだという印象を受けた。
「ちょっと準備してるから、暇なら見て回ってて」
 と言うなり、茜は使用人だけを連れ、少し先に駆けて行った。
 見て回るような部屋などあるのだろうかと疑問に思ったが、廊下に取り残され、どの部屋のことを言っているのか楓には判別がつかなかった。
 同じような距離に二つの部屋。
 どちらのことか考え、楓は直感で左側を選んだ。
 ガチャと開けると照明が自動でつくのか、暗かった部屋にだんだんと光で広がった。
 誰のための何の部屋なのか、真っ白いカンバスのようなものが置かれ、壁には写真大の紙がいくつも貼りつけられていた。
 しかし、紙はどれも真っ白で、何かを収めたものではないらしかった。
 瞑想にでも使うのだろうかと考え、他に座布団などの物が置いていないかと見てみたが、変わった物は見当たらなかった。
 では、もう一つの部屋かと楓は考え、とを閉め移動を始めた時、
「準備できたわよ」
 という茜の声が廊下に響いた。
 そのため、楓は、
「はーい」
 と返事をして、戻ってきた茜のもとまで歩き出した。
「どうだった?」
「えーと、何だかよくわかんなかった。白い写真が飾られてたけど、あれは何?」
「そう。楓にはそう見えたのね」
「そう見えたって?」
「なんでもないわ」
 楓は茜の言葉が気になった。
 もしかしたら、立ち位置が悪かっただけで、少し入り込めば別のものが見える錯視やトリックアートの部屋だったのかもしれない。
 アトラクションのようなものを家に作るとは、金持ちは違うなと思いながら、楓は感嘆の息を漏らした。
「また今度案内するわね」
「お願い」
 茜がいなければどこになにがあるのか全くわからないため、楓は早くに案内をしてほしいと思った。
 角を曲がると階段があり、登ってすぐの部屋が目的地だったようで、茜はサッと扉を開けた。
「どうぞ」
「お邪魔します」
 女の子の部屋となると、現在の妹と自分の部屋だけで、他人の部屋に入ったことはなかった。
 緊張するなと思いながら楓は足を踏み入れた。
 部屋はシンプルだったが、学習机に棚など最低限の勉強道具は揃っている。
 茜の部屋かと思ったが、ベッドの上には誰かが寝ているようだった。
 楓は目を見開き、ベッドに駆け寄った。
 そして、近くまで寄って顔を見ると息をのみこんだ。
 ベッドの上にいたのは向日葵だった。
 部屋の中を見回すと、棚の上には楓と向日葵が写った写真の数々、壁にもいくつかかけてあった。
 咄嗟に状況を判断しようとしたが、楓は目を泳がせた後、茜を見上げることしかできなかった。
 こんな早くから寝ている向日葵は、楓の中のイメージではなかった。
 夜更かしした後で朝起きるのが遅かったという様子ではなかった。
 苦しそうに息をして、顔は赤く、しかめていた。
 その姿が、楓にはまるで風邪で寝込んでいるように見えた。
「これはどういうことですか?」
「向日葵ちゃんは風邪をひいたの」
「風邪?」
 楓は向日葵の額に手を当てた。
 かなり熱い。
 水枕を変えたほうがいいのではないかと思ったが、まだまだ冷たいようだった。
「どうして……」
 疑問が楓の口をついた。
 人を操ることすらできる神様の向日葵がどうして風邪を、と楓は思った。
 茜を見たが、今度は楓はすぐに茜から目をそらした。
 茜は知っているのだろうか。向日葵の本当の素性を。
 話したところで信じてはもらえないだろう。
 では、神様がかかるような風邪を人間が治せるのか。
「楓ちゃん?」
 人の気配を感じたのか、額に触れて起こしてしまったのか向日葵が目を覚ましたようだった。
「向日葵。無理しちゃダメだよ」
「意外と大丈夫なんだよね。でも、お姉ちゃんが寝とけってうるさいから」
「心配だもの」
「私は神様だよ? これくらいすぐ治るって」
「だからって彼女にうつしていいわけないでしょ。それにまだ治ってないじゃない」
「じゃあなんで連れてきたの? 私はこんな醜態をさらしたくないって、時間稼ぎを頼んだはずだったけど、お姉ちゃんは私よりも上位の神様のはずなのにそんなこともできないの?」
「え?」
 と楓は声を漏らして茜を見た。
 茜は腕を組み、うつむいていた。
 茜も神様だった。
 時折、人を人とも思わないような目線。超常的な何かをまとっているような気配。そんな超然としたものを楓は茜から感じていた。それが、本当に神様だった。
 そんな神様も申し訳なさそうに微笑んだ。
「向日葵ちゃんだって本当は会いたかったんでしょ? 私が話をするたびに羨ましそうに見てたじゃない」
「そりゃ羨ましいよ。だって私の彼女だよ? お姉ちゃんとはいえ、一緒にいるって思うと嫉妬ぐらいするよ」
 初めての恋人だからか、独占欲なのか楓も向日葵と茜が一緒にいた時に言いようもない気持ちが胸を渦巻いていたことを思い出した。
 神様でも嫉妬するのかと思いながら、二人のやり取りを見ていると、楓は吹き出したしまった。
「何笑ってるの? 楓ちゃん」
「ううん。仲良いんだなって思って」
「そんなことないよ。だって、お姉ちゃん、楓ちゃんに意地悪してたんでしょ? ごめんね。お姉ちゃんが迷惑かけて」
「迷惑だなんて。楽しかったよ」
「本当? ならよかったんだけど」
 いつの間にか出ていた涙を拭い、楓はホッと一安心した。
 確かに、これだけ色々と話せるのなら本当に元気かもしれないと楓は思った。
「無力なお姉ちゃんでごめんね。向日葵ちゃんの風邪も治せず、約束も守れない。そんなお姉ちゃんでごめんね」
「ううん。そんな、責めるつもりじゃなかったの」
「今日は体調も良くなってきたみたいだから、楓に頼んでお弁当を作ってきてもらったの。三人で食べようと思って」
「そうなの?」
 向日葵の問いに楓は頷いた。
「だけど、向日葵ちゃんに言われて気づいたわ。私も嫉妬してたみたい。楓が向日葵ちゃんと一緒にいて、妹を取られた気分になってた。向日葵ちゃんの言う通り、頼まれたことを口実に引き離す算段を考えてた。でも、関わるたび、楓はそんなに悪い人ではないとわかってきた。向日葵ちゃんが前世から惚れて連れてくるほどだものね。ゆっくり三人で食べようかと思ったけど、二人で食べるといいわ」
 茜はドアノブに手をかけた。
「待って」
「何?」
「一緒に食べようよ。三人分だよ? 二人じゃ多いよ。普段は食い意地の張ってる向日葵でもいくら本調子じゃなかったら食べ切れないよ」
 楓の申し出を受け、茜は困ったように目を伏せた。
「いいの?」
「もちろん。ね?」
「色々と思うところはあるけど、楓ちゃんがいいなら」
「ほら、向日葵もいいって」
 茜はドアを閉めた。
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