46 / 187
第46話 治らない怯え癖
しおりを挟む
見るなと言われると見たくなる。
人のさがとはそのようなもの。
たとえそれは、女子になっても変わることはなく、桜の次は今度は楓が挑む番だった。
時はさかのぼり、楓が桜と椿から励まされた後のこと。楓は自分が尾行という単語に惹かれていることに気づいた。
好奇心がそそられる言葉に、実際に試してみたくなっていた。
そのため、二人を送り出し、桜の後をつけた。
するとどうだろう。バレずに桜の家の場所を知ることができた。
楓の感想は、なるほど面白い。ということだった。
バレるかもしれない。しかし、バレなければ達成感が得られる。
初めてでうまくいったのだから、もしかしたらうまくいくかもしれない。
そんな思いで、楓は茜に対しても実行に移すことを決めた。
だが、桜が失敗している例から、ただではいけないだろうと考えた。
対策として思いついたことが、茜に負荷をかけること。
あらかじめ脳を疲弊させておき、注意をそらせる。それにより、尾行に気づかせず、完遂する。
それでも問題はあった。いつものことなら、楓が疲れ、茜は楽しむだけで特別疲れた様子を見せない。
楓はここでも考えた。
考えた結果、今回の特訓は楓一人ではなかった。
「あら、今日はお友達も一緒なの?」
「はい。こちらは桜と椿です」
「よろしくお願いします」
「よ、よろしくお願いします」
楓は茜に二人を紹介した。
椿は微笑みながら、桜はあっちこっち向きながら挨拶をした。
対面した様子を見て、楓は桜が本当に茜のことが苦手なのだと知った。
驚きを隠しつつ、今度は二人に向き直った。
「で、この人が茜ちゃん。向日葵のお姉さん」
「よろしく」
茜がおおらかに言うと、桜と椿はペコリと頭を下げた。
この時の桜の動きも硬かった。
楓としては無理して来てくれなくてもよかったのだが、わざわざ来てくれてありがたいと思った。
椿の目配せに楓は頷いた。
そう、今日一日の遊びが終わった後で、茜を尾行することを二人は知っている。
桜が一番乗り気だったことから、いつもの調子で大丈夫だろうと思っていたが、そうはいかないらしい。
一番体力を削ってくれることを期待していたため、楓としては何か別の策を練る必要に迫られた。
「桜さんと言ったのね」
「ハイ。茜た、さん」
「二人とも向日葵がお世話になってます」
茜が頭を下げると。
特別責め立てられることもなく、桜は胸を撫でおろしていた。
「いえ、こちらこそ」
「そうです。よくしてもらってます」
それから二人は向日葵がいい人かをしきりに並べ立てた。
緊張しているのは椿も同じらしい。
反面、茜はいつもよりも物腰丁寧だが、あまり変わって見えず、二人が向日葵を褒めたてると、茜は嬉しそうに笑っていた。
「それじゃあ、せっかくお友達もいることだし、今日の楓ちゃんへの特訓は、他の人の反応を見て学べるようなものにしましょう」
ついて来なさいとばかりに、茜は毎度お馴染みのショッピングモールを闊歩し始めた。
楓もこれまで散々歩き回ったため、だいぶ中の構造を把握してきていたが、それでも全ての店を回ったわけではなかった。
前世でさえ、近くのスーパーの中をこんなに歩いたことはなかったなと楓は思った。
クーラーの効いた店内は涼しく、外でスポーツでもやるぞ。とならないだけでも、楓にとっては救いだった。
ずんずんと歩く茜の後ろを、三人は並んで歩いていた。
茜と多少距離が離れたものの、桜は落ち着かない様子だった。
心配そうに楓の耳に手を当てると、桜は口を近づけた。
「……楓たん。茜たんのこと茜ちゃんって呼んでるの?」
「最初の方のやり取りで流されてそのままね。桜は茜たんって呼ばないの?」
「……呼べないよ。茜たんに直接言うのはハードル高いよ」
どうやら桜は茜に対して、一方的に恐怖を寄せているらしい。
ついて来ているか確認するように茜が振り向くたび、桜はビクリと背筋を伸ばし、表情を硬くするのだった。
何もそこまで危険じゃないだろうと考えたが、桜の経験を知らない楓は、それ以上は考えるのをやめた。
「私はそこまで怖い人には見えないけど」
「椿たんにはわからないでしょうね。茜たんと似てるもんね」
「似てる?」
桜の言葉に、椿は首をかしげた。
楓も首をかしげたが、最初の印象のままだったなら即座に頷いていただろう。
この二人を前にしても、茜の化けの皮が剥がれないか、それもまた楓にとっては見ものであり、思考リソースを費やしてもらう上でも重要だった。
しばらくそうしてだべりながら歩いていると、ふと、茜は立ち止まった。
「ここよ」
茜が手で示したのは、おどろおどろしい雰囲気の施設。
楓は気づくと手汗がにじみ出ていた。
なんだホラーハウスか。となんてことないように心の中で唱えたが、何も変わらなかった。
楓からすればそれは、言い方を変えたお化け屋敷だからだ。
他の人の反応を見て学べる、という言葉を思い出し、納得すると同時に、楓はそろりそろりと後ずさっていた。
「どこ行くの?」
声とともに背中を押され、楓は振り向いた。そこには、いつの間にか背後に回り込んでいた茜の姿があった。
桜も椿も驚いたように、茜が居た場所と今いる場所を見比べていた。
「いえ、あの。ここはちょっと」
「だからいいんでしょ。かわいく怯える。これもまた女子力よ」
「それはなんとなくわかるんですけど、本当にダメなんでせめて映画とかにしません?」
「映画もいいわね。これが終わったらね」
何故かどちらもやることになり、楓は券を買わされた。
桜と椿が不思議そうに首をかしげていることが気になったが、四人一組でも入れたため、全員同時に中に入った。
多少暗いだけで楓にとっては十分に恐怖だった。必死で隣の空中を探って、腕が見つかると、すぐに抱きついた。
「楓たん? どうしたの?」
「なんでもない。なんでもないから」
掴んだ腕は桜のものだったらしかった。上から声が聞こえたことで、楓は自分がかがんでいることを自覚した。
何やら説明を受けたものの、怖さでそれどころではなく、楓はただただ震えていた。
ガタンと牢屋のようなドアが閉まる音がすると、楓はビクリとしてドアを見た。
「閉じ込められた」
「そういうものだから」
なんだか優しい雰囲気の桜を見上げながら、楓は桜にくっついたまま一歩一歩ゆっくりと歩いた。
すると、光る数字が見え、減っていることに気づいた。
周りに色々な物があったが、どれも異形で楓はすぐに目をつむった。
「あれ何?」
「カウントダウンじゃない?」
「カウントダウンって何?」
「制限時間じゃない? 多分、このミッションをクリアするまでの」
「ミッションって何?」
「これじゃないかな?」
手元に何かを寄せられた気配を感じ、楓は意を決して目を開けた。
だが、恐ろしい雰囲気の絵を前に、再び強く目を閉じた。
「見せないで」
「でも、見ないとミッションがクリアできないよ」
「ミッションとかわからないから。みんなが頑張って」
「え、どうしたの? 楓さんがそんなに他力本願なんて」
「難しいから。こういうの苦手なの」
楓の言葉を聞いて、三人は顔を見合わせ頷くと、しきりに何かを話し始めた。
楓は会話の内容を聞き取ることも理解することもできず、ただ桜の腕にしがみついていた。
早く終われと祈っているだけでは終わらないことを知っていたが、ウロウロ程度しか動かない三人に違和感を感じ、楓は目を開けた。
「進まないと出られないんじゃないの?」
「今いいところだからもう少し待ってて」
「はい」
叱られたと思い、楓はさらに小さくなると、再び目を閉じた。
楓の指摘を気にすることなく、やり取りをする三人を変だと思いつつも、楓はとにかく祈った。
「離さないでね」
「楓たんが離すことはあっても、あたしからは離さないから」
桜は時々弱音を吐く楓の頭を撫で、そして、再び会話へと戻っていった。
移動のペースは遅いながら、だんだんと現状に慣れてくると、楓の不安は少しずつ和らいでいった。
ガラガラッと大きな音がして、楓は反射的に桜の腕に回していた手を腰に回した。
今度は止まることなく進んでいくと、視界に光が差し込んできた。
やっと出られると思ったものの、すっかり恐怖に染まった楓の脳は、桜から離れるという選択肢を除外していたため、そのままの状態で外へと出た。
「いや、楽しかったね」
「そうね。意外と面白いものね」
「それはよかった。ね。楓ちゃん、他人の観察になったでしょ?」
「なりませんよ。怖いだけじゃないですか」
外に出て、やっと目を開けた楓の視界には、達成感に満ちた三人の顔が映っていた。
そんなに面白かったのかと思ったが、楓はもう一度入っても、目を開けたいとは思っていなかった。
「雰囲気もしっかりしてるんですね」
「でしょう? 面白いのよ。また他のも行きましょうね」
「いいんですか?」
「もちろんよ」
何かがおかしいと思い、楓は首をかしげ、もう一度施設の全貌を見てみる。
確かにおどろおどろしい雰囲気だが、看板には脱出の文字が見てとれた。
パチパチとまばたきをして、楓はやっと桜の腰から腕を外した。
「もう大丈夫?」
「うん」
「いい演技だったね。お疲れさま」
桜は笑顔で楓に手を伸ばした。
「ひっ」
「ジュースだよ?」
「あ、ありがと」
「あれ? さっきの演技じゃなかったの?」
雰囲気が怖い謎解きもので怯え倒して、謎を解かずに足手まといになっていた事実に、手早く缶ジュースを受け取ると、楓は顔を赤くしてうつむいた。
「向日葵ちゃんに聞いていた通りね。楓ちゃんは怖いものはてんでダメなのね。そういう意味では百点の反応だったと思うわ」
なるほど。と頷く向日葵が、ニヤニヤした笑みを浮かべるのを見て、楓は逃げ出そうとした。
だが、体に力が入らず、たやすく捕まえられると、飼い猫のように撫でられた。
「かわいいよぉ。楓たぁん」
頬に当てられた缶に怯え、終わったとわかっていても、しばらく恐怖が抜けない自分に笑いながら、楓はフタを開け、飲み出した。
茜の言葉に首をかしげていたのはそういうことかと思ったが、すでに後の祭りだった。
高所の練習はしていても恐怖の練習はしていない楓だった。
人のさがとはそのようなもの。
たとえそれは、女子になっても変わることはなく、桜の次は今度は楓が挑む番だった。
時はさかのぼり、楓が桜と椿から励まされた後のこと。楓は自分が尾行という単語に惹かれていることに気づいた。
好奇心がそそられる言葉に、実際に試してみたくなっていた。
そのため、二人を送り出し、桜の後をつけた。
するとどうだろう。バレずに桜の家の場所を知ることができた。
楓の感想は、なるほど面白い。ということだった。
バレるかもしれない。しかし、バレなければ達成感が得られる。
初めてでうまくいったのだから、もしかしたらうまくいくかもしれない。
そんな思いで、楓は茜に対しても実行に移すことを決めた。
だが、桜が失敗している例から、ただではいけないだろうと考えた。
対策として思いついたことが、茜に負荷をかけること。
あらかじめ脳を疲弊させておき、注意をそらせる。それにより、尾行に気づかせず、完遂する。
それでも問題はあった。いつものことなら、楓が疲れ、茜は楽しむだけで特別疲れた様子を見せない。
楓はここでも考えた。
考えた結果、今回の特訓は楓一人ではなかった。
「あら、今日はお友達も一緒なの?」
「はい。こちらは桜と椿です」
「よろしくお願いします」
「よ、よろしくお願いします」
楓は茜に二人を紹介した。
椿は微笑みながら、桜はあっちこっち向きながら挨拶をした。
対面した様子を見て、楓は桜が本当に茜のことが苦手なのだと知った。
驚きを隠しつつ、今度は二人に向き直った。
「で、この人が茜ちゃん。向日葵のお姉さん」
「よろしく」
茜がおおらかに言うと、桜と椿はペコリと頭を下げた。
この時の桜の動きも硬かった。
楓としては無理して来てくれなくてもよかったのだが、わざわざ来てくれてありがたいと思った。
椿の目配せに楓は頷いた。
そう、今日一日の遊びが終わった後で、茜を尾行することを二人は知っている。
桜が一番乗り気だったことから、いつもの調子で大丈夫だろうと思っていたが、そうはいかないらしい。
一番体力を削ってくれることを期待していたため、楓としては何か別の策を練る必要に迫られた。
「桜さんと言ったのね」
「ハイ。茜た、さん」
「二人とも向日葵がお世話になってます」
茜が頭を下げると。
特別責め立てられることもなく、桜は胸を撫でおろしていた。
「いえ、こちらこそ」
「そうです。よくしてもらってます」
それから二人は向日葵がいい人かをしきりに並べ立てた。
緊張しているのは椿も同じらしい。
反面、茜はいつもよりも物腰丁寧だが、あまり変わって見えず、二人が向日葵を褒めたてると、茜は嬉しそうに笑っていた。
「それじゃあ、せっかくお友達もいることだし、今日の楓ちゃんへの特訓は、他の人の反応を見て学べるようなものにしましょう」
ついて来なさいとばかりに、茜は毎度お馴染みのショッピングモールを闊歩し始めた。
楓もこれまで散々歩き回ったため、だいぶ中の構造を把握してきていたが、それでも全ての店を回ったわけではなかった。
前世でさえ、近くのスーパーの中をこんなに歩いたことはなかったなと楓は思った。
クーラーの効いた店内は涼しく、外でスポーツでもやるぞ。とならないだけでも、楓にとっては救いだった。
ずんずんと歩く茜の後ろを、三人は並んで歩いていた。
茜と多少距離が離れたものの、桜は落ち着かない様子だった。
心配そうに楓の耳に手を当てると、桜は口を近づけた。
「……楓たん。茜たんのこと茜ちゃんって呼んでるの?」
「最初の方のやり取りで流されてそのままね。桜は茜たんって呼ばないの?」
「……呼べないよ。茜たんに直接言うのはハードル高いよ」
どうやら桜は茜に対して、一方的に恐怖を寄せているらしい。
ついて来ているか確認するように茜が振り向くたび、桜はビクリと背筋を伸ばし、表情を硬くするのだった。
何もそこまで危険じゃないだろうと考えたが、桜の経験を知らない楓は、それ以上は考えるのをやめた。
「私はそこまで怖い人には見えないけど」
「椿たんにはわからないでしょうね。茜たんと似てるもんね」
「似てる?」
桜の言葉に、椿は首をかしげた。
楓も首をかしげたが、最初の印象のままだったなら即座に頷いていただろう。
この二人を前にしても、茜の化けの皮が剥がれないか、それもまた楓にとっては見ものであり、思考リソースを費やしてもらう上でも重要だった。
しばらくそうしてだべりながら歩いていると、ふと、茜は立ち止まった。
「ここよ」
茜が手で示したのは、おどろおどろしい雰囲気の施設。
楓は気づくと手汗がにじみ出ていた。
なんだホラーハウスか。となんてことないように心の中で唱えたが、何も変わらなかった。
楓からすればそれは、言い方を変えたお化け屋敷だからだ。
他の人の反応を見て学べる、という言葉を思い出し、納得すると同時に、楓はそろりそろりと後ずさっていた。
「どこ行くの?」
声とともに背中を押され、楓は振り向いた。そこには、いつの間にか背後に回り込んでいた茜の姿があった。
桜も椿も驚いたように、茜が居た場所と今いる場所を見比べていた。
「いえ、あの。ここはちょっと」
「だからいいんでしょ。かわいく怯える。これもまた女子力よ」
「それはなんとなくわかるんですけど、本当にダメなんでせめて映画とかにしません?」
「映画もいいわね。これが終わったらね」
何故かどちらもやることになり、楓は券を買わされた。
桜と椿が不思議そうに首をかしげていることが気になったが、四人一組でも入れたため、全員同時に中に入った。
多少暗いだけで楓にとっては十分に恐怖だった。必死で隣の空中を探って、腕が見つかると、すぐに抱きついた。
「楓たん? どうしたの?」
「なんでもない。なんでもないから」
掴んだ腕は桜のものだったらしかった。上から声が聞こえたことで、楓は自分がかがんでいることを自覚した。
何やら説明を受けたものの、怖さでそれどころではなく、楓はただただ震えていた。
ガタンと牢屋のようなドアが閉まる音がすると、楓はビクリとしてドアを見た。
「閉じ込められた」
「そういうものだから」
なんだか優しい雰囲気の桜を見上げながら、楓は桜にくっついたまま一歩一歩ゆっくりと歩いた。
すると、光る数字が見え、減っていることに気づいた。
周りに色々な物があったが、どれも異形で楓はすぐに目をつむった。
「あれ何?」
「カウントダウンじゃない?」
「カウントダウンって何?」
「制限時間じゃない? 多分、このミッションをクリアするまでの」
「ミッションって何?」
「これじゃないかな?」
手元に何かを寄せられた気配を感じ、楓は意を決して目を開けた。
だが、恐ろしい雰囲気の絵を前に、再び強く目を閉じた。
「見せないで」
「でも、見ないとミッションがクリアできないよ」
「ミッションとかわからないから。みんなが頑張って」
「え、どうしたの? 楓さんがそんなに他力本願なんて」
「難しいから。こういうの苦手なの」
楓の言葉を聞いて、三人は顔を見合わせ頷くと、しきりに何かを話し始めた。
楓は会話の内容を聞き取ることも理解することもできず、ただ桜の腕にしがみついていた。
早く終われと祈っているだけでは終わらないことを知っていたが、ウロウロ程度しか動かない三人に違和感を感じ、楓は目を開けた。
「進まないと出られないんじゃないの?」
「今いいところだからもう少し待ってて」
「はい」
叱られたと思い、楓はさらに小さくなると、再び目を閉じた。
楓の指摘を気にすることなく、やり取りをする三人を変だと思いつつも、楓はとにかく祈った。
「離さないでね」
「楓たんが離すことはあっても、あたしからは離さないから」
桜は時々弱音を吐く楓の頭を撫で、そして、再び会話へと戻っていった。
移動のペースは遅いながら、だんだんと現状に慣れてくると、楓の不安は少しずつ和らいでいった。
ガラガラッと大きな音がして、楓は反射的に桜の腕に回していた手を腰に回した。
今度は止まることなく進んでいくと、視界に光が差し込んできた。
やっと出られると思ったものの、すっかり恐怖に染まった楓の脳は、桜から離れるという選択肢を除外していたため、そのままの状態で外へと出た。
「いや、楽しかったね」
「そうね。意外と面白いものね」
「それはよかった。ね。楓ちゃん、他人の観察になったでしょ?」
「なりませんよ。怖いだけじゃないですか」
外に出て、やっと目を開けた楓の視界には、達成感に満ちた三人の顔が映っていた。
そんなに面白かったのかと思ったが、楓はもう一度入っても、目を開けたいとは思っていなかった。
「雰囲気もしっかりしてるんですね」
「でしょう? 面白いのよ。また他のも行きましょうね」
「いいんですか?」
「もちろんよ」
何かがおかしいと思い、楓は首をかしげ、もう一度施設の全貌を見てみる。
確かにおどろおどろしい雰囲気だが、看板には脱出の文字が見てとれた。
パチパチとまばたきをして、楓はやっと桜の腰から腕を外した。
「もう大丈夫?」
「うん」
「いい演技だったね。お疲れさま」
桜は笑顔で楓に手を伸ばした。
「ひっ」
「ジュースだよ?」
「あ、ありがと」
「あれ? さっきの演技じゃなかったの?」
雰囲気が怖い謎解きもので怯え倒して、謎を解かずに足手まといになっていた事実に、手早く缶ジュースを受け取ると、楓は顔を赤くしてうつむいた。
「向日葵ちゃんに聞いていた通りね。楓ちゃんは怖いものはてんでダメなのね。そういう意味では百点の反応だったと思うわ」
なるほど。と頷く向日葵が、ニヤニヤした笑みを浮かべるのを見て、楓は逃げ出そうとした。
だが、体に力が入らず、たやすく捕まえられると、飼い猫のように撫でられた。
「かわいいよぉ。楓たぁん」
頬に当てられた缶に怯え、終わったとわかっていても、しばらく恐怖が抜けない自分に笑いながら、楓はフタを開け、飲み出した。
茜の言葉に首をかしげていたのはそういうことかと思ったが、すでに後の祭りだった。
高所の練習はしていても恐怖の練習はしていない楓だった。
0
お気に入りに追加
73
あなたにおすすめの小説
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
わけあって美少女達の恋を手伝うことになった隠キャボッチの僕、知らぬ間にヒロイン全員オトしてた件
果 一
恋愛
僕こと、境楓は陰の者だ。
クラスの誰もがお付き合いを夢見る美少女達を遠巻きに眺め、しかし決して僕のような者とは交わらないことを知っている。
それが証拠に、クラスカーストトップの美少女、朝比奈梨子には思い人がいる。サッカー部でイケメンでとにかくイケメンな飯島海人だ。
しかし、ひょんなことから僕は朝比奈と関わりを持つようになり、その場でとんでもないお願いをされる。
「私と、海人くんの恋のキューピッドになってください!」
彼女いない歴=年齢の恋愛マスター(大爆笑)は、美少女の恋を応援するようになって――ってちょっと待て。恋愛の矢印が向く方向おかしい。なんか僕とフラグ立ってない?
――これは、学校の美少女達の恋を応援していたら、なぜか僕がモテていたお話。
※本作はカクヨムでも公開しています。
男女比1:10。男子の立場が弱い学園で美少女たちをわからせるためにヒロインと手を組んで攻略を始めてみたんだけど…チョロいんなのはどうして?
悠
ファンタジー
貞操逆転世界に転生してきた日浦大晴(ひうらたいせい)の通う学園には"独特の校風"がある。
それは——男子は女子より立場が弱い
学園で一番立場が上なのは女子5人のメンバーからなる生徒会。
拾ってくれた九空鹿波(くそらかなみ)と手を組み、まずは生徒会を攻略しようとするが……。
「既に攻略済みの女の子をさらに落とすなんて……面白いじゃない」
協力者の鹿波だけは知っている。
大晴が既に女の子を"攻略済み"だと。
勝利200%ラブコメ!?
既に攻略済みの美少女を本気で''分からせ"たら……さて、どうなるんでしょうねぇ?
〈社会人百合〉アキとハル
みなはらつかさ
恋愛
女の子拾いました――。
ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?
主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。
しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……?
絵:Novel AI
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
天日ノ艦隊 〜こちら大和型戦艦、異世界にて出陣ス!〜
八風ゆず
ファンタジー
時は1950年。
第一次世界大戦にあった「もう一つの可能性」が実現した世界線。1950年4月7日、合同演習をする為航行中、大和型戦艦三隻が同時に左舷に転覆した。
大和型三隻は沈没した……、と思われた。
だが、目覚めた先には我々が居た世界とは違った。
大海原が広がり、見たことのない数多の国が支配者する世界だった。
祖国へ帰るため、大海原が広がる異世界を旅する大和型三隻と別世界の艦船達との異世界戦記。
※異世界転移が何番煎じか分からないですが、書きたいのでかいています!
面白いと思ったらブックマーク、感想、評価お願いします!!※
※戦艦など知らない人も楽しめるため、解説などを出し努力しております。是非是非「知識がなく、楽しんで読めるかな……」っと思ってる方も読んでみてください!※
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる