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第42話 猫

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 椿が帰ると、さすがに言い訳も作れず、楓は再び紅葉との姉妹逆転ごっこを再開した。
 それは朝まで続いたため、今日もまた紅葉の選んだ服装と髪型であった。
 さすがに飽きたのか、そこまでで解放された。
 そのため、今日は桜と椿の二人のかわいいの基準が猫にあることを知ったこともあり、猫の調査に向かっていた。
 これまでの甘えとはまた違ったものだが、かわいさの勉強にはなるだろう。
 楓にとって猫というとツンツンしているイメージが強かったが、確かにデレもある。ツンデレ的なところがいいのかもしれない。
 今まで茜に押し付けれれてきた妹イメージとは正反対だったが、これも向日葵のためだ。
 そして、向かっているのは、そう、近場の猫カフェ。
 ペットを飼っていないため、学ぶならばここだろうと楓はドアを開けた。
「やはり来たわね。今日は……」
 楓は別のお店にしようと考え、その場を後に、
「ちょっと待ちなさい。女子力のために来たのでしょう。なら一緒の方が話が早いわ」
 しようとしたが、茜の力には抵抗できず、楓は猫カフェへと連れ込まれた。
 猫の楽園。猫カフェ。
 楓は初めて訪れていた。
 前世も含めて、飼ったことがあるのは、金魚とハムスターくらいだったた。
 飼っている友達の家へ行ったことはあったが、あまり触れ合った記憶がなかった。
 猫を間近にして思わず、顔がほころんでいた。
「そもそもなんでここにいるんですか?」
「策士は二手三手先を読むものよ」
 自分を策士だと思っているのかと思いながら、楓は茜を眺めた。
「そういえばいつもと雰囲気違うわね」
「ええ、妹に選んでもらったので」
「そう。実践してるのね」
「何をですか!?」
 楓は見透かされているのかと思い、体がこわばるも、動揺を悟られまいと、猫に注意を向けた。
「いいことよ。スキルは使ってこそだからね」
「何のことですか?」
 茜からぷいと顔をそらし、楓は猫の多い方へと移動した。
 おもちゃを使ってじゃらすと、必死に取ろうとする姿に癒され、極楽の表情になった。
 だが、油断すると茜に写真を撮られそうになっていたため、楓はすんと表情を戻した。
「あのまま戯れてもよかったのよ?」
「いいんです。特訓でしょう?」
「もちろんよ」
 茜はふっふっふと笑いながら立ち上がると、店中の視線を集めた。
 猫に前足でぺしぺしと叩かれつつも意に介さず笑みをたたえていた。
「今日はこれ、猫になるのよ」
 堂々と指さしたのは足元の猫。
 それだけ言うと、茜もまた猫とじゃれだした。
 よくひっかかれているのが目についたが、宣言以外はしばらく何もしていないため、楓も猫をじゃらして遊んでいた。
 今日はそういう気楽な日かと思いながら、のんびりしていた。
 猫と遊んでいると、楓は前世の記憶を思い出していた。
 それは、動物園のようなところで、猫と触れ合えるという施設に行った時のことだった。
 しかし、猫達は慣れているのか飼育員さんの方へばかり行ってしまい、じゃれることができたのは餌を持っている間だけで、他は特別じゃれさせることができなかった。
 そんな記憶とは違い、ここの子達は人懐っこいのか、おもちゃを動かすと食いついてきた。
「茜ちゃん。向日葵ってスマホを使えるところに居ますか?」
 ふと気になり、楓はつぶやいた。
「居るわよ? どうして?」
 茜は猫をじゃらしながら答えた。
 やはり、時折痛いという声が聞こえることからも、茜はあまり猫に好かれない体質らしい。
「いや、あまりにも連絡がつかないので、誘拐にでもあったんじゃないかと心配で」
 向日葵に限ってないだろうが、楓の頭にはちらちらとよぎっていたことだった。
 人間に遅れをとることはないと思うが、それでも万一の可能性として不安だった。
「楓ちゃんは心配性ね。大丈夫よ。向日葵ちゃんは家に居るし、スマホも手に取れる場所に置いてるわ。気が向いたら連絡がいくはずよ」
「ならいいんですけど」
 姉の言葉だと思うと、楓も多少は安心することができた。
 気ままな猫達を前にしていることもあり、向日葵のことでの不安が少しずつ解消されていくのを感じていた。
 胸のつかえが取れる思いだった。
 カシャリと音がして、楓は即座に顔をしかめた。
 見られていないという思いから、だらけ切った顔をしていたが、即座にいつもの表情に戻した。
 しかし、遅かった。
 ニヤニヤとした笑いを浮かべた茜の隣には、弛緩し切った表情で猫と遊ぶ楓の姿が写っていた。
「何撮ってるんですか、すぐに消してください」
 猫に気をつけつつ掴みかかろうとしたが、茜にはヒョイっと軽やかにかわされた。
「ほら、騒いだら猫ちゃん達びっくりしちゃうよ」
「なら、やめてください。撮らないでください」
「大丈夫だよ。向日葵ちゃんにしか見せないから。送信っと」
 ハッと手を伸ばしたが、間に合わなかった。楓は手遅れと言う事実に、力無く倒れるしかなかった。
 まあ、向日葵に見られるのならいいだろう。と思う楓の背中には猫が乗っかっていた。
「猫についての勉強もこんなところで、騒いだついでに私達は出て行きますかね」
「なんで勝手に決めてるんですか。僕はもうちょい癒された……は、離してくださいぃ……」
 楓の抵抗も虚しく、茜は楓を引きずると猫カフェから連れ出した。
 何故、猫カフェなのか、カフェ要素が薄すぎじゃないか、猫! じゃダメなのかと考えながら、名残惜しそうに手を伸ばしたが、猫達は楓から遠のいていった。

 楓が執拗に戻ろうとすることを気にも留めず、茜は楓を運び、スーパーへと連れ込んだ。
「ここになんの用があるんですか?」
 猫から離されたことですっかりすねていた楓は、つっけんどんなに聞いた。
 楓がツンツンしているにも関わらず、茜は笑顔だった。
「ここに来たってことは、なんとなく察しはついてるでしょう?」
「いや、スーパーに来てやることって、買い物ってことですか?」
「そうよ。買い物よ」
 と言いつつ、茜は楓の目に目隠しをつけた。
 楓は急に視覚を奪われ、世界が真っ暗闇に包まれた。
「なんですかこれ、危ないですよ。うわ、なんだこれ、全然取れない」
 咄嗟に取ろうと試みたが、どういうわけか、目隠しは目元から全く動こうとしなかった。
 引っ張っても、つねってもびくともしなかった。
「茜ちゃん。取ってください」
「帰るまではそのままよ。特殊な素材でできているから、時間が経つまで取れないわ」
 急に超技術を出してくるな。と思いながら、楓の視界を奪われたままだった。
 しばらく格闘したが、茜の言う通り取れないようになっているようで、結局徒労に終わった。
 楓たちがやって来ていたのは安いが売りのスーパー。
 聞き慣れた店内音楽が、視覚を奪われたことで、楓には洗脳BGMのように感じられ、いつもよりもおどろおどろしく感じられた。
 置いている物の種類は豊富なイメージで、ここに来たらこれを買おう。という物が楓には思い浮かばなかった。
 嫌な予感がしつつも手を引かれ歩かされた。
 レジらしい音の後で急に暑くなったことで外へ出たのだとわかり、しばらく歩くとドアの音で家に帰ってきたのだと知った。
「おじゃましまーす」
「た、ただいま?」
「おか、え!?」
 家に帰ってくるなり、紅葉の悲鳴と大急ぎで駆け上がる足音に、楓は冷や汗をかいた。
 ここまでずっと目隠しのため、気が気じゃなかったが、妹にまたも誤解を与えたのではという予感から鳥肌が立った。
「あの、僕ものすごく変人だったんじゃないですか?」
「大丈夫よ。この世の中は変人だらけだから」
 それって大丈夫じゃないのでは。と楓は思った。
 しかし、向日葵と茜が一緒に居たのを見かけた時、近くにロリータファッションをして、周囲から浮いている人が居たことから、あながち間違いではないかもしれないとも思ったのだった。
 そして、また誤解を解かなければならないことに楓は肩を落とした。
 茜の助けもあり、なんとか暗闇の中で階段を登り切り、部屋に着くと、予定通り目隠しはパサりと外れた。
「これ、どういう仕組みですか?」
「企業秘密よ」
 拾って確かめようとするも、茜にサッと回収されてしまい、楓はなくなく諦めるしかなかった。
 ため息をついてクッションの上に座ると、かいた汗をハンカチで拭いて、楓は茜に座るよう促した。
 しかし、茜に座る気配はなかった。
 スーパーの袋の中で接着部分を剥がす、ビリビリという音を鳴らして、器用に楓には見えないように開封していた。
「さすがにここまで来て逃げないですから、中身見せてくださいよ」
「そう? じゃあ置いておくから、着たら声をかけて」
「え?」
 楓の返事も待たずに、茜は廊下へ出ると、バタンとドアを閉めた。
 まさかという思いとともに、楓はビニール袋へと駆け寄った。
 袋の中にはコスプレグッズが入っていた。
 確かに、今の体ならコスプレも似合うだろうと、楓は考えなかったわけではなかった。
 しかし、今は真夏。ハロウィンではない。
 茜が何を思ったのかはわからなかったが、中身からすると猫になる特訓の一部らしいことが、楓にもおぼろげにわかった。
 楓は息をのむと、恥ずかしさと興味を両天秤にかけた。

「着ましたよ」
「おー似合ってるわね。ってなんで猫耳だけなの?」
「こっちは茜ちゃんが着るんじゃないの?」
「何故!」
 袋に入っていたのは猫耳とメイド服。
 猫ごっこをするのだと思っていたため、楓は猫耳だけをつけた。
 それでも心理的抵抗により、袋から取り出してしばらくの間、震える手を頭へ持って行ったり、戻したりすることを繰り返していた。
 なんとか身につけ呼んだにも関わらず、茜は納得していないらしい。
「今はいいわ。とりあえず、鳴いてみて」
「え」
 なんとなくわかっていたことだったが、いざやろうとすると楓は固まった。
 監視カメラなどないし、世界に配信されているわけでもない。
 見られるのは茜だけ、そうとわかっていても楓の膝は震えていた。
「にゃ、にゃー」
「硬い! もっと、こう、にゃーんって」
 口だけ動かした楓に対して、茜は手足の動きをつけてやれと指示。
 意味を聞いても、いつものよくわからない決めセリフが、飛んでくるだけだと判断した。
 やれば終わる。やらなければ小っ恥ずかしいのが一生続く。
 楓は決死の覚悟を決めた。
「にゃーん」
 カシャリと音。
 茜の手にはスマホ。
「また撮りましたね! 消してください!」
「だから、向日葵ちゃんに送るだけだって。送信と。さ、今度はこっちよ」
「え、ちょやめてください。着ませんよ。って、脱がさないで!」
 楓の抵抗虚しく、茜の手により服を脱がされ、服を奪われ、服を着せられ、呆然と立ち尽くした。
 これは向日葵のためでもある。楓はそう思うと今の格好にも少しは自信が持てた。
 だが、いつも以上に短いスカートの裾を抑えずにはいられなかった。
「猫耳はわかりますよ!」
「ええ」
「なんですかメイド服って」
「着てくれてよかったわ。サイズもちょうどよさそうね」
「違うんですよ。おかしいでしょ。選択も、それに短いんですよスカートが」
「ふふふふふふ」
 という茜の笑い声が楓には不気味に感じられた。
「これって女子力ですか?」
「ええ女子力よ。萌えるでしょ」
 もう訳もわからず、楓は茜の前でも気にせず、元の服に着替えようとした。
 カシャリと音。
 ローアングルから撮る茜の姿。
「うあああああ。やめてください」
「見せてるんでしょ?」
「違います。そんな角度から見るから見えるんです。やめてください消してください」
「大丈夫よ。向日葵ちゃんにしか送らないから」
「それさっきから茜ちゃんも取っておくってことですよね」
「バレた?」
 取っ組みあっても体格差から勝ちは望めず、茜の写真フォルダーには今日の楓の姿が残ることとなった。
 メイド服でも給仕どころではなかった。
「そうだ。セリフは?」
「なんのことですか?」
「お帰りなさいってませ。ってやつ、じゃ、入るからね」
 今度も有無を言わさず出ていくと再び入ってきた。
「……」
「妹ちゃんにも見せちゃおっかな」
「やめてください。さっきのだけでひどい誤解されてると思うので。やります。やりますから」
「よろしい」
 茜はそうして同じ動作をした。
「お帰りなさいませ。ご主人様」
「違う!」
「何がですか?」
 楓は抗議するように聞いた。
「女の子にはお嬢様でしょ」
 しかし、熱意は茜の方が強く、楓は気圧された。
「もう一回」
「お帰りなさいませお嬢様」
 カシャリと音がして、楓は再び、茜に掴みかかった。
 やはり、楓に勝ち目はなく、結局、無視して着替えを探すことになった。
 だが、巧妙に隠されてしまったのかなかなか見つからなかった。
 諦めて、他の服を取り出して着替えるまでに、何枚写真を撮られたかわからなかった。
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