幽霊船

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取り憑かれていたのは

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「きた、来たぞ」

ドクターは明け方の鶏のように勝ち誇って咆哮した。興奮が伝わってくる。私もいくばくか興味を掻き立てられておりその幽霊船がどのようなものかを見ようと漁船から身を乗り出した。

ラジオからは雑音にまじり馴染みあるクラッシック、ペール・ギュントの朝が流れていた。

幽霊船は、木造だけの造りで、全く立派なものではなく、原始的なカヌーのようだった。漕手はおらず、点滅しているのでよく見えなかったが、中には恐らく死体が乗っている。ドクターはどんどん近づく。ギンギラお天道様が照らす中はっきりとした輪郭がみえた。おぞましい髑髏も見えた。

「さあ、乗り込もう」

ドクターが無茶を言う。

「やめといたほうがいいですよ、呪われます」

私はとめた。

「大丈夫さ、僕は霊には強いんだ」

ピタッとラジオの音が止まった。片脚を幽霊船にかけていたドクターは、誰かに背中を押されたかのようにドサっともんどり打って倒れた。ぱきっ。髑髏の弱い骨が折れた音がした。

「なにをするんだ!李!」

「え、あたしじゃありません!」

李は困惑していた。

「よっこいせ。貴重な資料が折れたじゃないか。さて、ロープで固定してこの船を連れて帰るぜ」

だがドクターを乗せた幽霊船は、波間に後退しはじめた。まるで操縦士がいきているみたいに、強い力が働いているみたいに。

「おいおい嘘だろ」

S島と逆方向へ戻る木船にドクターも焦り始めた。

「待ってくれ!僕は帰るぞ!この野郎」

「ドクター、海に落ちて泳ぎなよ!」

叫ぶ私。どんどん距離が離れていく。

ぼちゃん。ドクターが身投げしたが、海は幽霊船の味方であった。波がドクターの体を攫う。こっちへきたくてもこられない。大自然の引力。魔力。ドクターはもうアップアップして木船につかまるしかなかった。

「いや、だ。しに、たく、ない、僕はまだ」

その後の声は聞こえなかった。

李は動揺する私を慰めた。

「あの人は怪奇現象を甘く見すぎたの」


李に背中をなぜられながら、私は嗚咽した。ラジオから、こんな言葉が流れてきた。

ジー。

楽になりなよ。

ジー。さあ。どうせお前はジー。誰の役にもたジー。ってないんだよ。

病院に戻ってジー。士長からジー。いみ嫌われて組織ではやってジー。いけない。自己主張のジー。強さと勘違い。患者は狂ったやつらジー。ばかりで。そいつらを天国ジー。に送る仕事をしてんだジー。ろ。むなしくジー。ねえか。頼みのつなジー。の母はもうしんだ。お前の居場ジー。所なぞ最初からねえのさ。さあ海へ飛び込め。ラジオからギャラギャラ笑い声が聞こえてきた。

ああ、私も本当は沈んでしまいたい。何もかも投げ捨てて暗い海のそこで永遠に眠りたい。

李が、ラジオをガタガタ揺らした。ラジオはさっきのようなクラッシックに戻った。とっくにスマホの充電は切れているはずなのに、と思った。

李が言った。

「ドクターが消えた今、私たちは自力でなんとか帰らなくてはいけないわ」

「どうやって?」

「漁船の操縦なんてしたことないんだけど」

あなたのお母さんの力を借りてみるわ。

李が言ってる意味がわからなかった。李は説明した。

「いったでしょ。私はあなたの背後にお母さんが見えているって。ドクターの背を押したのはお母さん。何か恨みがあってのことかしら?そして今、島まで案内してくれるって言ってるわ。ほら頷いた」

母が?半信半疑で振り返るもそこには誰もいなかった。李はしかし堂々たる面持ちで、操縦席に座った。私は心労で眠りについてしまった。李に、ついたよ、港だよ、と起こされた。

民宿へ戻った。

汗まみれでシャワーを浴びるとさっぱりした。湯船に浸かる。民宿のおかみの親切さに甘えた。しかしそこで現象はおきた。湯船のお湯にだけ、反射して写っていたのだ。やせ衰えた母親が。彼女も自分をみる私に気づくと、ニタアと笑った。



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