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シダレヤナギとキンモクセイ

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「春さん、次はもっと苦しい現場だよ。」

「え」

「難産の母親だ。今宵一人の子の命が助かる。しかし代償に母親は命を失う。これでよしと神様が定めた」

「そんなのってない」

ピンクの壁に囲まれた手術室に一人若い女性が横たわっていた。そばには旦那と思わしき人物が手を握って励ましている。産みの苦しみは相当のようで医師が二人を引きはなした。

「帝王切開をします。旦那さん、お聞きします。お子さんと奥様のどちらか片方に負担をかけねばなりません。あなたはどちらを選ばれますか?」

「そんな。二人とも元気がいいに決まってる。先生は何を仰ってるんだ?」

「そうですね。失礼しました。では」

「待ってくれ。妻を、妻を助けてくれないか」

医師は複雑に微笑むと手術室へ消えていった。

うなる女性。息も絶え絶えだ。

「では今から眠くなりますよ」

看護師が言った。

「この子だけはどうにかして助けて」

女性は叫ぶ。医師は哀しげな目つきをした。女性の意識は薄らいでいった。医師は大きくお腹をひらき胎盤早期剥離を見つけ、メスをいれた。血しぶき、ドクドク流れる血液。

「輸血だ」短く指示するが医師はすでに赤子を取り出していた。その日若い女性は命を引き取った。夫は魂の抜けた顔で我が子を抱き小さな命のぬくもりを噛み締めていた。頬をつたうなみだがあった。

「どうやって生きていけばいい?加奈子俺は」

夫は妻を助けてといい、妻は子どもを助けてといい。


「命を繋ぐってそもそも必要?」

私は死神に問いかけていた。

「自分の遺伝子を残して後世の繁栄を願うってなんなの?進化論には救いもへったくれもないよね。」

「母親の愛。自己犠牲だよ」

「そんなん嘘だ。自分のいまある命を無くしても子どもを救いたいって逃げじゃん。子どもは誰が育てるの。今の命大切にしない人が子育てできるの?」

ひとしきり、私は死神にまくし立てた。理不尽だった。

死神は微笑んでいた。そして女性の魂を刈り取ると、シダレヤナギを撒いてとむらった。花言葉は悲哀だった。

「春さんになら私のかさぶたを全て剥がしてもらってもいい気がするよ。」死神は語りだした。

ある男がいた。妻一人子ども一人と穏やかな生活を送っていた。子どもが6歳の小学生にあがるとき突如として行方不明になった。近所の川で溺れているのが見つかった。妻は半狂乱になり自分を責め続け、男を責め続けた。なぜもっと見ていなかったのかと。しかし男は状況に反して冷静だった。何故なら妻が結婚当初のように自分に関心を向けてくれるのではないかと期待したから。子どもに妻をとられたようで寂しくおもっていたからだ。残念ながら妻の絶望は治らず男に当たり散らすようになった。これからは二人で暮らそう、という男に、何故あなたは苦しまないの?あなたが殺したのよとなじった。残された道は離婚だった。

「私は息子を無くしてなお自分のみが可愛かった。だが自分の感情を大事にすればするほど妻は遠ざかった。離婚したとき、腕の一部がもぎ取られたように感じたよ」

「愛されたかっただけなのね。あなたは自分を見失ってる」

「そうだね、とっくに壊れているんだ。春さん、春さんは自分のためになんの花をえらぶ?」

薔薇を欲しがる女性は多いだろう。だが私はキンモクセイを選んだ。あの芳香がどこか懐かしくどこか愛おしい気持ちを呼び起こすからだ。花をたむけられて私はすぐの未来を悟ってしまった。

その時、死神の背後から女が現れた。死神の妻の生き霊だ。怨念を込めた生き霊は死神を、抹殺するために刃物を振るった。もちろん死神の霊の肉体には傷一つつかない。だが私は知らなかった。咄嗟に死神を守ろうとして彼をかばってしまった。死神はまたかという風に生き霊をなだめていた。そして私に向き直った。

「春さんお迎えの時間だ。猶予が切れたよ。今、春さんの魂を頂くよ。」肋骨から血が垂れているのを見つめ私は死神の首筋にすがった。

「苦しい時に胸を貸すって言ったよね。今がそう。」



「春さん、死はハッピーエンドだよ。キリストも宮沢賢治もゴッホも死後その名を馳せた。キンモクセイの香りとともに安らかに眠れ。」死神に抱き取られて私は息を引き取った。

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