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紫陽花
しおりを挟む私はまた泣いていた。自分の不幸をかわいそうがって泣いていた。
「春さんは、一か八かの時にばちを選びそうなそんな危うさがあるね」
死神の差し出したチョコレートをひとかけ頬張った。カカオ100パーセント砂糖0パーセントの味がした。苦味と芳香が口いっぱいに広がる。同時に震えが止まった。元気になるにつれ今の状況に対しての疑問がむくむくとわいてきた。
「貴方はなぜ、そんなに沢山の花を抱えているの?」
死神は困った顔になり
「私の自己紹介ばかりだね」と言った。
「いいよ、話そう。かさぶたは、痛いと分かっていても剥がしたくなるもんさ。私は、息子を水難事故で亡くしている。その現場に誰かが百合を供えたんだ。私は百合をたおって泣いた。訳あって死神になってからは魂に花をたむけようと欠かさないようにしているのさ」
「春さん少しは落ち着いたかな?私は過去のかさぶたをはがして痛みます。ところで私と一緒に食事はいかが?とはいっても魂の食べ歩きです」
「はい」
眠気が限界にきていた。はりつめた神経が和らぐのを感じた。死神の黒いマントに包み込まれまるで夜間飛行を楽しむように私は眠りについた。気づけばもう朝だった。
朝霧は晴れてモルゲンレーテ、シーハイルうたえ朝焼け空に。
放送室からドイツ民謡が流れる周囲を鉄柵で囲まれた運動場。あまりに殺風景でなにもない。見渡す限り砂、砂、砂。
「ようこそ網走刑務所へ。お目覚めかなお嬢様」
死神が恭しくこうべを垂れていた。寝起きの私にはさっぱり意味がわからない。逮捕されたの?私?どうして網走?
「魂を食べ歩くと言いました、覚えているかな?春さん今日ここから仮釈放される89歳の囚人がいる。春さん貴方は私と、物語の終焉を見届ける旅にでなくてはならないんです。それは神様が決めたこと。我々は彼の釈放後を見届けようじゃないか。」
「仮釈放?」
「そうだ。89歳の彼は少年のころ婦女暴行、それに強盗殺人を犯している。無期懲役で89歳になるまでずっと閉じ込められてきた。社会にはなすにはあまりに危険だとね。しかし今日模範囚であり続けた祝いに世の中に出られるのだ。まあ、彼自身がそれを待ちわびてきたかどうかは不明だけどね。さあ、あのお爺さんだ。私たちは憑いていこう。大丈夫見えていないさ」
背格好が筋肉隆々でお爺さんと呼ぶには似つかわしくない白髪の人物が、死神の指す方から現れた。私の見立てでもよく言って退役軍人といったところだろうか。あまりにたくましい。だが表情は虚ろでぼやけておりあまり人好きする顔とは言えなかった。たくましい体の上に灰色な頭がのっている。それも89歳だというのだ。異質という言葉がぴったりであった。
「彼は刑務所で受刑者どうしの抗争に巻き込まれている。刑務官からは罵詈雑言を浴び人格否定をされ続けた。毎日規則正しすぎる生活をし、適度な運動をし続けてあの体になった。薄い味つけの食事のみが楽しみで彼の生き甲斐なのさ」
筋骨隆々の老人が向かった先はアパートだった。フローリングの床になにもない手荷物を開き老人は深いため息をはいた。そしてカーテンレールを見上げしばらくじっとしていた。小一時間たっただろうか。老人に動きがあった。吊るしてあるカーテンを引き裂くとそれを縄のようにねじっていった。一本の頑丈なロープができた。老人は淡々と事を進めた。ドアのぶにロープをかけ、首に巻き、絶命したのだ。白黒映画を見ているような気がした。多分昔の洋画に似たようなストーリーがあった。あまりにあっけない死。晴れて世間にでてきてこれからだというのに。しかし老人の中には生き甲斐なんてものが、存在しなかったのだとは少しわかる。死神をみると紫のあじさいを右にもち、左手の鎌で小さく老人の魂を刈り取っていた。罪人が更正することは許されちゃいない。特に凶悪犯は。これが正義ってやつだ。正義の裁きをうけたのだ。間違っていない。だがなぜだろう、私は涙がとまらない。そして紫のあじさいの花言葉を作った。不憫、だ。
「どうしようもなく苦しい気持ちになった時はどうすればいいの?」私は尋ね死神は答えた。
「そんな時は私に抱きつきな。胸を貸すよ。」
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