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偽善者とキャンペーン 十一月目
偽善者と聖炎龍 中篇
しおりを挟む「聖炎龍を引き継いだ者たちは、苦悩したようだ。あれだけの想いを胸に秘めた初代が、どうして人を愛することができたのか。何もしなかった神を敬愛し、自身が生きていることすらも神のお蔭だと敬う人々を、どうしてして守ろうと思えたのかと」
狂愛とは違うのだろうか?
始まりが歪みだろうと、それが歪ながらもそれなりに定まることもある。
「そりゃあ……難しいな」
「お前のように表裏が明確に分かれているような奴だけであれば、かつての聖炎龍たちも気にしなかっただろう。それが個性であり、特性であると」
精神世界なのでありのままをぶっちゃけていたら、そんなことを言われた。
ひどいな、こっちは近付こうと全てを曝け出しただけなのに。
まあ、一度すでに契約をする前に素を見せているからな。
「しかし、ほぼ全ての聖炎龍は人と接したことが一度も無かった。故に最初に人類はこうである、と植え付けられてしまうと……」
「後で自分が感じたギャップに、苦しむってわけか」
例えるなら──理想の女子像を砕かれたモブみたいな者か……ゆ、友人の話だぞ!
「幸か不幸か、私は継ぐ前に人類がどういった存在であるかを把握していた……その身を以って知らされた」
「その言い方、プラスなイメージじゃなさそうだな」
「捕まり、殺されかけた。ちょうど瘴気で狂いだした魔物が暴れた際、私を拘束していた者が死んで脱出できたが……あれが無ければここにはいない」
さらに聞けば、レイドパーティーで多種族混成だったようだ。
全員が全員自分を素材としか見ていないというのに、どうして人を愛そうとするのか。
後から使命と愛を知ろうと、今の聖炎龍には完全な形で届かなかった。
「俺に会った際は、人を愛せているように思えたが?」
というか、そうでなければ取り繕った理由で攻撃された俺が救われないじゃないか。
「人類にも悪くない奴がいる、そう自分に信じ込ませていたからだ。ドラゴンにも堕ちる者がいるのならば、人に堕ちない者がいるとも言えるだろう。私はそういった者だけでも守ろうと思った……お前はいると思うか? 初代のように何かを守ろうと生きられる、善人とやらが」
「いるとは思うぞ。けど、それはもう狂人に等しいと思いがな」
だってそうだろ? 私欲を満たさない人間などいるはずがない。
人間とは欲望に忠実で、生まれて死ぬまで決して何かしらを思い続ける。
百歩譲ってそんな人間がいたとして、それは本当に善人なのか?
守りたいというのも立派な欲望、つまりは善か悪かなんて関係ない──結局は欲を満たすために動いているだけだ。
「曰く、人は生まれながらの罪人。こんな言葉が俺の世界にはあるんだ。自我を有し、主観で動いた時点でそれは立派な罪。善人なんてその者の一部分でしかない。結局善行だと思い行動している時点で、主観で動いた罪人なんだよ」
「私が訊いたのは善人がいるかどうか、罪人の話をした覚えはない。話を逸らすな」
「分かっているじゃないのか? 神聖国と自分たちを謳い、聖人とやらを集めたこの国にいて、どうしてその答えが見つからない? なあ、そもそも生きている時点で誰も献身的になんて動けない。初代だって、愛そうとしなければ愛せなかった」
そこには、幼き龍の選択があった。
全てが亡くなり空っぽだったからこそ、欠けた器を埋めようと人類への愛を埋めた。
「そもそも、清濁呑み込んで愛せない奴が聖炎龍なんて名乗るなよ。汚い部分まで愛せないで、何が人類を愛するだよ馬鹿らしい」
「…………」
「反論しないのは結構。少なくとも初代は、そこまでできてようやく人類を愛せた。多分初代法王といっしょにいた聖炎龍も、諭されて知ることになっただろう。だからこそ、ともにいられた」
転生者だし、前世の知識で清濁についても教えられただろう。
なまじ初代が人を愛せたからこそ、後世の聖炎龍たちはそれを真の意味で理解することに苦しんでいる。
「……ならどうすれば、どうすれば良かったというのだ! 私も人を愛そうとした! 悪に堕ちた者へ救いの手を差し伸べた! 邪神の封印を守っていた! だが、初代のように人を愛することはできなかった! 何が正解なんだ! 何が違うんだ! 私はいったい、どうすればいいんだ!」
「そうだなー。ご託はいいからさっさと召喚獣になればいいと思うぞ」
考え過ぎるから苦悩する。
一度頭を空っぽにして、リラックスしなければいずれパンクするだろう。
いったん視点を変えて見るのも、時には良いと思う……というか、いい加減飽きた。
「俺は人を愛していない。だが、愛していなくとも救うことはできる。我欲が貢献を望んでいるんだから、やりたいように人を救う」
「それが、なんだと言うんだ」
訝しげな聖炎龍。
まだ続きがあるからさ──
「汚れた大人を救いたくないなら、心がまだ綺麗な子供だけ救えばいい。それも嫌なら、自分が救いたいと思った奴だけ救えば良い。救う規模なんて人それぞれ、守りたいものも人によって違う。全員が救われる可能性なんて存在しない。お前が救いたいものは、一体何なんだ」
「私が……救いたいもの」
「それを自覚していない奴に、何かを救うことなんてできるわけないさ。お前には無いのか? 誰かに感謝されたこと」
目的も意味もない活動を、続けられるほど生物は強くない。
それができるのは、まだ生き甲斐を見つけていない奴か機械だけだ。
だから俺は尋ねた、生き甲斐となりそうなものを。
「……ないさ。何もない。そうだ、私は聖炎龍になって以降何もしていない。ただ使命と愛に苦悩し、いつまでも門を守るという仕事だけに専念していた。……それも代償行為なのかもしれない。何もないが故に、それに気づかぬように」
「扉を守って、楽しかったか?」
「楽しいことなどあるか。ただひたすら漏れだした淀みから生まれた魔物を殺し、延々と待つだけだ」
それは、心を擦り減らしているだけだ。
「何をしたら、楽しいと思うか?」
「分からない。ただ、お前といると何かが変化している気がした。本音をぶつけているからだろうか、法王やその使いの者が話す責務よりも心が躍る」
それは、新鮮さに酔っているだけだ。
「どうすれば、楽しくなれると思うか?」
「初めからこうして人類と語らえば、私も楽しいと感じられたのかもしれない。……だがもう遅いのだ。最後にお前と語らえたこと、それだけで充分だ」
死の間際を悟ったような掠れた声色で、聖炎龍はそう語った。
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