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偽善者とキャンペーン 十一月目
偽善者と黒の魔本
しおりを挟む「あの人……マルシュークって名前なのか。正直俺の偽善も途中から名前を訊くのを忘れてたしなー」
魔本を捲りながら、そう思う。
まだこのAFOを始めたばかりの初々しい頃は、自由民たちに名前を確認していたな。
「守衛のガルさんに宿屋のリカルドさん、神殿のチャーリーさん……意外と思いだせることにビックリだ」
あの頃はただ、偽善がしたくてゲームを始めた。自由にできるという謳い文句を、そっくりそのまま受け取った馬鹿なモブだ。
いつしか道から外れ、常道が邪道になっていったが……まあ、ハーレムも作れたし特に問題はない。
「我思う故に我あり。天上天下唯我独尊。まあ、要するに俺は俺だ」
そう口にし、自分を納得させる。
疑っているわけじゃないが、侵蝕がどこまで俺を変えているかがよく分からないしな。
早く大神を見つけて、いろいろと確認したいものだ。
その際{感情}がどうなるか……はてさて。
◆ □ ◆ □ ◆
第一世界 リーン
住宅街に佇む一軒の屋敷。
その中で俺は、龍の鱗を持つ蒼色の美少女と話をしていた。
「へ? 黒い本がどうした? ……というよろ、どこでそれを知った」
「……別にいいじゃない。それより、ちょっと見せてほしいんだけど」
「眷属らしくなってきたな。まあ、別に構わないけどさ」
最近、従魔使い系プレイヤーの中でも最強に近いと言われているイア。
そんな彼女に呼び出されると、突然魔本を見せるように言われた。
隠すような物でもないので、“空間収納”からスッと取りだして渡す。
それを受け取ると、イアはペラペラとページを捲っていく。
魔方陣の部分は持ち主にしか発動できないので、暴発の恐れはないぞ。
「これがあの……。メルス、これってまだ作れるのかしら?」
「……可能っちゃあ、可能だが。召喚士系の職業に就いてるなら要らないだろ」
黒い魔本『コンヴォシオン』。
ただの造語で作られた痛い本だが、その中身は凄まじい。
召喚士の職業結晶を変換して生成されたこの魔本は、今の俺に不可能な(召喚の心得)を擬似的な形で使用可能にしてくれる。
「ふーん。でもメルスが作ったんでしょ? なら、普通の魔法書なんかとは桁違いの性能に決まってるじゃない」
「やけに嫌な自信だな。可能には可能だが、生憎材料が無いから無理だ」
「……説明文が短いわね。何、この大悪魔ってのは? 妙に怖いんだけど」
「ああ、それはヤバい奴だから無視しておいてくれ。例えるなら、レイドボス以上だし」
「それでそれを召喚獣にしているのね」
なりゆきだ、なりゆき。
まさかそんな出会いが起きるとは、想定以上の出来事だったんだからな。
「──で、どうしてこれが欲しいんだ? 正直な話、お前の願いは前に訊いたからもう叶える気はないんだが……」
「え? まだ何も頼んでないじゃない」
「情報を教えただろ? メルのこと」
最近思い出した願い事。
ダンジョンイベントの際、そういえばそんなことを言ったなーという記憶がある。
言ったからにはある程度叶えるのだが、イアの場合は(ある意味)俺のことを訊くことで済ませた気になっていた。
「あ、あれは!」
「――この姿だろうと、イアは俺のことを訊いた。つまり、俺の情報を訊くことを願ったことになる。よし、これで終了だ」
「…………」
「おい、召喚獣を出すな。進化してるんだから、俺だって苦戦するんだよ。――分かったから、分かりましたから。ただ、ちゃんと理由は訊かせてもらうぞ。お前の召喚獣はもうパーティーとして出せるフルなんだし、これ以上足す理由を訊かなきゃ作れない」
「……そうね、理由は簡単だから言うわ」
一度召喚獣を帰還させ、イアは話す。
「召喚士は戦闘中、一度に五体までしか召喚できない。自分の所属するギルドとか家なら別だけど、基本はそう……ここまでは知っているわよね?」
「え、そうなの?」
「……ああ、そうだったわね。あんたは公式チーターだったわ。まあ、普通のプレイヤーはそうだって思ってなさい」
「了解」
そうじゃなくて、召喚より時空魔法で呼んだ方が使い勝手良かったんだよ。
だからあんまり使ってなかったの。
封印以前も召喚獣として召喚するより、眷属として呼びだしていたからな。
「それでね、召喚獣をそれ以上増やすこと自体は可能なの。ただ、再召喚するのにいろいろよ手間がかかるわけ。それを省略する方法が――」
「魔本ってわけか」
「正確には、魔導書ね。普通の魔導書だと登録できるものは一系統、魔物や精霊、天使や悪魔などの中から一つだけしか入れられないわ。レアな魔導書は一種類だけれど、汎用はもっと劣化して、種類の中でも一種族だけ。魔物と天使、それに龍がいる私に合う魔導書は簡単には見つからない……というか、存在するかどうかも怪しいのよ」
「ハァ……、それで俺か」
まあ、俺の魔本は全種族対応だしな。
イベントの報酬カタログも見たらしいが、説明に含まれていた一系統の魔導書が限界とのことだ。
「いいぜ、やってやるよ」
「本当!?」
「実際にできる代物がそれと同じ、ってのは無理だけどな。最低でも三種類、入れられれな問題ないんだろ?」
「え、ええ。……本当に、いいの?」
そうか、イアが悪気を感じてしまったか。
そういうつもりはなかったんだが、眷属が相手だと、ついからかいたくなるんだよな。
──だが安心しろ、例え三でプレイヤーの眷属だろうと眷属は眷属。
気にかける者である以上、眷属でいる限りはある程度の願いは叶えるさ。
「暇だしな。ちょいと工夫も重ねたいし、どれくらいまで待てるんだ?」
「そ、そうね……期限は無いわ。だからその分、高品質をお願いね」
「分かった、善処しよう」
魔本とは異なる魔導書の作成。
いやはや、面倒事を引き受けてしまった。
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