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偽善者とキャンペーン 十一月目

偽善者と月の乙女 その18

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 残り時間3秒。
 長い人生の中でほんの一瞬にしか感じられないその時間、メルはそれを魔法によって何千何万倍にも長く知覚させる。

(――<千思万考>)

 体が水中にあると思える程、重たく鈍く感じられる。ハイスピードカメラを通して見ているかのように目の前の起きるすべてが動いていく。

(……おっと、舐めプではないがやりすぎはマイルールに反するんだった。というか、ここから3秒も維持するのが面倒だ)

 思考速度は加速した認識に順応しており、今も正常に活動を行っている。
 ただ、それもそう長くは持たない……というよりも持たせるには負荷がかかりすぎる。
 ゆっくりと流れる世界、それを全て人一人の脳だけで作り出しているのだ。
 常人では一瞬たりともできないそれを、メルは数十分行ったことがある……途中で寂しくなって止めたのだが。

 解除する寸前に、シガンたちが抵抗して発動した魔法を確認していく。ただ(未来眼)を使っていないので、【未来先撃】で設置された魔法は分からない。
 なので、発動している魔法との関連性を推測してなんとなくの場所を定めておく。

「解除――よいしょっと」

 飛んでくる魔法やスキルを、気と魔力を同時に纏った拳で破壊していく。
 そこにスキルや魔法、武技など使わない。
 ただ純粋な力だけを籠めて振るわれた拳、必要なのはそれだけだ。

 かつて習得した(合気闘法)、それをメルは自力で行っていた。
 丹田と呼ばれる部分から気を、大気中から取り込んだ魔素を直接魔力に変換して同時に拳へ籠める。


 残り時間2秒。
 向かう先に有った魔法は、拳と足で全て処理している。足にも魔力と気を籠め、強化しているのでスピードも段違いだ。

 その一連の動きに驚いたのか、クラーレは手の甲に残った最後の紋様を強く意識する。

「霊呪を以って――」

「そう何度もさせない――"サイレント"」

「っ…………!」

 だが、それはメルの魔法に遮られる。
 無理矢理閉口させられてしまった口は、どれだけ動かそうとも声を漏らさない。
 それでも足掻こうと棒を伸ばして攻撃を行うが、体を捩じって簡単に回避された。

 だが、回避行動は貴重な時間を消費する。
 クラーレの攻撃を躱しながら、メルはそのことを懸念した。それでも一度行った行動をやり直すことはできない。
 後悔先に立たず、まさにこのことである。


 残り時間1秒。
 だけど諦めず、前に突き進む。
 結界を張れば全て解決するのだが、誓ったことを守ることを優先した。
 このタイミングになると、シガンたちも防御用のスキルを多用する。
 防壁を築き、盾を掲げ……こうした動作を過去から飛ばして発動していた。

(……チッ。念入りに防いでいるか。こりゃあシガンを止めるのは無理。カウントダウンが嘘ってこともあるかもしれないが、クラーレが敢えて言うってことは本当の可能性の方が高い。それならいっそ――逃げるか)

 足に履いた聖武具を使い、階段を上がるようにして宙を移動する。
 メルも少女たちも、戦いが三次元のものであることはとっくに理解している。
 だがそれでも、メルには上に移動する以外の選択肢しか残っていなかった。


「メルス、それじゃあ始めましょう――これでお仕舞いです」

 残り時間0秒。
 クラーレたちの作戦が実るとき、始まりは苦痛の声と共に始まる。

「――グガッ! "グラビティ"か」

「……それでも~、無効化~するね~」

「と、当然だ」

 一度使われた魔法ではあるが、用途が異なるため威力を経験していなかったメル。
 急激に加わった重力に苦しみながら、同系統の魔法"ゼログラビティ"を使用して効果を中和する。

 そこに一気に襲いかかる攻撃の嵐。
 溜め込まれた大量の魔法やスキルが、時間という牢獄から解放されてメルへと向かう。

 絶体絶命のピンチ、そう察するメルだったが……突然表情に笑みを浮かべる。

「……ありがとよ、ゴー。このタイミングで来るとはどれだけご都合主義なんだか」

 そう呟いたメルは、羽織ったマントをはためかせて一回転する。マントが風を起こし、翻った生地に魔法やスキルが命中すると――全てが消え失せる。

((低位魔法無効)と(低位物理無効)……まだ不完全ではあるが、スキル効果をこっちで高めればシガンたちの攻撃ぐらいならどうにか無効化できる)

 この瞬間、覚醒を魅せた【傲慢】の魔武具『断罪のマント』によって仕掛けられた罠の大半が蹴散らされる結果となった。
 新たな眷属の目覚めと、やり取りに薄らと笑みを浮かべたメルは――背中に軽い衝撃を受ける。

「……え?」

 小さく零した疑問。
 それに答えるのは、背中から生えたとても小さな棒。
 マッチ棒程の大きさしかないその棒には、マントでは防ぐことのできないかなりの魔力が籠められていた。

「…………あー、小さくして投擲か。ここまで小さいと、音も魔力も隠す気になれば簡単にできるのか」

「棒の大きさは自由ですし、隠蔽は武技を使えばできます――これで勝ちですね」

 誇るクラーレと納得顔のメル。
 メルのHPバーはほんの微かに減少しており、クラーレの攻撃がメルにダメージを与えたことを証明していた。

「しょうがない──俺の負けだ」

 両手を上げて敗北宣言を行うメル。
 こうして、彼女たちの戦いは終わった。

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