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偽善者とキャンペーン 十一月目

偽善者と月の乙女 その12

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 シガンの放った"パラレルブレイク"は、闘技場一体に土煙を起こす。
 強力な魔法を使ったため、風を発生させて煙を飛ばすといったこともできずにそれを浴びることになる。
 魔力を使った斬撃であったため、宙に大量の魔素が飛び散って感知系スキルが機能し辛くなってしまう。
 ――それが、この展開を生み出した。

「ハァ……、ハァ。ボクの、勝ちだ」

 その声は、少女たちの後方で聞こえた。
 慌てて前方へ移動しようとするが、体が思うように動かずに倒れてしまい、地面に強く打ち付けてしまう。

「……危なかったよ。この場に来る前に手に入った二つの魂、それが無ければ間違いなく殺されていた。まさか、それが両方とも破壊されるとは思っていなかったけどね」

 大悪魔は少女たちを斬り捨て、大剣を錫杖に戻しながらそう語る。
 大悪魔は、自身の死を所持する魂に押し付ける能力を有していた。
 シガンの斬撃をその内の一個に肩代わりさせようとしたのだが、"パラレルブレイク"は平行世界へ届き得る一撃を放つ。
 そのため、魂一つ分では全てを受けきることはできずに二つが破壊されたのだ。

「えっと、残ったのは……君か。聖職者という存在は、どうにもボクたちの邪魔をするのが好きみたいだね」

「……また、過保護の残りに助けられたのですか」

「ふーん、その服の効果みたいだね」

 最後に残った少女――クラーレは、自身に回復魔法を使って体を治す。
 彼女が纏っていた法衣には、メルとして活動していた頃にメルスが籠めたとある魔法がかかっていた。
 ――“天使の守護エンジェルプロテクト”。
 悪魔からのダメージを、一度だけ激減させる(天使魔法)の一つ。
 もともとメルスが『自分の種族が天使だったのに、全く使っていなかった』ということでクラーレの法衣に付与していたのだ。

「けど、それも一度だけみたいだし、次で決めさせてもらうよ」

「……やれるだけのことは、やってみます」

 握り締めた棒の具合を確かめ、ゆっくりと魔力を流していく。

『この感覚、意外と面白いわね。クラーレ、こっちで付与をかけとくわ』

「助かります」

 先程のタイミングで殺された少女たちも、霊化した状態で彼女の後ろに立つ。
 状況を知らない者から見れば、複数の霊に憑りつかれたと思われそうだ。
 シガンたちはスキルや魔法、アイテムでクラーレに補助をかけていく。

「さぁ、君を倒せばボクはあのムカつく彼を殺せる。彼が死ねば不可解な霊体を喰らうことができるんだ。"形状変化・天斬る大剣"」

「"リジェネレート""ホーリーウエポン"ホーリープロテクション"」

 再び大剣に魔武具を変形させる大悪魔。
 治癒力を高め、武器と身を包ませる障壁に聖属性を籠める聖職者クラーレ
 両者は同時に地面を蹴りだし、互いに激しい攻めを行っていく。



(そろそろ、魔力も尽きますね)

 クラーレの戦闘は、魔力が無ければ大悪魔に通用しないものだった。
 身体強化も、継続回復も、攻撃も防御も回避も……全てが魔力有りきで成立していたものだ。

 そのことに、当然大悪魔も気づいている。

「やれやれ、まだ諦めないのかい? 後ろの娘たちが渡すポーションも尽きて、君自身の回復力も機能しない。まだ倒れていないことに、正直感服しているよ」

「……そうですか」

「どうだい? 次の一撃で決着をつけるというのは。ボクはこの戦いを早く終わらせたいし、君には時間が無い……そうだろう?」

 いくらクラーレがメルスに鍛えられているとはいえ、まだ大悪魔と釣り合える領域に達してはいなかった。
 大悪魔級の魔物には、本来複数の【聖人】や大天使が相手をしなければならない。
 それを一人の聖職者が対等とまではいかないものの、長時間戦っていられること……自由民では不可能に近い出来事であった。

 疲労困憊の身を残った魔力で癒し、大悪魔に向けて武器を構える。

「そうですね、わたしも可及的速やかに済ませたいと思っていました。分かりました、決着をつけましょうか」

「うん、良い判断だ。拒否していても、無理矢理やっていたけどね」

 大悪魔もまた、頷いて大剣を構える。

「いいぞー、やれやれー!」

「「外野は黙ってろ!」」

「……ヒッ」

 野次を黙らせると、両者ともに武器に力を籠めていく。
 クラーレの握る杖は、白い聖光を纏う。
 大悪魔の握る大剣は、澱んだ暗黒を纏う。

 クラーレは全てを籠める。
 命をも気力に変換し、一撃を放った後は倒れようとも構わないという考えで。
 この連続した戦いの前、熊や謎の男との邂逅が彼女を強くしていた。
 そのときそのときに覚悟を決め、自身が正しいと思ったことを貫き通す意志――それを彼女は強く意識する。

(ですが、何か考えていますね。あの大悪魔は。……というより、相手から一騎打ちを言う必要がありませんし)

 同時に、大悪魔への不信を感じた。
 いや、それについては最初からずっと感じていたのだが、ここにきて、それが確信へと昇華した。

(偽善者を自称するメルスならまだしも、大悪魔と呼ばれる者が、親切にしますか? 情報が足りませんから、はっきりと何がしたいかは分かりませんが……霊化してしまえば逃げられます)

 生命力も魔力に変えることで、一撃を放った後はHPが0になり、自分を後ろから見守る仲間たちと同じ状態となる。
 大悪魔の策略を完全に掻い潜れるか……それは定かではない。
 だが、何もしなければ最悪の結末が訪れるとクラーレは予感したのだ。

「どうしたんだい? 合図はそっちで決めてくれても構わないよ」

「……では、このコインを宙に上げて戻ってきたときにしましょう」

「分かったよ」

 杖に限界まで魔力を籠め終え、生命力を変換して放つ武技も待機中。
 万全とはいかないが、自分でも納得できる範囲で準備を整えると――ゆっくりと宙にコインを投げやる。



 クルクルと空で回転するコインは、ゆっくりと地上に舞い落ちていく。
 二人は視線を合わせることなく、コインが落ちる瞬間に動ける状態になる。

 そして、チンッと音が鳴った瞬間――両者は同時に闘技場の中心へ駆けだす。

「"穿光突"!」
「"――――"」

 クラーレは武技を使い、伸ばした杖で大悪魔を貫こうとする。
 大悪魔も大剣を構えているが、杖は超高速で伸びていき――防ぐ暇すらなく、大悪魔の腹の辺りを貫通した。

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