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偽善者とキャンペーン 十一月目

偽善者と月の乙女 その05

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「ご苦労様でした。儀式の準備はもうできている、後はそれを乗り越えるだけだ」

「……まだ何かあるのですか」

「当然だ。俺が本気を出せば、一瞬で全員を死に戻りさせることもできる……けど、それに意味があるのか? クラーレの目的は、お前たちを鍛えること。なら俺が行うべきは、その実行だ」

 メルスがそう言うのと同時に、メルスの左右に魔方陣が展開する。
 ズブズブと中から何かが、そこから浮上してくる。

「さてさて、何が出るんだか……」

「知らないんですか!?」

「いや俺、(召喚の心得)を持ってないから非合法な『召喚師』なんだよ。だからちょっと別のスキルで代用をな――っと、ようやく出て来たか」

「いったい何が……ヒッ!」

 右から現れたのは、ヘドロのような軟体粘液。左から現れたのは、体が焼け爛れて腐ったゾンビ。
 その見た目はとても醜悪なもので、少女たちは思わず小さく悲鳴を上げてしまう。

「あー、ゴメン。(衆愚召喚)になってから、あんまり試してなかったんだよ。それじゃあ改めて始めるからな。■●■▲■◆■▼――"上位悪魔召喚"」

 メルスの横に居た二匹の魔物、その足元に魔方陣が再び出現する。
 二つの魔方陣はメルスの正面辺りで一つに重なり、禍々しい色へ変化していく。

「……ん? あれ、こんなんだっけ?」

 だがその紋様は、メルスの想定以上に大きくなっていった。
 5m程だった魔方陣は、だんだんと大きくなり……ついに20m級の代物となる。

「メルス、本当に大丈夫なんですよね? 貴方の予定通りなんですよね?」

「本当はさっきの魔物ぐらいの奴が出る予定だったんだが……みんな悲鳴を上げるし。一体にする代わりに難易度を上げよっかなーって考えて……(禁忌魔法)使っちゃった」

「なんですか! その、いかにも危なそうな魔法は! わたしたちに上位悪魔……いや、鍛えるにも程があります!」

「頼んだのはそっちじゃないか……。」

 確かにクラーレはメルスに、自分たちを鍛えることを要求した。
 だが、それは上位悪魔などという強大なレイドボスと渡り合える程に強くしろ、という要求ではない。
 あくまで、不埒な者を拒むための力を求めていただけなのだ。

「おいシガン、お前は倒せないと思うか?」

「……全員で生き残るのは無理ね。必ず一人はHPが0になるわ」

「うーん、そんなものか。でも折角召喚したし、弱体化させて使うとしよう」

 魔方陣は生贄となった二匹の魔物の命を供給源として、鈍く黒い輝きを放つ。
 おどろおどろしい靄が周囲に散布され、闘技場の中が澱んだ空気に包まれる。

「クラーレかプーチ、浄化か結界か風で飛ばさないと、デバフが付くぞー」

「はい! ――"サンクチュアリ"!」
「煩い、黙れっ! ……■■■■――"エアロバースト"」

「…………まあ、俺がやったことだしな。怒られるのも仕方ないか。そろそろ出てくる、いきなり直視して魔眼持ちだったら危険だ。頑張って気を付けろよー」

 プーチに怒鳴られて心が若干折れるが、それでも注意勧告をしっかりと行う。

 高位の悪魔は特殊な能力を持つ。
 魅了の力や人心を読む力、悪魔にしか操れない強力な魔法……。
 その千差万別の能力は、地上へ現界した際に人々を苦しめることになった。

 そうした能力の中でも、最も悪魔たちが持つ能力――それが魔眼だ。
 視線を交わした者に発動し、抵抗レジストできなければ魔眼に秘められた力を解放する。
 最も簡単な方法は視界を合わせないこと。
 優れたスキルを持つ者や武人は、視界を塞いでも悪魔を討伐できる。
 ……当然、一般人には無理だが。

「あ、もう来る」

 次の瞬間、魔方陣が爆発した。

 ――いや、少し表現が正しくない。
 正確には、魔方陣が内側から弾けた。
 強大な存在に魔方陣が耐え切れず、崩壊したのだ。

 現れたその存在は、人の形をしていた。
 肌はとても白く、眩しい程に輝く銀髪。
 悪魔的な容姿を持ったその男は、体を震わせて現状を独白する。

『……ようやくだ。永い刻を深淵の牢獄で囚われていたあの日々、それともついに別れを告げたんだ』

「あー、お前ら言葉分かるか?」

「……い、いえ、何も」

「えっと、確か(生活魔法)に便利なヤツがあるよな…………"翻訳トランスレーション"っと」

 メルスが魔法を大悪魔にかける。
 本来は大悪魔の圧倒的な魔法への耐性から成功することはないのだが――メルスに敵意が無いことと、大悪魔が超高速の魔法発動に気づけなかったこともあり――あっさりと成功した。

「……誰だ、このボクに魔法をかけたのは」

「えっと、俺。悪魔語で話しても、あっちのお嬢さんたちには理解できないからさ」

「ボクは人間たちの言語も話せる。そうでなければ、交渉もできないだろう」

「……あー、忘れてたわ。魔法はたぶん解除できないし、ここに居る間は悪魔語で話していてくれていいぞ」

「何を言っている。この程度の魔法、ボクにかかれば簡単に解呪を…………くそっ。も、もう少し待て、あと少しで――」

 少女たちが見ていることも気にせず、メルスにかけられた翻訳の魔法を解除しようとする大悪魔。
 しかし……メルスが声をかけるまで、大悪魔が解呪を成功することはなかった。

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