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偽善者とキャンペーン 十一月目
偽善者と斬首
しおりを挟むすぐにメルちゃんの元へ駆けつけようとしますが、皮肉にも、そのメルちゃんが張った結界に阻まれて向かうことができません。
――自然に宙で漂う空気だけを取り入れ、それ以外のものを拒む絶界の壁。
かつてメルちゃんは、わたしに使う結界についてそう説明してくれました(なので音の振動は伝わり、音声が聞こえるそうです)。
回復魔法などのプラス作用の効果も拒む代わりに、中にさえいれば自分以上の力で砕こうとしなければ割れない、と。
メルちゃんより強い人など、直接的な関わりがない人だけです。
ハイランカーやレイド級の魔物、そういった凄い人や魔物でなければ知りません。
『――おい、そこの娘よ。聞こえているか』
「……なんですか」
『お前を倒すことはまだ不可能だ。この異物が張った結界を自力で壊すことは困難に近しく、それならこの異物を殺して消し去った方が手っ取り早い。だからそこで見ておれ――お前の希望が、潰えるその瞬間を』
よく見ると男の手には、赤く血塗られた長剣が握られていました。
これまではメルちゃんを主に認識していたので気づきませんでしたが、これは絶体絶命の危機です。
メルちゃんの顔をこちらから見ることはできませんが、体はピクリとも動かずに頭を踏まれて身動きが取れなくされています。
ベットリと血の付いた剣を振り上げ、男はメルちゃんの首を狙っています。
テラテラと鈍く輝く金属の塊が、今のわたしには断罪のギロチンのように見えました。
ゾッと血の気が失せる感覚、このすぐ後に起きることが分かるからこそ、とっさに叫びます――。
「メルちゃん、逃げてぇええええ!」
『ふはははははっ! もう遅いわ!!』
わたしの悲痛な叫び声も、メルちゃんには届かなかったでしょう。
男は嗜虐的な嗤い顔で、物凄い速さで剣を振り下ろしました。
グシュッという音が、辺りに響きます。
男が抑えていた足を離すと、ゴロンと丸い球体のような物が転がります。
「……あ、ぁああ、ぁあああああっ!」
ですが、それはボールなどではなく――
「ぁあああああああああああああああ!」
虚ろな瞳で宙を見つめる、紛れもないメルちゃんの頭部でした。
その状況に理性が崩壊したのか、わたしはひたすら叫び続けました。
外部からの全てを遮断し、現実から逃れるために延々と吠え続けます。
覚悟を決めようと、決意を示そうと……結局わたしは何も変われないみたいです。
心のどこかで、メルちゃんは最強で絶対に負けない無敵のヒーローだって思い込んでしました。
メルちゃんが、見えない所で頑張っている姿を見ていたはずなのに。
どれだけ否定しようと、実際のわたしはメルちゃんに依存していたのです。
上っ面の言葉でそれを認めず、いつまでも先延ばしにしてきた結果が――ツケとして今やってきたのです。
『やはり祈念者は脆い。だが、それでこそあのお方に成果を報告できる。さぁ、俺が憎いだろう、恨めしいだろう――殺したいほど憎悪を感じるだろう! 殺せ、殺せ、俺を殺して目覚めろ! 悔恨と懺悔、絶望と殺意の先に、強きスキルは誕生するのだから!』
男の言葉は、なぜかわたしの脳内にスッと入り込んできます。
まるで、無理矢理意思を伝えるように。
男の言葉に、ふと考えが二つ浮かびます。
一つは、これがメルちゃんの言っていた侵蝕に関係しているのでは、ということ。
もう一つは……その考えが、とても甘く優美な響きをわたしに齎すものだということ。
地球でも、仇討ちや敵討ち、復讐や天誅は昔から存在しています。
メルちゃんを殺されたわたしが、あの男を殺すのは扱く真っ当なことなのでは?
どれだけ黒い力を手に入れようと、それでも果たすべき使命があるのでは? なぜだかそれが、とても正しい気がします。
頭の中で何かが鳴りますが、そんなことよりも大切なこと――
「う、うぁあああああああああああ!」
『そうだ、早く殺すのだ……ハ?』
「ぁああああ……って、あれ?」
わたしは衝動のままに男を殺そうとしました……が、現実は異なります。
そんなわたしを見て、男もまた不思議そうな声を出しています。
『――なぜだ、なぜ結界が壊れていない!』
「メルちゃん……もしかして、まだ……」
駆け寄ったはずが、わたしの行動は見えない壁によって遮られました。
メルちゃんの作った結界は直接破壊されない限り、メルちゃんが死ぬようなことがなければ壊れない物です。
つまり、メルちゃんはまだ――
必死に魔法を飛ばそうとしますが、男の方が早く動き出します。
『チッ、この死にぞこないが! 首を斬られてもまだ生き残るのか!』
「や、やめっ――」
わたしは結界に阻まれ、移動をできませんでした。
結界はメルちゃんが生き続ける限り、半永久的に展開される絶界の壁。
――メルちゃんはまだ生きている!
そう思った矢先、男は再び剣を振います。
何度も何度もメルちゃんの、体と頭に剣を立てます。
グサリと突き刺さる剣ですが……不思議と先ほどと違い、錯乱はしません。
魔力を凝らして目の前を見れば、生きている証となる結界が残っているのですから。
もしかして、あれは偽者では? と少し疑いましたが、残念なことに紛れも無い本物だということが、分かります。
周囲にわたしとメルちゃん、それにあの男以外の反応は無く、一切の生命反応が感知できないのですから。
『なぜだ、なぜだなぜだなぜなんだ! あと少しで、あと少しであの祈念者が発現するはずだったのに!!』
『――だからこそ、防いだんだろうが』
『だ、誰だっ!』
男の言葉を否定する声がします。
メルちゃんの可愛らしい声と違い、成人前の声変わりをした後。
学生ぐらいの年頃の、男の人の声でした。
『フェニのスキル、まさか使うタイミングがこの状況になるとは。一度リセットされた結果、魔法の解けて正体がバレるか……』
『お、お前は――ッ!』
「メル、ちゃん……」
似ても似つかぬ、それこそ異性ですが……わたしを一瞬見た瞳が、メルちゃんと同じような優しさをしていました。
『話はあとで、どうせすぐに分かるさ』
『何故貴様がここにいる――『模倣者』!』
『違う違う、俺はただの偽善者さ』
わたしはただ、その状況を見ていることしかできませんでした……いろいろと、展開が早く進みすぎです。
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